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20 聖女のエピローグ




コーヒーショップでのバイトの最終日。


夕方五時過ぎ。

終業後のサラリーマンが店内に増えてきた。

十二階建てのオフィスビルの一階部分に入居する店舗なので、客層は専らスーツを着た大人の皆様方だ。


真凛は店内のデジタル時計を一瞥する。

その時、ペンシルスカートにハイヒールを合わせた女性がガラス張りの自動ドアを颯爽と抜けて来た。

常連の彼女は法務部門のトップだそうで今年還暦だと言う。美魔女だ。

以前、頼りになる人だから上がいつまでも辞めさせないのだと彼女の部下という若い男性社員がこっそり教えてくれた。


二つあるレジの、真凛が待ち構える方の列を選んだ彼女は、順番待ちを経て真凛を前にした。


「いつもの」

「かしこまりました」


タッチパネルを操作しながら、真凛はすっかり脳細胞に沁みついた彼女のカスタマイズを諳んじる。豆乳、デカフェ、ラズベリーシロップツーポンプ、ホット、トール……。

真凛が操作画面から彼女に向き戻ろうとしたのと、彼女が何かをカウンターに滑らせたのはほぼ同時だった。

百貨店の包装紙で包まれた四角い箱を認めて、真凛は瞬く。

彼女は少しぶっきらぼうな声で告げた。


「退職祝い。――今までアリガト」


時期的にそろそろだろうと読み、誰かに聞いてくれたのかもしれない。

ビルに入居する会社は概ねフロアごとに異なるが、他社の社員同士がコーヒー繋がりで仲良くなる事は多い。

真凛は目尻を軽く手の甲で拭って彼女に微笑んだ。


「こちらこそいつもご利用頂き有難うございました」

「学校頑張ってね。就活の際はうちを思い出して」


大変光栄な申し出に同意出来ずただ笑った。

彼女の勤め先は大手だが真凛の希望する業界とは違う。心から残念だ。


帰宅の波がはけてきてレジの前も落ち着いてきた。


「お次でお待ちのお客様ー」隣のレジに立つ同僚が発し、丁度オーダーを終えたところの真凛はレジに背を向けていた体を回しながら隣のレーンを流し見た。


同僚の前に進み出ようとしていた男性客が、真凛と目を合わせるや頬を強張らせた。


真凛も固まった。


「あのー」と真凛の前に来た女性客が片手を挙げて注意を促す。

あ、と首を前に向けた真凛は「待った」と横から割り込む声に肩を揺らした。

こちらに歩み寄った男性が、目を白黒させている女性客に願い出る。


「場所、入れ替わって頂いても良いですか」

「え、何の意味が」

「お願いします。奢りますから」

「どぞー」


跳ねるようにして女性客は列から飛び退き、隣のレーンの先頭に収まる。後ろの客たちはきょとんとしたが、順番待ちに狂いはないので黙認した。出社時ではなく退社時につき誰も急いでいない。


カウンターを挟んで大柄な相手と向き合い、真凛は唇を戦慄かせる。

彫りの深い目鼻立ちの面相を見上げたままオーダーを聞く前に切り出した。


「カプチーノ、ですか?」


どこかで見た、腕時計の広告とかに重宝しそうなタイプの男性は、じっとマリンを見下ろす。

日本人離れした精悍な顔に苦笑のような表情が浮かんだ。


「それを頼む」


真凛は彼に手を差し出す。

彼は真凛の手を掴むと、溜め息混じりに言った。


「ずっと君に触れたかった――」







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