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深紅の魔女─レディ・モナルダ─  作者: 智慧砂猫
深紅の魔女レディ・モナルダと捨てられた想い出
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第4話「いけ好かない男」

 嫌な予感とは往々にして当たるもので、半ば急ぎ気味に家を出たモナルダが魔導書を後ろ手に持って歩いて向かうと、集会所の前で騒ぐ声が聞こえた。あまり耳にしたくない、目にも映したくない現実が広がっている。


「ですから、他人に失礼な事をしたときは誠心誠意を以て謝るのが常識ではありませんか? 人間のくせに一般的なモラルも持ち合わせていないとは」


 淡々とした口調だが、紛れもなく怒りにも近い感情が滲んでいる聞きなれた声。ふと覗けば、無表情の中に明らかな不満を宿すシトリンの姿があった。


 彼女の怒りの矛先が向かっているのは、目の前にいる若い男だ。よく日に焼けた小麦の肌に、短く切った金髪。話に聞いた通り、そこそこガタイのいい男だ。苦言を呈されてもへらへら笑って流そうとした。


「何をやっている、シトリン? 来て早々揉め事か」


「これはモナルダ様。ええ、こちらの方が────」


 話を遮って、図々しくも男が割って入った。


「うお~! 本当にあの魔女が!? どうも初めまして、クライドと言います。実は魔女様の故郷と知ったばかりなんです、よろしくお願いします!」


 差し出された手をモナルダは握り返して冷静に受け止めた。


「ああ、どうも。それで、何があったのか続きを」


 挨拶が済んだら男を押しのけてシトリンに尋ねる。


「もちろんです。この空気も読めない男が、こちらの村長様と宿泊の話をしていたところ『荷物運んであげるよ』と私の手に触れたので、殺してしまいそうな気持ちをぎりぎり抑え込んで、こうして説教で我慢してあげていたのです」


 なんとなく本当にシトリンなら殺せてしまいそうだなと視線が行き来する。それからオドオドするだけの村長、ヴァージルを睨んだ。


「お前は何をやっていたんだ。注意もせずに」


「あっ、えっと……その、クライド君は善意でやった事ですから……」


「四十年も生きて出した結論がそれなら、今すぐ別の奴に任せた方が良い」


 村長のヴァージルは生まれた頃からモナルダもよく知っている。真面目だけが取り柄の気弱な男で、それは歳を取っても変わらない。村長になれたのも先代の息子だったから、というだけの話だ。


「できもしない事をできると言う蛮勇も時には必要だが、お前のどっちつかずの態度で今までよく取り繕えたものだ」


 村人からの評価も大した事はなさそうだ、と残念がる。ヴァージルは何かを言いたそうにしながら口ごもるだけで、クライドが割って入った。


「そう言わないであげてよ、魔女様。俺ってば、まだ村に完全に馴染めてなくてさ。それで気を遣ってくれてんだ、なにせ余所者だからね」


「だったら、お前が相応の態度を取るべきだったな?」


 つま先を踏みつけて露骨に不愉快な表情を向けた。


「シトリン。ソファで寝るのは?」


「別に嫌いではありませんが」


「なら帰ろう。良い寝床をお前にやるよ」


「御供いたします。あとパンケーキも欲しいです」


 もうヴァージルたちを相手にする気はなく、モナルダは愛想も見せずにシトリンを連れて帰路に就く。


「ねえねえ、ちょっと魔女様! 俺そんなに悪い事し────」


 その背中に近付いて肩を掴もうとした瞬間、ぎろりとシトリンが振り向く。


「私はともかくモナルダ様に近付くのであれば、お覚悟を」


「……おおっと。ごめんごめん、また何かお詫びでもさせてよ」


「二度と近付かない事が詫びです。では、さようなら」


 先を歩いていたモナルダが、ささっと隣に戻ってきたシトリンを横目に見て、くすくす笑う。


「お前はよく出来た従者だよ。肩を掴まれていたら怪我をさせていた」


「でしょうね。私よりも随分と毛嫌いされているようでしたから」


「さあ、どうかな。とにかく礼を言う。自分の村で面倒は避けたい」


「これで近付くなら、よほどの怖いもの知らずか、ただの馬鹿ですよ」


 遠慮のない物言いに、またくすっとする。連れて来て正解だった、と。


「何かご褒美があるといいんですが」


「パンケーキを作ってやろう。こう見えて、料理できるんだ」


「本当ですか。全部お金で解決してそうな顔してますけど」


「失礼なヤツだな……。昔は本当に下手だったが、友人に教えてもらってね」


 自信たっぷりな横顔に、シトリンも穏やかな気持ちで微笑む。


「では楽しみにしています。少し厚めのベーコンとポテトもあると嬉しいのですが。材料が必要であれば調達してまいります」


「レスターたちに聞いてみよう。もしかしたらあるかもしれない」


 美味しい食事が待っていると分かれば、シトリンも嬉しそうにキリッとした表情をして、僅かに興奮気味に鼻をふんふん鳴らす。


「わかりました、今から楽しみです。ところで、あのクライドという男に気を付けておいた方が良いですよ。私の見立てでは、ですけど」


 それとない忠告にモナルダは目を細めた。


「お前の忠告はよく当たる。単純にいけ好かないヤツでは済まなさそうだ」


 すう、と大きく息を吸い込んで、呆れるように吐く。


「まあここで何をしようが知らんが……。せいぜいアレが我々の予想から外れて、まともである事を祈ろうじゃないか」

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