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深紅の魔女─レディ・モナルダ─  作者: 智慧砂猫
深紅の魔女レディ・モナルダとお姫様
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第28話「贈り物」

 馬車はがらごろ駆けていく。魔女と、その親友を乗せて。目的地のリベルモントはすぐそこだ。半日も掛からない。お互い、何も言葉を交わす事なく景色だけが急ぐように流れていった。


 増していく感情は寂しさばかりで、レティはそれでも、彼女の邪魔をするまいと足をぷらぷらさせて馬車に揺られるだけ。


「言いたい事があるなら言えばいい」


 ちらと横目に見たモナルダが、レティの様子にそう言った。


「……ううん。寂しいなって思っただけ。だって、リベルモントに着いてしまったら、もう君とはお別れでしょ?」


「そうだな。だが、たまには顔を出してやるさ」


 嬉しいとは思わなかった。彼女にとっては仕事。自分にとってはそうではなかったと言う勇気が出ない。本心を言えばずっと一緒に旅をしていたい。


「(きっと、彼女の旅にボクは邪魔だ)」


  伝えたい気持ちに蓋をして黙り込む。分かっていた。ほんの少しで終わってしまう旅だ、と。勇気をもらった日から、ずっと続けばいいのにと思いながらも、この瞬間が来る事への覚悟を徐々に決めていた。


 いつかは来る別れ。年老いる事のないモナルダと自分は違う世界で生きているから、関わってはいけない。ただ迷惑になるだけだから、黙って引き下がる事も覚えなくてはならない。十分すぎる贅沢をさせてもらったから。レティの心は、ゆっくり冷静さを取り戻して、寂しさとの決別を始めた。


「そうだね、ありがとう」


「まあ元気を出せよ。今生の別れじゃないんだ」


 大体、察しは付いている。モナルダも分かっていた。ずっと鳥籠の中に閉じ込められていたレティが、大きな世界へ羽ばたける事を知ったのだ。また、小さな世界の中で生きるよりも旅をしていたいと思うのは当たり前の話だった。


「そうだ、レティ。少し馬車の速度を落とすから荷台に移ってくれ。隅の方に、小さな木の箱があるはずだから持ってきてくれないか?」


「え、うん。全然いいよ、任せて!」


 馬をゆっくり歩かせたら、レティが後ろに移るのを待って、再び走らせる。彼女が箱を見つけて戻ってくるのを一度だけ振り返った。


「持ってきたよ、モナルダ。これをどうすればいい?」


「開けてみてくれ。いいものが入ってる」


「うん? わ、なにこれ。髑髏のネックレスだ」


「あげるよ。お前との旅を楽しませてもらった礼だと思ってくれ」


「いいの!? こんな高そうな銀細工……でも、いつ買ったの?」


 大体の時間を一緒に過ごしてきたのに、そんな隙などあっただろうかと不思議になる。モナルダは銀細工を買ったのがニューウォールズだと言った。


「覚えてるかな、商会で私に喧嘩を売ってきた銀細工職人の……確か名前は、ハーシェル・ヴァーノン。髭面の男だよ」


「あぁ、あのモナルダが怒って蹴飛ばした……」


 思い返して、二人ともクスッとした。


「そうそう。アイツだ。ビリーの件があってから、商会に何度か顔を出しに行ったんだよ。そのときに声を掛けられてね。本当は無視するつもりだったんだが」


 会うつもりもなかったし、話をするなんてもってのほか。それでもモナルダが足を止めたのは、ハーシェルが身綺麗になっていたからだ。


 ただ見てくれだけを良くしたのなら無視をした。だがハーシェルは自身がいかに世間知らずな物言いをして、下らない自分のプライドのために傷つくような言葉を放ったかを後悔しており、ネックレスはその詫びで仕上げたものだ。


「これからは心を入れ替えて真剣に取り組むと言っていたよ。ロッケン商会……いや、今はカレアナ商会か。ともかく今後は販売も請け負ってもらえるそうでね。いやはや、変わろうと思えば変われるものだな」


 どう足掻いても根幹の変わらない人間は大勢いる。だが変わろうという強い意志を持てる人間は、どんなに淀んだ精神性でも、澄んだ湖のように美しい心を持つ事もあるのだという実例。だから人間は面白いんだとモナルダは微笑む。


「つけてみてくれないか?」


「うん。へへっ、どう、似合うかな」


「悪くない。少しは気が晴れたか」


「もちろんだよ。これをモナルダだと思って持ち歩く」


「おおげさな。だが、まあ、それも悪くない」


 馬車はがらごろ駆けていく。魔女と、その大切な人を乗せて。もうじきリベルモントだと思うとお互い寂しさは増していたが、もう暗い顔はしなかった。


 後悔はある。もっと長く一緒にいられなかった事。だが、嬉しい事もたくさんあった。そしてなにより、二人には強い縁が繋がったと感じられた。これからはどこにいても、お互いの笑った顔を思い出せるだろう、と。


「あ~あ、リベルモントかぁ。ボクがもっと立派で……そうだなあ。もっと明るくて、楽器も弾けて、多くの事を学べるような、お母様にも愛される人間だったなら、こんな遠くに来なくても良かったのに!」


「言うようになった。それでこそだな、私の騎士様は」


 顔を見合わせて、楽しいひとときを過ごす。いつまでも続いてほしいと願いながら、もう終わりだと知っていながら。自分達らしいと思える時間を。

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