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深紅の魔女─レディ・モナルダ─  作者: 智慧砂猫
深紅の魔女レディ・モナルダとお姫様
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番外編『フローリンと深紅の魔女』

「あっ、きたきた。モナルダ、こっちよ!」


 招待状を片手に邸宅の前で門番と話しているモナルダを見つけて手を振った。ふんやわりと優しく揺れる長い髪。穏やかな碧い目。ニューウォールズではよく目立つのが、ブレイディ子爵令嬢。名をフローリン・ブレイディと言った。


「やあ。久しぶりだな、フローリン。これで何度目の招待状だったか」


「十五回目。来てくれたのは今日で七回目よ」


「ハハ、そうか。中々来れなくてすまない、あちこち行ってるもので」


 モナルダの居場所が分かる人間は非常に少ない。特に親交のあるフローリンでも、彼女の旅先など掴めず、とにかく手当たり次第に手紙を出す事もあった。最近になって定期的に旅先から今の場所と滞在日数を送ってくれるようになり、ようやく連絡を取り合う日常が始まった、といったところだ。


「お茶会だと言うからケーキを買ってきたんだ。口に合うかは分からないが、それなりの名店だそうだ。お前くらいなら、よく食べているかな」


「まあ、『プティット・レーヌ』じゃない。数量限定で人気だから、滅多と買えないの。朝から並ぼうと思って出かけても、すぐ売り切れちゃうのよ」


 とても嬉しそうなフローリンの様子にホッとする。あまり菓子類に興味がないので、どれが良いのかさっぱり分からず、知り合いにおススメはないかと尋ねておいた甲斐はあったようだ、とモナルダも嬉しくなった。


「相変わらず庭が綺麗だな。それで、相談っていうのは?」


「まあまあ、急がないで。座ってから話しましょう」


 庭に用意されたテーブルにはマカロンやクッキーなどが用意され、執事が紅茶を淹れる。ブレイディ子爵家ではコーヒーはあまり飲まれず、紅茶が中心だ。モナルダはどちらかといえばコーヒーの方が好みだったが、フローリンといるときだけは紅茶を嗜んだ。


「それでね、モナルダ。今日来てもらったのはほかでもない……ラファイエット伯爵の事なの。最近は忙しいらしくて、中々会えないのだけれど」


「あのよく肥えた……。お前、今度はアレと付き合う事にしたのか?」


 恋多きフローリン。優しいフローリン。可哀想に、彼女はあまり見る目がない。そのせいか、これまで何人とも付き合っては別れている。原因は主に相手だが、かといって毎度そうでは彼女の責任と言っても不思議ではない。


 評判自体あまり良くない相手でも、優しく声を掛けられるとコロッといってしまう。おかげでブレイディ子爵も随分と困らされていたものだが、今回こそは違うとフローリンは自信たっぷりの雰囲気をして紅茶に口をつけた。


 実際、モナルダもラファイエット伯爵についてはよく知っている。由緒正しき家柄としてヴェルディブルグでは大貴族に数えられる伯爵家であり、現伯爵は庶民と同様の質素な生活を好んだ。


 それでは威厳がないからと領民から頼まれて、やっと屋敷に住んだものの『居心地が悪い』と言って、よく庶民の安い酒場に繰り出しては肩を組みながら歌い踊って、困った事がないかと自ら調査まで行っている。


 何度か会った魔女でさえ『思ったよりも出来た男だ』と評価する。ひとつ難点をあげるとすれば、太っている事だけだ。肉よりも甘いものを好み、酒もよく飲むので、ちっとも痩せない。追い詰められてやる運動も大嫌いだった。


 それでも結婚相手としては、他より明らかに適格ではある。


「ま、いいよ。聞いてあげるさ、お前の頼みだから」


「ふふっ、ありがと。やっぱりモナルダは優しいわ!」


「誰にでもそうじゃない。お前は私に何も期待してないからだよ」


「ええ? でも相談とかして頼りにはしているわよ?」


「そうじゃない。私をひとりの友人として扱ってくれるからさ」


 魔女。魔女。魔女。いつだって、その名に縛られた。自分で望んだわけではないが、かといってそうなる方が幸せだと思った。


 だが現実は擦り寄ってくる者ばかりだ。口を開けば『ああ、魔女様』と崇拝でもするかのように笑顔を作って頼み事を聞いてくれないかとやってくる。うんざりだ。しかし生きていくには彼らも必要な存在ではあった。


 だから友人らしい友人はまずいない。付き合いはあっても。フローリンは、その中でたったひとりの例外とも言える、魔女の大切な友人だった。


「じゃあ、友達にはたくさん相談しておきたいわ。ラファイエット伯爵の誕生日パーティに呼ばれてるの。せっかくだから彼の好きなものを贈りたいわ」


「煙草だよ。それも安いヤツ。葉巻は絶対に吸わないそうだ」


 即答。庶民派で知られるラファイエット伯爵と言えば、安い酒に安い煙草。とにかく品質が程々で庶民でも簡単に手に入るものが好きだった。格好だけでなく芯から愛しているのが伝わるほど、誰にでも力説するくらいには。


「ニューウォールズには結構な数の銘柄が揃ってるだろう? あちらでは売ってないものもあるはずだから、聞いてみればいい」


「わあ、流石ね。呼んでよかった。あ、それと他にはね────」


 時間も忘れて二人は語らい、陽が沈み始めるまでずっと庭にいた。少しずつ冷えてきたのを感じて、先に切り上げようと言ったのはモナルダだった。


 いつまでも談笑していたくとも、魔女にはいくつも予定がある。しかし、どんなときでもフローリンと会う事だけは優先してきた。なので、後の予定は詰まりに詰まっている状態だ。


「すまない、もっと話していたかったが」


「いいのよ。こうして会えるだけで嬉しいわ」


「そう言われると助かる。ではまた会おう」


 軽いハグをして、それからモナルダが去っていくのを見送った。フローリンにとっても気兼ねなく自分らしく話せる相手なので、寂しさもあったが、また来てくれる事への期待の方がずっと大きかった。


「アレック。私はラファイエット伯爵が喜びそうな煙草がないか、商会にいって聞いてみるわ。ここの片づけは御願いしていいかしら?」


「もちろん、片付けはします。ですが、誰かお付けになっては……」


 最近はお世辞にも治安が良いとは言えない。もう何人、貴族令嬢が行方不明になっただろうか。多くの危険なニュースが広がり始めているので、執事の老爺も心配に思って進言したが、フローリンは聞く耳を持たなかった。


「大丈夫よ。だって、私はずっとニューウォールズで暮らしてきたもの。みんなが私を助けてくれるわ。きっとよ。だから安心して、アレック」


「……旦那様には、念のため伝えておきますので」


 まあ仕方ないか。フローリンは諦めて頷き、寒くなるだろうからと借りた上着だけを羽織って町へ出ていった。ロッケン商会では煙草など嗜好品の仕入れに強い。そこで尋ねれば、きっといい答えが返って来ると期待した。


「わあ~、夕日が綺麗だわ。次もモナルダの期待に添わないと。……私のたったひとりだけの友人だもの。なにより大切にしなくちゃね」


 沈んでいく夕日を背にして、彼女はニューウォールズを歩く。小さな幸せを感じながら、小さな幸せを祈りながら。また明日が来る、と微笑んで。

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