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09 聖女の茶番




ある日、マリンはいかにもありそうな「雷」の属性が無い事に気が付いた。


マリンの脳裏に金箔背景の雷神と風神の絵が浮かぶ。

風はある。日本人の感覚からすると少々バランスが悪い。

世界的に有名な日本のゲームでもカッコいい雷の呪文がある。なんとかデインだ。

ふと考えが浮かんだ。


「――知らないから?」


使い方を知らない道具は使えない。原理が分からない。

最新の科学でも雷のメカニズムは解明が終わっていない。

「落雷」と言うが落ちているのではないとマリンはかなり最近になって知った。

必ずが無い。音が遠ければ安全でもなく、高いところを選んで落ちる訳でもない。

木の下はアウトで軒下もアウト。予測できない。操れない。運頼み。


別の考えが浮かんだ。


「火と光があるから?」


役割がかぶる、とも考えられる。

更に閃いた。


「強力過ぎるから――?」


これだ、という気がした。

でも、だからって一体何だというのだろう。




朝の掃き掃除がレフィンの「風の魔法」のお陰なのか何なのか分からない事情で免除となって以来、マリンの神殿における朝一活動はお祈りになった。


「今日はちょっと夜更かししてあのビジューを何としても仕上げる」


内心、お祈りというかただの宣言をして目を開け、胸の前に組んだ両手を解いた。

そこに丁度、微笑みを湛えたレフィンがやって来た。

彼の上に合わせた襟を見て、マリンはぎょっとした。


――アンカーモチーフの、ワッペン。


どこからどう見てもマリン作。しかもこっそりあげたものだ、孤児の誰かに。

「聖女からですよ」などとドロシーは絶対に告げていない。公爵家からのゴージャスグッズの中に紛れ込ませた最もショボい一品だった筈。


――どうやって。


入手経路が分からない。

商品に「聖女印」なんて付けていない。「聖女」を餌に品物が売れたって何の意味も無い。そんなもの自分の稼ぎとは言えない。聖女を辞めたとは言えない。

唖然のマリンにレフィンは微笑んだ。


「これ、孤児院に行った際、男の子がくれたんですよ」

「へ、え……」


マリンの笑みは引き攣る。レフィンはにっこり。


「申し訳ありません。貴女が作った物だと知っていました」

「え?」

「知っていたから男の子に譲ってもらいました。勿論きちんとお代は支払いましたけどね」


お代を支払った――聞いた瞬間マリンは「台無し!」と激しくがっかりした。「くれた」のままなら良い話にならない事も無かったのに。

がっかりしている場合ではない。大いなる疑問がある。


「知っていたのは、何故ですか」


レフィンの麗しい瞳が揺れた。


「風の精霊による、耳打ちという魔法です。場所や距離に限度はありますが、遠くにある音を私の耳へと届けてくれます。空気が澄んでいる朝夕はよく届きます。ただ屋内にいる対象者が窓を閉めてしまえば、会話は聞こえなくなります」


マリンはこう想像した。まるで糸電話への盗聴行為だ。二人の間に勝手に糸を繋いで耳を澄ませる。

一輪挿しを買って以来、マリンは天気のいい昼間などはリビングルームの出窓を開けるようになった。


――勿論閉める。今日からは。


マリンの顔に批判の色を悟って、レフィンは苦し気に眉根を寄せた。


「貴女の身の安全を思ってした事です。どうかお許しください」


殊勝な言動ながら、許されるに決まっているという表情をしている。

正直に話したんだから良いよね、と言いたげな顔だ。


マリンはレフィンから体ごと顔を背けた。


「今日からレフィンさんの授業は結構です」

「え、――え?」

「家に帰って寝ます。ご存じの通り、このところ徹夜で張り切っていたものですからとても疲れているんです」


授業なんかいいのだ。もう聖女なんて辞めてやる。

レフィンは蒼褪め、踵を返したマリンの腕を掴んだ。


「待って。お願いです、待ってください」

「離してください」

「ダメです。行かないで――」


腕の引っ張り合いになった。

様子がおかしい事に気付いて扉の外にいたシオンが颯爽と駆け込んで来た。


「神官殿何を、――やめろ!」


シオンの咎める声にマリンは安堵の顔を、レフィンは怒りの形相を振り向けた。

これまででは考えられない大声を、彼は発した。


「下がれ! 騎士風情が!」


レフィンの注意が逸れたのを見て、マリンは彼の足の甲に思い切り踵を突き落とした。苦痛に息を吞んだレフィンの手から握力が抜ける。

拘束を振り切ってマリンはシオンに向かって駆けた。


「恐かったよ」などと縋りついたりしない。

咄嗟にこんな演技をした。


「ちょっと貴方、――大した事でもないのに大袈裟に騒ぐのはやめてください」


居丈高なマリンの言動にシオンは一瞬硬直の気配を発し、すぐさま察したように首を垂れた。


「は。申し訳ありません」

「全く出過ぎたマネをして。これしき自分で対処出来ます。女性だからと侮ってもらっては困りますよ」


シオンを叱り、マリンは背後のレフィンを振り返った。


「貴方も。女性に対して失礼ではありませんか」

「……も、申し訳、ありません」

「今回は大目に見ますけど、次は神殿にも城にも報告しますからね。貴方たち、どちらの失礼についても」


レフィンは床を凝視したまま固まっていた。

しっかりと釘を刺してマリンはシオンを促した。


「行きますよ、聖騎士の貴方」

「は」


茶番だった。

打ち解けている、と周囲にバレてはならない事を二人共理解していた。

特にマリンの、シオンへの信頼は絶対に悟られてはいけない。

きっと彼に災いが及ぶ。

マリンは誰にも肩入れしてはならないのだ。少なくとも表向きは。

ドロシーも以前「お互いの為になんとなく」友人関係を秘するのが良いというような事を言っていた。


――ドロシーの事も注意してやらないと。


レフィンの盗み聞きがどれ程及んでいるか不明だが、今の彼の乱れた心情ではドロシーなんて完全に意識の外だろう。しばらくは様子を見る。


馬車に乗り込み、ドアを閉めきるまでマリンもシオンも白々しい茶番を続ける。

座面に落ち込んだ途端マリンは向かい側のシオンに眉尻を下げて見せた。


「ごめんなさいシオンさん、あんな失礼な態度」

「貴女の意図は承知しているつもりです。それに、――失礼なのは神官です」

「でもごめんなさい。あと、有難うございました」


微笑んだマリンに、恐らくシオンも兜の下で微笑んでくれていた。




「体調不良」を理由に、マリンは城や神殿に足を運ぶのを控える事にした。

暫くは死んだふりに徹して小物作りに励む。


案の定というか、各方面からの見舞客がわらわらと家を訪ねて来た。アレックスからは大量のドレスやレモンが送られ、マリンを閉口させた。

全ての訪問は「面会謝絶」を盾にシオンに追い返してもらっている。見舞いの品はその場で突っぱねるよう依頼した。家の中に入れるのは友人で納品担当であるドロシーだけだ。


現状、シオンとドロシーに嘘を吐かせている。

特に騎士たるシオンには周囲を欺かせる行為がかなり重荷になっている筈だ。

心苦しさに耐えかねてマリンはとうとうシオンに「副業」の真意を伝えた。


マリンの聖女を辞めたい旨を知るとシオンは軽く瞠目し――ゆっくりと頷いた。


「お気持ち、お察し致します」


色んな意味が詰め込められた労わりの言葉だと分かりマリンは泣きそうになった。分かってくれる人がいる。有難いし心強い。


マリンには聖女たる自覚が無い。

国の歴史や魔法を勉強する過程で大いに疑問を抱いている。


「聖女は確かに世界を豊かで便利にしたけれど、明らかに強烈過ぎます」


一気に進む。聖女は文明の起爆剤だ。

本来の世界が持つペースを乱している。世界全体が聖女の齎したものに追い付くまでに相当の時間と犠牲を払っている。聖女と魔法のお陰で地球より簡単に革命は齎されるものの、伴う苦労に大きな差はない。


「私は科学者でも化学者でもない平凡な小娘ですが、身近な事故くらいなら予想は付きます」


どんな事故が起こり得るのかの予想が付く。

存在しなければ起こりえない事故を数多く知っている。身の周りの家電はどれ程しつこく「警告」や「注意」をしていても必ず事故が起きている。ぺたぺたと貼られたステッカーの数がそれを物語っている。

だから初日にチラリと考えたように、


――自動車やバイクを発案したりしない。


最も責任の重い「最初」の一人にはならない。

既に齎されたものは仕方がない。一度始まった歩みは止められない。

だからマリンは言い切った。


「出来る事は何もありません。責任が取れませんし度胸もありません。自分が齎したものの所為で誰かが傷ついたらって思うと恐いです。無邪気が許された歴代の聖女たちとは事情が違います。――ちょっと調べたら私聖女の中で一番年嵩でした。年長が幼い彼女たちと同じ轍を踏むわけにはいかないですよね」


後半を軽い口調に変えたマリンにシオンは空気を合わせてこなかった。

食堂テーブルで向かい合う彼の目線が下がる。


「貴女に恐怖を抱かせたのは私ですね。私の身の上話が決定打になってしまった」


マリンは軽く首を左右に振って、笑む。


「お話しくださった事、心から感謝しています」


シオンの目がマリンを捉える。マリンは微笑んだ。


「有難うございます、シオンさん。貴方のお陰で私はより多くを知り、学び、考える事が出来ました。他の聖女では無理だった見えざる真実に辿り着いたのです。貴方に会えて本当に幸運でした。感謝してもしきれません」


眩し気にシオンは瞼を細めた。

徐に椅子から腰を浮かせると、ゆっくりと床に片膝を突いて首を垂れる。

誰もが知る、騎士のポーズを取る。


「――貴女の意志に従います。私の主は今この時よりマリン様ただお一人。私は貴女の為だけに働き、命を懸けて御身をお守りする事を誓います」


大層な台詞のところ恐縮ながら、マリンは気の抜けた笑みを浮かべた。


「それってかなりマズいのでは、聖騎士さん。御覧の通り私は聖女を辞めたがっている怠け者で不届き者ですよ」


シオンは上目遣いになってマリンを見るとにやりと笑った。


「私は元々聖騎士などでは無く戦場の単なるいち兵士です。心情的に元の身分に戻るだけの事。尤も、これまで皆無だった忠誠心を得た点が大きく異なります。今の私は聖騎士では無くマリン様の騎士です」


シオンのどこか不遜な言動を目の当たりにしたマリンは瞬き、苦笑した。


「貴方も中々言いますね」


椅子から立ち上がって移動してシオンの正面で足を止める。

両手を揃えて深く一礼した。


「今後ともどうぞよろしくお願い致します」


シオンはまた首を垂れ「承知しました」と答えた。







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