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02 聖女が齎したもの




神殿での用事を済ませたマリンは、去る前に礼拝像の前に立って石板を注視する。

プロファイラー。

読み解けるのは神官たちのみ。


生まれた子供が三歳になると「洗礼」と称して石板に手を触れると言う。

己が何者であるか神に問い、人生を正しく導いてもらう。


――怪しい。


人気が無く、静まり返った礼拝堂でマリンは声を潜めた。


「シオンさん、ちょっと」


呼ばれた聖騎士のシオンは、機敏な足で堂内に入りマリンの背後で止まる。

背中の気配で彼が兜を脱いだ事をマリンは知る。屋内では彼も素顔を晒す。


「は」

「確認なんですけど」


振り返って、マリンは兜を小脇に抱える分厚い体の主を見上げた。

二十代半ばほどの精悍な顔がマリンを見下ろす。

彼の素顔の第一印象は、どこかで見た顔、である。

俳優、モデル、プロアスリート。腕時計の広告とかに重宝しそうなタイプだ。


栗毛の短髪の下にある鷲の双眸にやや顔を近付けて、マリンは耳打ちするように告げた。


「石板を読んでる神官さんが嘘吐きじゃないって保証、あります?」

「……仰っている意味が」

「子供たちの進路を決める彼らがテキトーな事を言っていないって、誰が証明するんです?」

「……それは」

「野球選手になりたい子に将棋指しって分析結果が出たらどうするんです?」

「は?」


職業の違いについてマリンが説明を入れるとシオンはやや眉根を寄せた。


「適性と希望に齟齬が生じた事は無いと言われています」


神の分析にマリンの疑いは反って深まった。


「家庭環境や両親の職業を事前に調べておけば齟齬は生じ難いですね」

「何を――」

「職業選択をコントロールして、神の代理人たる神殿はパワーとメンツをキープしている。そうは考えられませんか」


シオンの切れ長の瞳がまじまじとマリンを見る。

マリンは言った。


「シオンさんの分析結果は聖騎士だったんですか」

「……いえ、単に剣を扱う者と」

「ズバリ職業で来ないんですね。意味が広い。鍛冶屋さんでも当て嵌まります」

「……父は、鍛冶屋でした」


神と繋がったフリは出来る。魔法の属性だけは本当にしても――実はそれしか分からないとも考えられる。

因みにシオンの属性は「土」らしい。

土器とか作れたり? とマリンは思っただけで口には出さなかった。


踵を返したマリンにシオンの寡黙な顔も続く。マリンの告げた事を考えている風にも見えた。


城へ移動し、外壁沿いの通路を回り込んで宝物庫に向かう。

道の途中で若き魔法騎士と鉢合わせた。


「やあ。いつ訓練場に遊びに来てくれるのかな、別嬪さん」


整った顔がにっこり笑った。

初対面の頃から気さく、というかちょっと軽い美男子にマリンは「機会があれば」と丁重な一礼で断りを入れて道を急ぐ。

マリンの背後では「つれないなあ」と魔法騎士が肩を竦めていた。


巨大施設に入り、マリンとシオンは鉄扉を三つ抜ける。抜ける度に立哨する騎士らに出会い、一々敬礼を受けながら進んだ。

四つ目の扉を抜けると細長い部屋が現れた。

金ぴかのお宝を並べた棚が続く。最奥の壁に火縄銃が飾られていた。


「これが二百年前の聖女が齎した武器――」


マリンは顔を顰めた。

手前のガラスケースに古い紙が収められている。聖女の描いたラクガキだ。これをもとに当時の錬金術師が火縄銃を開発した。


「有り得ない」


共通認識無しに、この稚拙な平面図から立体を想像する事など不可能だ。共通認識があったって絵で相手に理解させるのは結構難しいのに。

聖女が図面を引いた筈もない。あればここに飾るだろう。

そもそも製図の難易度はスケッチの比じゃない。高校時代に工作クラブでレジンの型を作った際、マリンは思い知った。縮小サイズ、あらゆる角度。フリーハンドなど以ての外。正確な定規が何枚も要る。


――だから多分。


「察する」スキル、のようなものが錬金術師に備わっていた。

ラクガキと口頭の説明だけで「ああ、こういう事ね」と、聖女の意思を即座に理解出来る人だった。


想像したマリンは、出した二の腕に涼しい風を感じた。

マリンの背後で、シオンが静かに言った。


「……騎士が甲冑を身に着けているのは、銃に対抗する為です」


今や戦場は銃撃戦が主流となった。鉛の弾を撃つ。

異世界では、魔法の属性は全ての人が持つそうだが「精霊さん」とお友達になれる人は限られている。みんなが過剰サービスを得られる訳ではない。


精霊さんとお友達になれなかった人でも有利に戦えるようにとこの銃は開発された。きっと聖女は一人でも多くの仲間を救おうとした。


善意の塊でしかない、銃だ。

それがマリンには素手を使った剣や火の魔法で戦うよりも惨い事と思えた。




「聖女は知識を齎してくれるからね」


聖女のアイディアで「この王国」は豊かで便利になったとアレックスは誇らしげに語った。

半ば強制参加のお茶会に呼ばれ、マリンは「はあ」と気のない相槌を打つ。


「申し訳ありませんが私には何の専門知識もありません……」


期待は困る。初対面の彼らの目の輝きの意味を理解した。気まずい。

首を竦めるマリンにアレックスは「なんの」と微笑む。


「異文化を持つ君がいてくれるだけで我々には充分刺激になっているよ」

「はあ、どうも」

「今日の服もとても可愛らしいね。城下で噂になっているよ。今の聖女はオシャレで綺麗な女の子だって」

「はあ」


火縄銃に比べればショボい刺激だろうな、と思うとマリンは居たたまれない。


七百年前に現れた聖女などは農耕の知識を持っていたらしい。十五歳の少女だったという話だから農家の子だと思う。

マリンなんて土に触れた経験はほぼ無い。ミニバラの鉢を栽培した程度だ。


聖女たちがやって来る度に「この王国」の文明文化は進化した。家電は全て歴代聖女たちのアイディアをもとに発明された。

実際マリンも助かっている。クッキングヒーターも冷蔵庫も洗濯機もシャワーもアイロンも全部「有難う!」だ。ロックミシンを欲しいと思ってくれる子はいなかったようだけれど……。

「察する」スキルを持つ誰かが彼女たちの助けになったに違いない。


「――マリン」物思いの顔に声が飛びマリンは同じ丸テーブルに着く王子を見た。


「そろそろ私の事はアレックスと呼んでくれないかな」

「…………」


マリンにはアレックスという名の友人がいる。同じ工作クラブだった「女子」だ。

抵抗感がある。


「いえ、今後とも王太子殿下と呼ばせてください」

「歴代の聖女たちは、王子とは名前で呼び合っていたそうだよ」


それは彼女たちの勝手だ。貢献を経て仲良くなれたのだろう。

カップの中に目線を落としたマリンを、アレックスは下から覗き込むようにした。


「他人行儀は寂しいな。急かすつもりはないけれど――私の気持ちをほんの少しで良いから汲んで欲しい」


マリンは王子を見返さずカップを見詰め続ける。

アレックスは言った。


「私達は運命だよ。前世から結ばれていると感じるんだ」


やっとマリンは王子を見返した。


「あの、ごめんなさい。それ、あまり好きではありません」

「え?」

「運命とか前世とか。生まれ変わりって事ですよね。輪廻転生。ロマンチックだけど、でも人生は一度きりです。二度は無い。だからこそ価値がある」

「勿論そうだけど」

「生まれ変わりって私、信じていないんです。今生きてる人より既に亡くなってる人の方が圧倒的に多いのに、順番待ちの列がとんでもない事になっちゃいます」

「生まれ変わるのは特別な人だけだと私は思う」

「……そうですか」


偉業を成した者が第二のステージを得られる。抽選で選ばれるのとどちらの方が不公平なのか――マシなのか分からない話だった。


夕食の買い出しに行くと言って席を立ったマリンに、王子も慌てて立ち上がった。


「そんな事は使用人に任せて――」

「ショッピングって楽しいんですよ」

「では、私もぜひ」

「青空市場に王太子殿下を伴って? とんでもないことです」

「いや、そんな」

「失礼致しますね」


アレックスに問答無用の笑顔を突き付けてマリンは「王子の庭」を後にした。


薔薇のアーチを抜けて四角く刈り取られた迷路のような植樹の小道に入る。

背後から近付く人気を察し、シオンだろうかと振り返りかけたマリンは、視界の端に飛び込んで来た人影にハッとした。


慌ただしい動きに聖騎士ではないと悟り、反射的に横に飛び退いて人影を避ける。

植樹に左肩を埋めるように凭れ、右腕を掠めた熱い感触に思わず掌を当てた。


掌が血で滑り、切られたと気付いた。

突進して来た人影は避けられた為に芝の上に倒れ込んだ。

バサッとドレスの裾が嵩張り、長い金髪が華奢な背中に散らばる。

地面に両手と両膝を突いた相手が首でマリンを振り返った。

怒りの形相で言う。


「貴女の所為でアレックス殿下は、このわたくしを――」


マリンは彼女の正体を知らないが悋気の篭った碧眼を見れば一目瞭然だった。

愛する人を奪われた、と思っている。


アレックスは度々、マリンに言い聞かせた。


「次期王である私と聖女である君が結ばれるのは自然の流れなんだ」


「この王国」における最初の王妃は聖女だったらしい。

八百年前、勇者だった若者が聖女と共に悪の帝国を滅ぼし国の輪郭を築いた。


「勇者」と聞いてマリンは世界的に有名な日本のゲームを想起した。ぷにぷにした水色のモンスターが好きなので会えるものなら会ってみたいが、絶対にここにはいないだろう。世界観が違う。


アレックスが先祖に羨望する気持ちは分からないでもないし素敵なサクセスストーリーだと思わないでもない。ただマリンが共感出来るものでは無い。

その想いをアレックスにもきちんと告げてある。


「――貴方の事をよく知りませんので」


知らない異性と婚約とか結婚とか有り得ない。

それに結婚するという事は完全に「この王国」の人間になるという事だ。

現状マリンにその意思はない。今後も芽生えるかどうかも分からない。


――諦めた訳じゃない。


諦めたくない。

歴代の聖女たちが「そう」だったとしてもだ。


マリンの拒絶に対し、紳士のアレックスは「友人から」とただ微笑んだ。その後も男女の関係を強要とかって事も無い。

常に笑顔を絶やさない優しい彼。だが自分を好きになって欲しいとマリンを口説く事は断じて忘れなかった。


「婚約解消だなんて――」地面に蹲った女性に、マリンは目と意識を戻す。


公爵家の令嬢が元婚約者だと聞いている。この彼女がそうだろう。

彼女の手の傍に落ちたフルーツナイフを目に入れ、マリンはそろりと動いた。

ナイフに手を伸ばそうとした時、シオンが現れた。


「マリン様こちらに、――貴女はカロア公爵家のドロシー様」


シオンの目付きが厳しくなったであろう事を察し、マリンは慌てて地面に転んだふりをした。ドロシーなる令嬢の傍らに倒れ込みながら伏せた体の下でナイフを回収する。

ドロシーはハッとし、シオンは――兜越しでも目敏かった。


「マリン様……」


剣呑な雰囲気からして相当マズイ状況なのはマリンにも理解できる。

この出来事が公になったらドロシーはただでは済まない。本人だけの責任で済むかどうか。「この王国」の仕組みを少しは学んだ。

手を出して「寄越せ」と促しているシオンを四つん這い姿勢のまま首で見上げ、マリンは誤魔化し笑いを浮かべた。


「これはさっきお茶の席で私が借りてきた物でして」

「……得物より切られた右腕を隠すべきですね」


大した切傷ではないので流血を失念していた。

焦りつつ茶番を続けた。


「ハグした拍子に、彼女のこの長い髪の毛が私のボタンに絡みついてしまったんですよ。だからナイフでボタンを切り取ったんです。まさか彼女の綺麗な髪を切る訳にはいかないでしょう? その際うっかり手が滑って――」


ぺらぺらと口を動かしつつ、腹の下で本当にブラウスのボタンをナイフで素早く切り取る。

ほらね、とマリンが証拠の品を差し出して見せるとシオンは嘆息し、ドロシーは項垂れた。


「……もう、いいですわ。何もかもどうでもいい」

「どうでもいいなら無かった事にしましょうよ」


ドロシーの涙目がマリンを見る。マリンは頷いた。


「何も無かった。良いでしょ。どうでもいいんだから」


ドロシーは小さくしゃくり上げ、シオンは呆れの気配を発した。


不意に、マリンは視線を感じた。迷路の前後左右を見回した後に上空を仰ぐ。

青空が広がっているだけで鳥の一羽も無かった。







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