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19 聖女、地球へ還る 後




呆れの気配の後、似非ゴッドは教えた。


『ドロシーは魔法が尽きた後、王宮騎士どもにさくっと捕らえられた』

「――ああそんな」

『シオンは錬金術師の魔法をもろに食らった。聖剣は仕事をせず砕けた。聖女がおらんのでは修復も叶わん。あの玩具は聖女、若しくは前に出たがる愚か者の為の武器なのでな。という訳でシオンは瀕死だ』

「――あ、あああどうしようどうしよう」


どうしようじゃない。マリンは白い上空に叫んだ。


「戻る。彼を救う」

『なんだ。折角封印した闇の魔法を使う気か。つまらん』

「戻る。魔法陣出して」

『だが無理だ。往復切符は既に切られた』

「新しく買うから」

『そんなつまらんマネは私の美学が許さん』


マリンは立ち上がって思い切り踵を踏み鳴らした。が、地面の感触が確かにあるのに音は鳴らなかった。


「楽しませてあげたでしょ! 二人のところに戻してよ!」


ははははは、と笑声が湧いた。

反響の所為で複数人の声に聞こえ、あまりに不気味でマリンをゾッとさせた。


『気にかけるのは仲良しだけ。さすが人間! これぞ人間!』

「――戻して」

『そなたを巡って既に二人死んでおる。連中、浮かばれんな』

「――え」

『ああとっくに忘れておるよな。神官レフィンと王太子アレックスは殺害されたのだ。同じオブジェクトの手にかかってな』

「――え? いや、そんな筈」

『そんな筈? 死体の第一発見者でもないそなたが何を根拠に言っておる。レフィンを殺したのはアレックスで、アレックスを殺したのは錬金術師だ』


マリンは腰を抜かした。


『オブジェクト同士は互いに聖女を取り合う邪魔者以外の何でもない。しかし聖女降臨まで決して殺し合ってはならん律があり降臨後もそれは変わらん。聖女との交流を著しく阻害、干渉してもならん。が、一定の条件下でこれが解禁される。聖女の関心が離れた場合だ。一度でも聖女から見放された輩は殺して構わん。名誉挽回汚名返上出来んよう手を打って良いのだ』


マリンは震え上がる。


『オブジェクトには分かる。光が消えたと。――ああ光というのは石板にも示されるもので洗礼時に現れる。それを見て神官どもは知る訳だ。もうすぐ聖女が降臨するぞと』


洗礼は、光の有無を調べる為の茶番でしかない。


『いや配役も見る。ドロシーは勿論悪役令嬢だ。と言ってもそなたには通じんな。実はドロシー以外にもヒールはおった。怠惰なそなたが娘らの出番を奪ったワケだが救ったとも言えるな。ヒールは皆悲惨な命運を辿るゆえ。因みにドロシーの姉は通行人レベルのコマだ。ヒールですらない』


もういい、とマリンは項垂れた。


「何でも良いから二人のところに――」

『まだまだ。そなたは何もせんが故に折角の設定を色々とスルーしおった。レフィンの風の精霊の耳打ち。場所に限度があると奴は言っておっただろう。あれはな、神殿と王子の庭、大学の研究室と魔法騎士の訓練場では使えんかった。さっき言った通り聖女との交流を阻害も干渉もしてはならんのでな』


マリンは白い地面に伏せた。


「そんな話はもういいから!」


また、ははははは、と笑声が湧いた。


『光が消える現象は婚約後も付き纏う。聖女マイカの婚約者であった王太子が爆死したのは勿論後釜たる錬金術師の小細工だ。婚約したからと油断しおったな王太子は。甘い甘い。戦場なんぞに行くから光を失うのだ。結婚して家に帰るまでが遠足もといゲームだ。結婚式のエンディングまで気を抜いてはならん』


「婚約者」でも殺されるし殺せる事を、マイカの代でオブジェクト達は初めて知った。それまで彼らは婚約が「勝ち」と認識していた。


聖女の情報源たる日記は、異世界を既存ゲームのパクりと知るエマから始まった。尚、ネタに困らないエマより前の二人はそれほど図書館通いをしなかった。


オブジェクト達も聖女の日記みたく独自の情報源を隠し持つが互いに情報共有はしない。毎回王太子と神官が有利スタートを切る。この優位、案外続かない。

実質の二代目聖女たるマナのハートを射止めたのは当時の魔法騎士だ。戦う男子を好む聖女の実績が、マイカの婚約者だった王太子を戦場に駆り立てた。マナとマイカは非常に似ていた。王太子はマイカを誤解した為に逆転劇を許した。


やって来る少女は違うし迎えるオブジェクト達も違う。

姿形が似ていてもそれぞれ別人なのだ。思い込みはいけない。


聖女エマの教えのお陰でトライズは情報だけは豊富だった。

ただし「氷の辺境伯」が聖女争奪戦に参加した実績はエマの一度きり。

出番が来ない。長いストレスだった。

ストレスはトライズの代で「異世界」への執着に繋がった。


『察しておろうが氷の辺境伯の召喚と離脱は手順が被る。王都内のオブジェクトと婚姻する事なく満月を二度見送り、更にオブジェクトが一人以上死ぬ。――そうそうエマの時は錬金術師が犠牲になってな、今回とは逆に王太子がやりおった。欠員が出ると辺境伯の婚約者が捕まるか死ぬかして、お一人様になった辺境伯が聖剣を持って現れる。北に嫁ぐか家に帰るかは聖女次第』

「もう――」

『辺境伯の登場で更に解禁となる――バトルロイヤルが。意中のオブジェクトがあれば不発に終わるが、離脱コースなら派手で楽しいドンパチステージが幕開けする。聖女が聖剣で無双し帰宅を阻む輩を打ち払う。つまり剣を持つべきはそなただったのだ。スケベ心からトライズが無双情報を伏せおった所為でシオンが無駄な犠牲に――』

「もういいって!」


また、ははははは。しつこい。


『そなたの次に興味深かったのは聖女マノだな。歴代の後始末をしたのはマノ一人。オンリーワンの行動を讃えマノの大後悔を暴風雨で押し流してやったわ』

「ねえ――」

『しかし残念ながらマノのペスト収束も、そしてマミの食糧危機救済も功績でなくやらかしだ。自然調整機能を阻害し人間の数を増やしてしまった。増え過ぎた人間どもは結局戦争をして幾らか数を削った。死因が変わるだけでさしたる意味は無いのだ』


がばりとマリンが顔を上げるのと同時に、声が発した。


『そなたが正しい。何もしない』


余計な事は何もしなくていい。

そもそも、適当に魔法をマスターしながらちょっとした謎解きをし、気に入った美男子と結婚するだけのゲームだ。

作中最大の謎は「勇者と聖女の子孫では無い王家の秘密」だが、これは王太子と婚約後に図書館に行き、初代マリアの日記を見付けなければ解けない。そこで「プレイヤー」は最後の選択を迫られる。王太子と結婚するか否か。


ゲームのこの場面で「子供は欲しいからやっぱやめとこう」を選ぶと王太子はフラれるどころか最悪死ぬ。オブジェクトに欠員が無ければ。そして新たな選択肢として氷の辺境伯が現れる。欠員イコール辺境伯だ。


『オブジェクト側からすれば命懸けの嫁取りゲームよな……』と似非ゴッドは独り言つ。


幸か不幸か、歴代の誰も初代の日記を手にしていない。

最終的に王太子と結婚したのはマミとマノの二人だけだがどちらも婚前から仕事中毒になってしまった。過労が祟った死因も似ていてマミは重度の熱中症で息を引き取った。


『ゲームを実写化したらどうなるかな? というコンセプトで創造した世界だ。発展だの発明だの趣旨が違う。年嵩ラスト聖女たるそなたの怠惰姿勢が最も正しい。そなたが求めたのはラブだけ。趣旨通り。その上全オブジェクトスルー。愉快過ぎるぞ』


マリンは白い天井を睨む。


「前例があったからよ。みんなのお陰よ。快適に暮らせたから何にも手を出さずに済んだのよ!」

『言っておくが中学校の教科書をきちんと学習し、毎日普通に新聞なりニュースなり見ておれば分かる事なのだぞ。――そうだな、聖女の罪は等しくない。最初のマミが一番やからしておる。農園を広げてイチゴのビニールハウスなんぞ建てるから後続が、私も貢献しなきゃ! と変に色気づいてしまった。聖女はラッキーガールだ。いるだけで充分なのだ。魔法も使えるのだぞ。全く……』

「何の為にみんなを呼んだのよ! 何もさせたくないならなんで!」

『さっき言ったぞ。大した理由は無い。暇潰しだ、この私の。途中から半ば惰性で呼んでおったがな』


マリンの口が罵声を発する前に、発光があった。

眩い光に顔を背けたマリンが再び正面を向くと、白い衣を纏った美しい人がいた。

顔を見たところで性別が分からない。全体的にギリシャ神殿とかに突っ立っていそうな姿形をしている。


「――礼拝像と違うじゃない」

『あれはパクり元の女神像のコピーに過ぎん。最初の設定も建物も衣装もキャラクターも全てコピーだ。聖女が降臨する度に役者はほぼ同じ姿形で出揃う。名は被る場合が多いが、違っていても役者どもはミドルネームで引き継いでおる。トライズのファーストネームはクレメント君だし、ドロシーもミドルネームを名乗っておる。外見だけはどうにもならんので時代が被らんようこちらで調整した。肖像画のある奴はそっと手を入れたりしてな』

「この、盗作の――」


立ち上がろうとしたマリンを美しい人がビシッと指差し、止めた。


『そなたのショボいやらかしは手芸だ。アレの所為で極々一部の平民女子のファッション性が目覚め、貴族の一歩先を行ってしまった』

「――え」

『とはいえ平民の感性など高が知れておるし、モノがチープ過ぎて文化に発展するにはインパクトが足りん。アイコンたるそなたを失っては頭打ち。ゴージャス貴族のキラキラコスチュームに呑まれて終いだ』

「そ、――」


マリンは口をぱくぱくとさせた。似非ゴッドはふふんと鼻を鳴らした。


『まあ生命と直接関わらん分野なのは救いだったな。やらかしても死人は出ん』


突然、白い世界が強烈な光を放った。

光の洪水に美しいシルエットが霞み、消えていく。


「ちょっと――!」

『長く話し過ぎて喉が渇いた。ティータイムにするからさらばだ』


ふざけ――、の声はマリン自身の耳に届かなかった。

抵抗する間もなく、マリンは白い世界から追い出された。




気付けば、真凛は家の近所の歩道にぺたんと座り込んでいた。

きったな、と呟き、傍に落ちたバッグを拾い上げてそそくさと立ち上がる。

ジャケットの右ポケットからスマホを引っ張り出して見ると、夜七時半。

今更のように悟る。


「ジャケットごとスマホは没収されてたんだ」


神殿に着地した時、真凛の上半身はノースリーブのリブニットだった。

日付は、あの日から進んでいない。

時間はほんの少しだけ進んでいる気がする。

ぽんとメールが飛んできた。アドレスがスパムっぽい。


『聖女が結婚するまで圧をかけて可能な限り時の流れを鈍足にする。たたえよ』


一応このスパムっぽいやつを登録しておいた。『似非ゴッド』――。


自宅に帰ると、キッチンに立つ母が「ちょっと遅かったね」と肩越しに真凛を見やった。


「今日のバイトはどうだった」

「ん。ワンちゃん連れのお客さんが来たよ。表で大人しく待ってて可愛いの」

「犬は飼い主次第だわ。飼い主が馬鹿だと犬まで馬鹿だと思われちゃう。犬もいい迷惑よ」


そうだね、と答えながら真凛は風呂場に向かう。

「明日でバイト最後ね」母の声が背中に発して頷いた。


「お店好きだから続けたいけど大学始まったら大変そうだもん」


教職課程を予定しているので暫く平日は地獄と見て良い。


風呂に浸かり、帰宅した父を交えて家族三人で夕食を食べ、二階の自室に入る。

ベッドに倒れ込み、うつ伏せから仰向けになって見慣れた天井を仰いだ。

スマホは鳴らない。

登録したスパムへの送信は悉くエラーになる。


――元気に、幸せに生きていてくれさえすれば。


他に何も望まないからそれだけ叶えて欲しい。


――ちゃんとしてよ。お願いだから。本当に。


置いてきてしまった人たちの事を想って真凛は滲んだ視界を閉じる。


世界が異なっているのではどうしようもない。出来る事が何も無い。

今更聖女然と真凛は神に祈った。







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