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深紅の魔女─レディ・モナルダ─  作者: 智慧砂猫
深紅の魔女レディ・モナルダとお姫様
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第40話「茶番は終わりだ」

 何事もなく時間は進む。歓談が冴え、些か勿体ないとさえ思う。もっと楽しく過ごしたかった。計画は計画なのだから進めなければと全員一致のもとで、最後に葡萄酒をもう一杯ずつ飲んで解散となった。


 それぞれが自室に戻った後、消灯時間がきて、屋敷内はとても静かになった。響くのは、最終的な安全確認のために出歩く執事の靴音だけだ。カツン、コツン、と扉の向こうに聞こえ、やがてひとつの部屋の前で止まった。


 扉の鍵は内側から閉められている。だが、物の数秒でカチャリと音を立てて開く。レティの寝室の扉が、ゆっくりと月明かりを徐々に差し込ませた。


「(寝ているようだな。寝つきが良くて羨ましいよ。こっちは、どのタイミングで仕事にかかればいいかも分かってないのに。ま、ひとまずは……)」


 またカンテラ片手に部屋を舐め回すように見る。異常がないのを確かめたら、部屋の隅に置かれた彼女のトランクに手を伸ばす。


「(流石に魔女の部屋は恐れ多いが、こっちはヌルいな。昨日は適当に物色したが、ある程度は荷物も見たから、必要なものだけチェックだ)」


 持ち歩いている彼女の本に金でも挟んでいないかと開く。あるいは貴重な本ではないかと深く考え、ひとまず一冊を持ち出してみようと手にする。


「……ったく。寝相の良い娘だな」


 ジッと見つめていると綺麗な顔だと改めて思う。フロランスの娘たちは、全員が容姿端麗で誰の目も惹く。我がままで傲慢なパスカルは、きょろきょろと周囲を見渡してから部屋の鍵を閉めに戻った。


「少しくらいは遊んでもいいよな……?」


 ごくりと唾を呑み、眠っているレティに振り返り────ぞわっとした。誰かが立っている。眠れる美女を見下ろす紅い髪の女だ。


「夜分に部屋の中まで安全確認とは優秀な男だ、気遣いがどこまでも行き届いていて結構。だが、遊ぶというのはいただけない」


「ひっ……! ま、魔女がどうして、いや、どうやって……!?」


 慌てて扉を開けようとする。鍵は開けたのに、いくらドアノブを回しても、うんともすんとも言わない。焦りが増していく中、モナルダが指を鳴らすと部屋の明かりがぱちっと点灯して照らす。


「リランド子爵は私も知ってる。あの男は物知りだし駆け引きも出来る良い男だが、子供の育て方だけは学ばなかったようで残念だ」


「ち、ちっ、違う! 俺は何もしてない! 何もしてないんだ!」


 慌てて弁明するように両手を床につくが、モナルダは目もくれない。


「私はまだ何も言ってないんだが、まあ自白してくれる方が助かる。それ、もっと話したくなるようにしてやろう」


 ぱちんと指を鳴らすと、紫煙がふわりと舞う。漂ったそれはパスカルにまとわりついて静かに消えた。何をしたのか分からず、オドオドとする彼は、へらへらと青ざめた顔で作り笑いを浮かべた。


「な、なにをしたんですか。あの、本当にまだ何もしてないんです。俺は、どうか許してください。勘弁してください、これが親父にバレたら……」


「父親にバレる以前の問題だと思うが? 黙ってはいたくとも、黙ってはいられないような連中はいくらでもいる。たとえばフランシーヌとか」


 扉がゆっくり開く。立っていたのはフランシーヌと屋敷のメイドたちだ。パスカルがレティの部屋に入るのは分かっていた事なので、事前にフランシーヌも信頼できるメイドの何人かには『今夜、アタシが部屋を出たら付いてきて』とだけ伝えていたのだ。何があっても犯罪者を逃がさないために。


「お、あ、ち、ちょっと待ってくださ、フランシーヌ様……!」


「触ろうとしないでよ、気持ち悪い。一歩下がって、そこに座りなさい」


 メイドたちが手に持った箒でフランシーヌを守ろうとする。元々、パスカルは屋敷内でも執事という立場から高圧的で、リランド子爵家の名もあって、立場のないメイドたちは言いたい事があっても口を閉ざすしかなかった。やっと腹の立つ男を崖から突き落とせると分かって、彼女たちは険しくも愉快そうだった。


「レティも起きていいぞ。この茶番に付き合う必要はなくなった」


「あれ、もういいの? なんだ、思ったよりかなり楽だったね」


「……あのな。私が部屋の中にいなかったら割とまずかったんだぞ」


「そうなんだ、ごめんね。でも上手く行ったみたいだから」


「うむ。そういうわけで、話を色々と聞かせてもらうとしようか?」


 モナルダの刺すような視線にゾッとする。


「な、な、なにを。今さら隠す事なんてありませんよ、俺がした事は事実です、もう認めますから。これ以上の辱めはどうかご容赦を────」


「さあて、どうだろう。別に辱めるつもりはないが」


 屈んで目を合わせ、モナルダはにやりとする。


「聞かせてもらわなくてはならない事がいくつかある。正直に答えてもらえるのが助かるんだが……そうだな、何でも答えられるか?」


 パスカルは今が好機だとばかりに頻りに頷く。ここで下手な態度を示しておけば、少しは情のある考えを持ってくれるかもしれない、と。多少の痛手を背負ったうえで、今この場で助かる方法があるのなら。そう考えて────。


「では聞かせてもらおうか。────お前、フロランスに何を頼まれた?」

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