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深紅の魔女─レディ・モナルダ─  作者: 智慧砂猫
深紅の魔女レディ・モナルダと捨てられた想い出
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第1話「小さな村」

 がらごろ、がらごろ。車輪が小石を蹴散らしていく。馬車は淀んだ空の下を走った。深い森の中にある小さな村、ヴィンヤードを目指して。


「レティ、そろそろ着くから起きてくれるか」


「……んあっ。え? あっ、本当に!」


 毛布に包まっていた少女が大慌てだ。昨晩から、馬車の揺れ具合が心地よくて、ぐっすり眠ってしまったと御者台に近寄った。


 顔を出すと、進んだ先に『ヴィンヤード・クレール村』と書かれた看板が立っている。レティは不思議そうに通り過ぎていく看板を見つめた。


「クレール村……ヴィンヤードって村の名前じゃなかったの?」


「ヴィンヤードは土地の名前。クレールは地区の名前だ。私の出身はクレール村といって、隣の地区がオーカーという村なんだよ」


 土地の名を姓にする者も多く、フロールマンを名乗れるのは魔女だけなので、モナルダも幼少期はヴィンヤードという姓を名乗っていた。だが良い思い出は殆どない。楽しかった事の何十倍も、母親の無様な体たらくを見てきたからだ。


 それでも訪れたのは、やはり故郷という事もあって、そこに暮らす人々をレティに紹介してやりたかった。『そんなに悪い村でもない』と言いたくて。


「そうだ、レティ。お前の後ろで眠ってる馬鹿も起こしておけ」


 荷台を振り返ってレティに頼む。シトリンがぐうぐう気持ちよさそうに眠って、起きてくる気配も全くなく、寝息が聞こえてくると何故だか無性に腹が立って仕方がない。なぜ付いてきたんだとしか思えなかった。


「あはは、随分疲れてたみたいだね?」


「三日三晩は寝ずに働けると言った翌日に寝やがって」


「ふふ、ちょっと可愛いかも」


「……お前の可愛いの基準がちっとも分からん」


 そうこうしているうちにクレール村に到着だ。全体で二百人程度が暮らす、集落にも近い場所。切り拓かれた田舎には広い畑があり、近くには澄んだ川もある。老人が多く、若者は少ない。どこにでもありそうな風景だった。


「おや、着いたんですか。お疲れ様です、モナルダ様」


「おはよう、シトリン。よく眠れたようで何よりだ」


「ありがとうございます。ぐっすり、とても良い気分でしたよ」


「嫌味を言ってるんだよ、嫌味を。ったく、こいつは……」


 何を考えているかも分からないし、ふてぶてしい態度は変わらない。なのに、不思議にも突き放す気にはなれない奇妙な存在。モナルダはただ呆れて、ひとまず彼女を相手にするのはやめようと決めた。


「ところで、これからどこ行くの?」


「私の家だよ。今は貸してるんだがね」


「貸してるって……誰に?」


「まあ、それは行ってからのお楽しみだ」


 長い坂道をがらごろ馬車は進んでいく。途中、何人かの村人とすれ違って、彼らはモナルダを見るなり「おかえり、元気だったか」と声を掛けた。もう随分と顔を出していなかったので、彼らはとても嬉しそうに微笑んだ。


「みんな知り合いなんだね」


「若いヤツは私を知らんと思うが、大体は知り合いさ」


 田舎は狭い。その日に何を食べたかまで、翌日には村の全員が知っているほどに情報も広がりやすく、人によってはひどく住みにくい。だが、その分、強い繋がりを持てれば困ったときに力になってくれるのも事実だ。


 モナルダは、そういう空気が嫌いではなかった。


「こんなに小さい村だし年寄りも多いが、皆明るくて良い村だよ。なにより旅行先としては正解だ。普段の都会の喧騒から離れられるし、特別な理由でもなければ誰かが訪ねてくる事もない。静かに過ごしたいときは此処を勧めよう」


 森深い場所の村にわざわざ立ち寄る者はそういない。特別泊まれる場所もないが、誰かに声を掛ければ、まず快く受け入れてくれる。無礼を働かないかぎり、来る者拒まずの精神で、老人たちは温かく迎えるのだ。


「いいなあ、それ。確かに空気も綺麗だし、都会だと目立つようなボクたちでも、誰の目も気にせずに悠々自適の時間が得られるわけだ」


「美味しい食べ物とかないんですか、モナルダ様?」


 相変わらず食い意地が張っているなあと呆れつつも、ふと考えてみる。特に、これといって地域的な食べ物は思い当たらなかった。


「……別にないな。だがオーカーに行けば、美味いキャロットケーキを焼いてくれる人がいる。今日はゆっくりクレールで過ごして、明日会いに行こう」


「流石です、モナルダ様。一生ついていきます」


 なんと都合の良い奴なのかと思わずにはいられない。だが、それでこそシトリンという人物だと笑う。リベルモントからずっと一緒に過ごしてきたが、中々どうして嫌いになれない奴もいるものだ、と。


「さ、着いたぞ。ここが私の家だ」


 二階建ての木造建築。壁を白く塗ってあるが、もうすっかり古くなってくすんでいる。だが庭は綺麗に草刈りが済んで、敷地を囲む石垣の前には『フロールマン』とだけ書かれた所有者の名を示す看板が立てられていた。


「ン?……おっ、なんだよ、モナルダじゃん!」


 馬車の走る音を聞いて、石垣の裏で花に水をやっていた女性が顔を出す。片目を覆う眼帯に紫紺の瞳。ショートカットの金髪が、ふわりと揺れた。


「久しぶりだな、ラヴォン。その様子だと元気そうで嬉しいよ」

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