第6話「隠れていた真実」
久しぶりの静かな時間。待っている間、ふと思い立って二階へあがった。レスターやラヴォンたちが触れていない部屋。鍵のかかった扉を手で触れると、カチリと音がしてゆっくり開く。
中にはたくさんの、思い出と呼ぶには程遠い痛ましい記憶の詰まった木箱や、かびくさくてボロボロになった本がいくつも積んである。それでも彼女には少しばかり懐かしい。大きな木箱に乱雑に詰められた私物は、綿のはみでたぬいぐるみだったり、本に挟んで作ったドライフラワーが出てきた。
「(……確か五歳の頃に買ってもらったんだったか、このぬいぐるみは。でも結局、あの女が連れてきた間男に破かれたんだよな)」
辛気臭い顔してぬいぐるみを抱きしめやがって。そんなもの捨てちまえ。怒鳴られた記憶が蘇った。千切れた腕を、翌日に母親が縫って『ほら、ごめんって。アタシだって、ここまでするとは思わなかったのよ。大丈夫、きっぱり別れたから』などと言っていたが、一週間もしたら、また連れ込んだ。惚れっぽいからなのか、それとも騙されやすいのか。あるいは、ただ遊びたかっただけなのか。
なんにしても、モナルダの良い母親像とは、かけ離れすぎていた。
「フフッ、こっちのドライフラワーは八人目の間男がくれた奴だったな。こんなものを持ってるあたり、私も馬鹿なのかもしれん」
初めて彼女を見て可哀想だと言った男だった。やや壮年くらいで、眼鏡をかけていてひょろりとした体型。十四歳のときの事だ。家にやってきて、まるで父親のように接してきた。下心でもあるのではないかと思ったが、結局のところ、どうだったのかは分からない。ある日を境にぱたりと来なくなってしまったから。
母親も決して、それについては触れなかった。ただ一度だけ聞いたときに『あんな奴、二度と呼ぶもんか』と腹を立てていた事が、強く記憶に残っている。
「……結局、なんであんなに嫌ってたんだろうな」
ドライフラワーをそっと除け、本をぱらぱらめくる。子供向けのおとぎ話。かよわいお姫様を王子様が救う典型的な内容だが、子供のときは憧れた。御姫様ではなく、カッコいい王子様に。
いつか自分も、勇敢に戦えるだけの心を持ちたいと願って。
「ま、夢は叶ったかな」
満足して片付けようとドライフラワーを手に取った拍子に、手から本を滑り落としてしまう。慌てて拾おうとしたが、届かずに床を背表紙が叩いた。
「おっと……。おや、なんだこれは?」
折りたたまれた何枚かの紙。しわだらけで、まるで紙を一度は捨てようと丸めたかと思うほどくしゃくしゃだった。
『娘が生まれた。ごめんなさい、誰の子かも分からない。私はひどい事をした。ごめんなさい。あぁ、でも、すごく可愛いの。私のモナルダ』
日記のページ。破られた紙。点々と濡れた痕跡があった。
『モナルダの三歳の誕生日。貴女が魔女を継ぐ日が楽しみ。美しい紅い髪に、深碧色の瞳は、何度見ても私そっくりだわ。どうか穏やかに育ってね』
誰のものかは言うまでもない。彼女はさらに次の紙を読む。
『ごめんなさい。あなたの大事なぬいぐるみ。私は不器用だから、魔女として育ってきたから、縫っても不格好だったわ。きっと嫌われたかも。アタシ自身がクズなのは分かってる。魔女の恥さらしだって、分かってる』
綴られているのはモナルダへの愛情そのものだ。そして後悔も滲んだ日記。ありえないと驚愕しながらも、さらに次の日記を読む。
『アルフォンソはろくでもない男だった。最低だ。私の娘に手を出そうとした。いくら優しく接してくれたからって、騙される程の馬鹿じゃない。モナルダが知らないまま、問い詰めたら行方をくらました。絶対に見つけて後悔させてやる』
日付を見たとき、言葉を失った。母親が出ていった日だ。優しかったアルフォンソ。その正体をモナルダは知らなかった。知らないままでいた方が幸せで、ゾッとした視線がドライフラワーを睨む。
「……じゃあ、どうなったんだ。母さんは?」
嫌な予感が頭を過った。他の紙を床に捨て、最後の一枚を手に────。
『あの子なら大丈夫。私のせいで散々迷惑かけてきたし、私がいない方がモナルダも喜ぶでしょう。今になって思うと、愛情らしい愛情なんて注いでやれなかった。私がこんなに不出来な人間だから。でも、アルフォンソは許しちゃいけない。必ず復讐しにやってくる。絶対に見つけてやる。シトリンのアドバイスは絶対に正しいはず。これが最後の日記。モナルダ、あなたは幸せになってね』
恐ろしくなった。日記に綴られた母親の、モナルダへの愛ではない。アルフォンソという間男の本性が、でもない。────シトリンの名前があった。
「……まさか、そんなわけあるか。これは百年以上も前の日記だ」
ガチャリと扉が閉まる音がして振り向く。一瞬、心臓が飛び跳ねた気がした。そこにシトリンが立っていたからだ。
「あ~あ、いないと思ったら。わざわざそんなもの見つけちゃうなんて。知らないままの方がいい真実ってあると思いませんか、レディ・モナルダ?」




