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深紅の魔女─レディ・モナルダ─  作者: 智慧砂猫
深紅の魔女レディ・モナルダとお姫様
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エピローグ②『絶対に許さない』




 知らせはすぐに王都へ持ち帰られた。上手く行ったとばかり思っていたフロランスは、その結果が想像以上に複雑になった事に対してはらわたが煮え返る。手に握り潰したフランシーヌからの手紙を床に叩きつけた。


「やってくれたわね、あの子たち……!」


 予想外の結果にわなわな震える。仲が悪いので問題ないと思っていたレティとフランシーヌが結託するとは考えもしなかった。だが、状況を確かめさせるために送った遣いから渡されたフランシーヌからの手紙は反抗的な内容だったのだ。


 くしゃくしゃに丸まった紙を拾いあげた男が広げた。


「おやおや。これは随分としてやられましたな、陛下?」


「ミルフォード……。あなたにも言ったはずよ」


「私には出来ませんよ、陛下。魔女がいては手の出しようも」


 ナイルズが大げさに肩を竦めた。


「地位や名誉も必要ではありますが、それもまた命あっての事。いくら頼まれたとしても、確実な保証はできかねます」


「わかってるわ。でもあなたの命だって、ここでは保証されない」


 背筋の凍りつきそうな冷たい視線。ナイルズはこれまで長くフロランスとの間で多くの仕事をこなしてきたが、彼女から冷徹な態度を向けられるのは初めてだ。思わず身を一歩退かせてしまう。


「許さないわ……。フランシーヌにも罰を与えないと」


「はて、そうまでする必要が?」


「当たり前よ。親に楯突く不出来な娘には教えてあげるべきでしょう」


 なんとも、これが親の姿かとナイルズは呆れる。国の将来は考えられても、我が子はその駒としか考えていない。女王自身がどう生きたかなど知らずとも、これが『間違っている』とは感じている。だが、何も言えなかった。


「ナイルズ、あなたに仕事を与えるわ。やってくれるでしょ?」


「……仰せのままに、フロランス。君の頼みはこれで何度目だろうね」


 子供のいる親は、子供の幸せを願うべきものだ。たとえどのような立場であれ。ナイルズ・ミルフォードは公爵家の生まれで厳しく躾けられてきたが、間違いなくそこに愛はあった。出来が良かったからではなく、血の繋がった息子として。


『いいか、ナイルズ。厳しいだけではいけない。ときには甘えたくもなるのが人間だ。ならば許してやりなさい。ただ、甘やかす事と甘えさせる事が違う点だけは、自分でよく考えてみるように』


 四十になって我が子を持ったナイルズには、よく分かる。だからこそフロランスが『甘やかされて育った』と認識した。今まで手に入らなかったものはなく、王族という強い立場に守られてきた事で、国というカタチを保つための命令ならば、誰でもその礎になってくれると信じて疑わないのだ。


 だから、ままならない三人の我が子に対して、何故従わないのかと理解ができない。理解しようともしない。甘やかされてきた環境が彼女を守り、知らぬ間に独裁者に仕立て上げた。周囲でさえも諦めてしまうほどに。


「(ずっと彼女を見てきて、幼馴染として厳しく言ってやるべきときもあったろうに。もう取り返しのつかないところまで来てしまったか)」


 自らの責任だと後悔を抱く。もっと早くに彼女の心に芽生えた悪意を摘んでいれば。────いまさら、そんな甘えた事は言えない。


「であれば、女王陛下。私には何をお望みかな。斯様な仕事であれ、ミルフォード公爵家の人間として全うしてみせよう。……この命に替えても」


 分かっている。与えられる任務がなんであるかなど考えるまでもない。玉座にどかりと腰掛けて深呼吸をして、フロランスは額に手を当てながら。


殺してちょうだい(・・・・・・・・)。魔女も、レティシアも、誰に逆らったかを思い知らせる必要があるわ。時間はいくら掛かってもいい。必ず見つけ出して追い詰めなさい。罪状などいくらでもでっち上げられるんだから」


 冷え切った瞳だった。穏やかな国の女王とは思えないほどに。


「承知しました、女王陛下。しかし魔女は不老不死ですが」


「だったら地下牢にでも閉じ込めておきなさい、永遠に!」


「……ではそのように。これから捜索を始めます」


「頼んだわよ、ナイルズ。例のアレも持って行きなさい」


「あぁ、あのマスケット銃というヤツですか」


 射程は程々にあるが命中精度も低く、弾の装填にも手間が掛かるため、これからの改良に期待されているリベルモント由来の兵器のひとつ。彼女の本気ぶりに、もうナイルズは何も言わなかった。


「では、これで失礼いたします」


 謁見室を出て大きなため息が出る。これが夢であれば、と。


「お話はいかがでしたか、ミルフォード公」


「……これはパトリシア殿下。狩りの仕事が入りました」


 さらりと腰まである銀色の髪。レティをもう少し大人びさせたような穏やかで慎ましい整った顔立ち。だが、瞳には感情がない。


「あなたはそれでよろしいのですかな、殿下。お母様があのようでは、あなたも他人事ではありますまい。国政を担う者としての意見を聞きたいですな」


 嫌味を言われたと感じたパトリシアは、やんわりと首を横に振った。


「王位を継がねばならない。私の心に在るのは、ただそれだけです」


 無感情な微笑みが、くるりと背を向けた。


「あなたも苦労人ですね。では、さようなら。もう会う事はないでしょう。────少なくとも、魔女が狩られるそのときまでは」

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