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深紅の魔女─レディ・モナルダ─  作者: 智慧砂猫
深紅の魔女レディ・モナルダと捨てられた想い出
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第3話「幸せな暮らし」

 家はリベルモントの屋敷に比べれば、うんと小さいが、かといって客が来る事を想定していないのに四人は快適に過ごせるよう部屋も余っているので、十分な広さがある。ラヴォンたちが使っているのは二階で、一階の部屋は鍵が掛けてある。それも魔法によって、絶対に開けられないように。


「こっちの部屋が開かなくてさあ」


「私の書斎と寝室なんだよ。荒らされては困るのでね」


 ヴィンヤードは森の深い場所にある小さな村なので訪れる人も少ないし、どれほどの悪人でも魔女の家に空き巣に入る命知らずはまずいない。魔法を掛ける必要など無いと思いながらも、念のため自分以外立ち入れないようにしてあった。


 実際、彼女が失って困るのは魔導書くらいなものだ。


「私は書斎を使うからレティは寝室を使え」


「いいの? 二人で使ってもいいんじゃない?」


「一人暮らしだったからベッドが狭い」


「ああ、そっか……。でも書斎にベッドないよね」


 モナルダは部屋に入るとトランクをその場において、ソファを指さす。


「これがある。以前購入したんだが、私には大きすぎて」


「うわ、本当。どうやって家の中に入れたの?」


「小さくしたんだよ。ある程度の物は短時間だけ大きさを変えられる」


 魔法は使いすぎれば肉体そのものに大きな負担を掛ける。不老不死という性質上、死を迎える事はないが、三日も目を覚まさなかった事があった。以来モナルダは無理をせず出来る範囲でだけ魔法を使うよう心掛けていた。


「ほら、レティ。荷物を置いてきたらダイニングに集まるぞ」


「そうだね。大事な話もあるし」


 それぞれ、自分の部屋に荷物を置いて、モナルダは魔導書だけは手放さずに持ち歩く。ダイニングではレスターが温かいコーヒーをテーブルに並べていた。


「おう、座ってくれ。ゆっくり話をしよう」


「私たちの事は後にして、その困らされている男というのは?」


 席に着き、ラヴォンが事情について口を開く。


「ナルキスって男でさ。背が高くて筋肉質で、まあなんつーか、田舎には似合わないチャラチャラした雰囲気の奴だよ。アタシは苦手なんだけど」


 都会育ちというのが一目でハッキリ分かるというのもあってか、最初からラヴォンはあまり好いていなかった。ヴィンヤードへ移住した理由も分からず、田舎暮らしに憧れがある事だけが分かっている。


「クレールに住んでるのか、そいつは?」


「うん。空き家の改装が済むまでは集会所で寝泊まりしてんだとよ」


 モナルダとレティのカップを持つ手がピクッと小さく揺れた。つい先刻、シトリンを泊まる所がないからと集会所に向かわせたところだ。いささか攻撃的な性格のメイドなので、揉め事を起こしそうな気がした。


「分かった、詳しい事はヴァージルに聞いてみる事にしよう。……あ、レティ。お前はここで留守番を頼めないか」


「えっ、うん。別にいいけど、どうして?」


 何も言わず、モナルダが頭をぽんぽん撫でた。


「気にしなくていい。言われた通りにやってくれれば、私が喜ぶ」


「……! 任せておいて、なんでもやってみせるよ!」


 可愛い子犬のようだ、と微笑ましさに口元が緩みそうになるのを堪えてコーヒーを飲んで普段の冷静さを取り繕う。


「ま、その件は後で私からヴァージルを訪ねるとして……お前たちは、その後どうなんだ。ここでの暮らしは今起きている問題を除いて快適か?」


 親子は顔を見合わせて笑みを浮かべ、声をそろえて「快適だ」と答えた。想像をはるかに超えた田舎だが、これまでずっと誰かに見張られているのではないかといった緊張感とも無縁になった。


 朝の陽射しで目覚め、庭の手入れや散歩をして穏やかな毎日を過ごして、必要があれば、そう離れていない都市まで馬車を走らせた。これまでの息の詰まる日々が嘘のように幸せだと語った。


 特に誰かに追われる事もなく、後にわざわざミルフォード公爵からも手紙が届き、『特別なルートを使って私兵にしたので今後の心配もない』と報告があり、今は安心して暮らせていた。


「────まあ、色々あって、魔女殿には本当に世話になったと言わざるを得ない。公爵様まで手を貸してくれるなんて」


 レスターの言葉に、モナルダもうんうん頷く。


「あの男は義理深い人間だ。誰とて必要であれば敵に回すときは敵に回すし、味方になったときは絶対に裏切らない頼もしさがある。……それで、今はヴィンヤードでなんと名乗っているんだ?」


 新しい名前で呼ばなければ違和感があるだろうと思って尋ねると、彼らはとても申し訳なさそうに────。


「いや、実は魔女殿のアドバイスを無碍にするようで悪いと思ったんだが、ウィザーマンの姓だけもらって、名前自体はそのままでやってる」


「アタシら、これまで何かある度に通名使って暮らしてたからよ。きちんと自分たちの名前で生きたかったんだ。村の人たちにもちゃんと事情は話して、全部受け入れてもらってる。あんたのおかげだよ、モナルダ」


 礼を言われて悪い気はしない。彼らが誠実に、これまでの行いを忘れず向き合おうと懸命に生きる事を選んだのなら、なんにせよ満足だ。


「皆が納得しているのなら構わないとも」


「へへっ、ありがとな。……ところで、ウィザーマンってのは遠縁だって言ってたよな。その人も魔女の血筋だったりするのか?」


 モナルダはうーん、と顎を擦った。


「私の父親の血筋だから平凡な人間だよ、多分。そもそもウィザーマンを名乗る連中自体がどこから来たのかも分からない。調べた事もあるが、どこの国にも属さない名前だ。もしかしたら偽名だったかもしれんし、丁度いいと思ってね」


 空になったカップをそっと置いて、モナルダは席を立つ。


「では、ゆっくり休憩も出来た事だから、そろそろヴァージルのところへ行ってみるよ。シトリンが揉めてないかも気になる事だしな」

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