表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深紅の魔女─レディ・モナルダ─  作者: 智慧砂猫
深紅の魔女レディ・モナルダと捨てられた想い出
59/83

第8話「私だけの魔法薬」

 しばらくの沈黙が流れ、シトリンは特にこれといった特別な表情を浮かべるでもなく、ただ静かに「はい」と短く答えた。既にリベルモントでモナルダの死期が近い事を知り、命を救いたい一心で傍にいる。


 だが、現状で打開策は握っていない。断片的な未来が指し示すのは、あくまでモナルダ・フロールマンが傷だらけで床に横たわる姿だけだ。


「私には分からないんです、どうするべきなのか。悪魔は自身の欲に忠実であらねばなりません。契約とは無関係に願いを叶えてしまっては破滅を招きます。ですから……せめてあなたの傍にいさせてほしいのです」


 失った友人に対する忠義か、あるいは自身が愛でようとしているのか。モナルダには、どちらにしてもシトリンは頼りになる存在だったが────。


「結構だ、どう死のうとも覚悟はできている」


「できている、とは?」


「これだよ。ずっと前から、どうも妙な気持ちだったんだ」


 懐から取り出して、テーブルに置いた小さな小瓶は赤い液体が満たされている。少しどろりとしている物の正体を、モナルダは「私の血だ」と言った。時間を掛けて少しずつ貯めた、魔力を帯びた魔女の血液。


「……まさか。こんなものを本気で作ったのですか」


 初めて驚愕する表情をみせたシトリンに、してやったりな顔をする。


「そうするべきだと感じてね。飲めば、その人間はフロールマンの血族となるだろう。髪や瞳の色も変わってしまう。赤子など産まずとも、次の魔女に託すための魔法の薬。作り方は魔導書にも書いていない、私だけの魔法だ」


 もし、なんらかの理由があって魔女を続けられなくなる可能性が浮上した場合、自身を犠牲にする覚悟で誰かに魔女の血筋を絶やさぬよう託すための薬。歴代の誰もが『魔法』を創り出す事は出来ても、モナルダのように『魔法の力がこめられた薬』を作れたものはいない。彼女は歴代で最も才能に溢れていた。


 悪魔でさえも驚きを隠せない、魔女の神秘が詰まった薬だ。


「こんなものに頼る事がないのが一番だが、ほら。私は母親の事もあって中々に男嫌いでね。恋などするはずもないと思っていたんだが、好きになった奴がいる。私は、そいつと同じ時間を歩きたくなった」


 暗く淀んだ世界で、作り物の表情を仮面にして生きてきた少女が、明るい世界を知った。無邪気で、美しくて、世界の残酷さを知りながらも無垢な気持ちを抱き続ける娘。モナルダの初恋とも言えた。


「お二人そろって不老不死という選択はないんですか」


「さっきも話したが、何かの理由で魔女が続けられなくなったら、レティを永遠に孤独にさせる事になる。そんな仕打ちはあんまりだろう」


 シトリンが瓶を手に取って、ジッと見つめながら尋ねる。


「誰に渡すかはもう決めてあるんですか?」


「ああ。なんとなく、アイツが良いだろう、というのは決めてある。他人のために動けて、優しすぎる事がなく、気の強い奴がいい」


 心当たりがあるシトリンも納得の人材。そっと瓶を机に戻す。


「そうですね、彼女なら賛成です。後は本人次第ですが」


「受け取るだろうな。アイツはそういう奴だよ」


 二人でくすっと笑って、それからシトリンが優しい目で見つめた。


「あなたは優しい人です、レディ・モナルダ。ヴァネッサ様のように」


「あの女が優しいとは驚いた。話を聞いても、あまりピンと来なかったよ」


「そうでしょうか。その日記、あくまで断片でしょう」


「みたいだ。なんにしても残りがどこにあるのかに興味はないが」


 知ったところで、ヴァネッサ・フロールマンが男をとっかえひっかえして、モナルダの精神を酷く傷つけてきた事実は変わらない。何人もの男と気が合わず、喧嘩を繰り返してきた。そのうち、文句も言わず部屋の隅にいるようになった。無駄にした時間を思えば、最期がなんであれ精々が同情する程度に留まった。


「……まあ、あなたがそう言うのでしたら。ですが、もし気になったときは家の裏にある小さなノームに触れてみて下さい」


「あのブサイクな妖精の人形か……。そういえば、ずっと昔からあるな?」


 思い返してみると、代々フロールマンが使ってきた家は修繕や改築などをして丁寧に扱われて保たれた古民家とも言える。なんの手入れもしていないのは、苦労の経験からさっさと村を出たモナルダくらいだ。


 ぼんやりと頭に浮かぶのは、庭にある『なんでこんなものがあるんだろう』と思うようなもの。補修しかけの壺だったり、薄汚れた小さなノームの置物だったり、砂に埋もれた揃った赤い靴を見つけた事がある。どれもこれも、これまでの魔女が何らかの理由でそうしたのだと思われるが、てんで想像がつかなかった。


「気が向いたら調べてみるよ。とにかく、そろそろレティ達も返って来る頃だろうから食事の準備でもしよう。手伝ってくれるか、シトリン」


「もちろんでございます。契約こそしていませんが、私の主ですから」


 先に倉庫を出たモナルダが振り返った部屋には、もうテーブルも何もない。悪魔の契約がどんなものかを聞いてみたかったが、あえて尋ねるのはやめておいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ