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深紅の魔女─レディ・モナルダ─  作者: 智慧砂猫
深紅の魔女レディ・モナルダと捨てられた想い出
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第5話「受け入れられない」



 翌朝、まるで昨日の事など無かったかのように、クライドは家を訪ねてきた。玄関を叩いて呼んでも返事がないから、今度は窓から中の様子を窺って、モナルダと目が合うとニコニコ笑って腕を振った。


「カーテンを閉めろ、シトリン」


「あいあいさー、です」


 シトリンが舌をベッ、と出して意地悪くカーテンを閉めると、外から『悪かったって~。俺そんなつもりじゃなくてさあ』と笑いながら言う声がする。謝罪の気持ちなど大して持っていないであろうに、モナルダは腹を立てた。


「なんでアイツは忠告したのに性懲りもなく来てるんだ」


「話聞いてなかったんじゃないですか。良かったですね、レスターさんと一緒にレティ様もお出かけしてもらっておいて」


 まったくだと頷く。せっかく滞在するのだから何かレティにヴィンヤードの遊びでもと思い、それなら川釣りが良いだろうと提案して、レスターも心得があるというので連れ出してもらっていた。


 ちょうど、その不在のときにクライドがやってきた。不幸中の幸いとは、まさに今にぴったりな言葉だと思って深いため息が出た。


「でも、どうします? 居座るかもしれませんよ、アレ」


「私が早めに帰らせよう。お前にはこれを頼む」


「……なんです、これ。手紙ですか?」


 手渡された白い封筒を明かりに透かせようとする。


「まあそんなところだ。隣のオーカーに美味いキャロットケーキを焼いてくれる人がいる。週末以外は焼いてくれるから、買ってきてくれ」


「承知いたしました。では彼の事はお任せしますね」


 玄関を開け放つと、シトリンはさっさとクライドを無視して歩きだす。彼はそれを追いかけはせず、迷ってからモナルダと話す事を選んだ。


「あ、あの! ちょっと良かったら俺の話聞いてくれない?」


「二度と近付くなと言われて顔を出す神経を疑うよ」


 睨まれて、クライドは気まずそうに笑顔を向けた。


「そっ、そりゃあそうなんだけども……。だけど、ほら。俺も村に住んでるから、あんまり魔女様と関係を悪くしたくないじゃん。それでお詫びの品をさ」


 手に提げた紙袋から、小さい箱を取り出す。


「中身は?」


「りんごジャム。美味いよ、俺の実家の味」


「知るか。置いたら失せろ」


「じゃあ許してもらえるって事?」


 なんと都合の良い解釈をする男だろう、と鬱陶しさに顔が引き攣る。


「持って帰って自分で処理しろ。お前がヴィンヤードでどんな生活をしていようが知った事じゃないが、少なくとも私を不愉快にさせるな」


「いやあ、そう言わないでくれよ。ほら、これは別にあげるから」


 紙袋を置くと、クライドはニコニコと気にする事もなく、モナルダの神経を逆撫でするばかりだ。許してもらうまで変えるつもりはない。


「……はあ。何が目的なんだ、ラヴォンにも迷惑を掛けてると聞いたが」


「まじで。アハハ、いやあ、だって可愛いからさ!」


「耳障りな奴だ、まさかこんな田舎に女漁りでもしにきたのか?」


 突然、クライドは笑うのをぴたっとやめた。


「俺ってやっぱりそんな風に見えてる?」


「それ以外に見えないが」


「だよなあ。本当はそんなつもりないんだけど」


 がっくり肩を落とす。どうにも嘘を言っているようには見えなかった。


「田舎暮らしに憧れて、ってのは割と本気なんだよ。ただここにいる女の人は皆、びっくりするくらい美人ばっかでさ。魔女様なんか特に────」


 全身が凍りつく気配。流石のクライドもドキッとする。


「私はお前のような人間が嫌いだ。失せろ、不愉快にさせるなと言っただろう。見れば歳は二十代後半といったところか。必要な常識は持てよ。ここがどこか分かるのなら、私の庭を安易にうろつかない事だな」


 次はないという明確な忠告に、クライドも黙って何度か頷く。


「わ、わかったよ……。でも、これは受け取ってほしい。仲良くできないなら、それでも構わないんだ。あなたに会えただけで光栄だ、魔女様」


 それじゃあ失礼、と慌てて走っていく。置き去りにされた紙袋を仕方なく手にして、家の中に引っ込んだ。


「(これでもう必要なく関わってくる事はないと願いたいものだ。ああいう軽い男を見ていると、嫌な思い出に不快感が噴き出してくる)」


 誰も先代の魔女の名を口にはしない。モナルダを気遣ってか、あるいは単純に評価が低いせいで口にするのも憚られるか。なんにしても、ヴィンヤードの魔女の家系の中でただひとりの汚点とも言える、と彼女は唇を噛む。


 母親も、その周りにいた男たちも。みんな、みんな。


「……こんな家、燃やしてしまおうか」


 別に、他にも家はいくらでも用意できる。なぜわざわざ、かつて暮らした嫌な記憶の残った家を置いているのだろう、と不思議な気持ちになった。


「(田舎は不便だ。ニューウォールズでのほとぼりが冷めたら、レスターたちも新しい場所を用意してやった方がいいだろう)」


 家を燃やすのは、そのときでいい。気持ちを落ち着かせた。受け取った瓶詰のりんごジャムが入った箱をキッチンに置いて、腕組んでジッと見つめる。


「……りんごジャム、なぁ。シトリンにでもやるとするか」

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