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18 聖女、地球へ還る 前




道の脇に待機させていた馬にマリンを荷物みたく放り、シオンも騎乗した。

森に向かって馬を走らせる。

正確には彼は、北の一行が陣取っていたテントに向かっていた。


マリンは泣くのを堪えて大人しくシオンにしがみ付いていた。

疾走の間に、何とかなると思っていた。

仮にドロシーが城の連中に捕らえられたとしても一時の事だ。そもそも奇襲は相手からでこちらは何もしていない。何も悪くない。

また聖女様様の御威光で以て「私の侍女を返しなさい」とか言えばいいのだ。


テントが見えてきて馬の速度が落ちる。

部隊が出払っている草原に人気は無い。

シオンの手を借りて馬を降りたマリンは、彼を見上げた。


「ここからは?」


シオンは優しい目をしてマリンを見下ろした。

繋いだままになっているマリンの手を引いて促す。


「テントの中へ」


長旅の為の荷物が纏められているのだ、とマリンは考えた。

分厚い布のカーテンをシオンの手がさっと開く。

テント内の様相を目の当たりにしてマリンは息を呑んだ。


水だ。トライズの魔法なのか、まるで公園の噴水みたいにテントの円形の床いっぱいに水の絨毯が広がり、床から十センチほど浮き上がった状態を維持している。

マリンはゆっくりとシオンに顔を向けた。

彼が携えている武器がいつもと違う事に今頃気が付く。

銀色では無く金色の剣。


――聖剣。


シオンは空いた手で腰に差した剣を鞘から引き抜き、円形で滞空する水面に切っ先を向けた。


剣で三度水を打つ。三つ目の波紋が広がった瞬間、水面に悪魔召喚みたいな魔法陣が光の筋で描き出された。

この世界にマリンが降り立った際、最初に見たのと同じ星のマークだ。

思わずマリンは後退る。

帰る若しくは帰す意思を込めた聖剣で満月型の鏡を三回打つと出口が現れる――日記に記述されていた通りだ。


「嫌です」

「マリン様」

「私は帰らない。ドロシーを置いて逃げない」


シオンはマリンの手を強く握った。


「私と共に逃げてください」


マリンは耳を疑った。信じられない思いでシオンを凝視する。

シオンは静かに告げた。


「私も貴女と共に行く。――二人で逃げよう」


全部ほっぽり出して異世界へ――地球へ逃げる。


「戻ったら死んでも許さない」と叫んだドロシーの声が脳裏に蘇る。あれは単に先に北へ行け、ではなく世界の外へ逃げろという意味だったのだ。

迎えを望んでいない。


ドロシーを想ってマリンは瞳に涙を湛えた。

シオンはドロシーの想いを承知している。聖剣が物語る通りなら、トライズの想いも全て彼は受け止めている。だから振り返らなかった。二人の想いを無にしない為にマリンを連れて走り続けた。


「二人で背負って生きよう」


覚悟が込められたシオンの言葉にマリンの心は溢れた。

シオンはマリンの二つの相反する願いを叶えてくれる気でいる。


――帰りたいし離れたくない。


何が正しいのか分からない。

考えても分からない時は感情に従うのが正しいのだと母に言われた。


「思考より感情の方が動きが早いの。豊かな人ってね、感情が豊かな人の事よ」


母の言葉に従ってマリンはシオンと共に行く事を選び、決めた。


静かな決意をぶち壊す騒音が草原で火を噴いた。

テントの傍に砲弾が落ち、激震が二人の足元を掬う。

咄嗟に横からマリンを抱き寄せたシオンは、マリンの下敷きになりながら地面に倒れ込んだ。

撒き上がる土煙の向こうから怒声が発した。


「――発見しました!」

「中の光は星の魔法陣か? ――まさか聖女の帰り道。絶対に逃がすな!」


顔見知りの錬金術師の声がした。彼はトライズとの戦闘の場にはいなかった。

テント内の円形の水がどういったものであるか瞬時に見抜いた。


地面を横に転がったマリンはシオンの手に引かれて体を起こす。

転がった所為でテントの入り口から少し離れた。


マリンを背中に庇いながら聖剣を正面に構え、シオンが鋭く告げた。


「マリン、走れ」

「一緒に」

「一緒に行く。先に行くんだ。合図したら走れ」


強く頷いて、マリンはテントの入り口を視界の端に入れた。

シオンはじりじりとこちらに近付いてくる錬金術師たちの人影を注視する。


「――行け」


マリンは一気に駆け出し、シオンは握り締めた片拳で足許の地面を殴りつけた。

魔法が炸裂し、盛り上がった土がバリケードを形成する。

やった、と肩越しに背後の様子を知って先に入り口に到着したマリンは、体を反転させてシオンを待ち構えた。

彼に手を差し出して、呼ぶ。


「シオンさん!」


シオンはマリンまでたった数歩分しかない距離を駆け戻り、ハッとした。

マリンの背後から人影が忍び寄っていた。

グレイの色味の装束は錬金術師だ。全人員で乗り込んで来たとしか思えないほどうじゃうじゃいる。

何かの魔法を使おうとしている。魔法陣ごとテントを破壊しようとしている。

ここまで来てマリンが捕らえられる。

「いる」だけで国に繁栄を齎す聖女。幽閉される。勇者みたく――。

数舜先の展開を読み、シオンは決断し、聖剣を構えて疾走した。


通り過ぎ様に手を出していたマリンを片腕で押し退け、押し込む――魔法陣へ。


突き飛ばされた反動で浮き上がったマリンは、背面から水の上に落ちていく。

シオンを掴み損ねた指先の間から、こちらを振り返った彼の横顔が垣間見えた。


彼は微笑んでいた。直後、爆風みたいな魔法がテントの外を通過して彼の姿を晦ませた。

何が起きたのか確認しようにもマリンはもう水に沈むところだった。


ざぶん、と耳の傍で水音がした。

水中の筈なのに冷たくも苦しくも無かった。




目を覚ました。


白い、何もない空間でひっくり返っている。

慌てて上半身を起こしてマリンはまずは呆けた。

不思議な事に、重力を感じ無い空間で座り込んでいられる。

前後左右を見回す。誰もいない。

マリンしかいない。


『――私がおる』


突然の声にマリンは飛び上がるほど驚いた。飛び上がりはしなかったけれど。


「だ、誰」


人影は無いが気配を感じる。高くもあり低くもあり男性女性の区別もつかない澄んだ声の主がいる。


『私は、神――』


やはり、とマリンは納得してしまった。

声は続けた。


『――と、あの世界の連中が勝手に思い込んでいる存在』

「え――」

『とはいえ人どもを超越するパワーで以てあの世界を創造したのだから、人どもが私を神と崇める行為はあながち間違いではない。私の事は便宜上、似非ゴッド、と呼ぶがよい』

「――――、え」


マリンは反応に困った。

似非ゴッドとやらは言った。


『そなたを観察しておった』

「……ストーカー?」

『そなたを放り込んだ手前、まあ行く末は見守らねばなと思ったのだ。一度私に気付いたな。勘が良い。そして想像以上に何もしなかった割には興味深いエンディングを見せてくれた。褒めてつかわす』

「…………」

『聖女の大半が自惚れであった。この私を理解しよう、この私と会話しようと試みた身の程知らずもおった。そなただけだ、私に乞いも請いもしなかったのは』


段々とマリンは苛立ちを覚えて来た。


『そうカッカするのじゃない、小動物』

「何の為に私を……」

『ああそこから気になるか。そなたを選んだのは単に名前に、ま、が入っているからだ。初代と似た外見の娘を選び、なんとなく続けておった。大した理由はない』

「……なんなの」

『大した理由もなく世界を創造した私にいかっても無駄だぞ。ビーチに来たら砂で城を作るようなものだ。そなたも経験があろう』

「……なんなのよ」

『既存のゲームをパクった訳だが、聖女どもが色々と手を加えて世界を好き放題に変えていったな。――別に褒めてはおらん。想定内の変化しか起こっておらんのでな』


マリンの怒気を嗅ぎ取って、似非ゴッドがくつくつと笑声を立てる。


『そなたは至る所で勘の良さを発揮したが、どれ程の勘を持とうとも知らんものを予測するのはさすがに無理があったよな』


異世界が乙女ゲームの世界観、という事だろう。

エマ以前の聖女も気付かなかったそうだが。


『いや何かの作中だと皆薄々察しておった。あまりにも聖女にとって都合が良く、居心地のいい世界であるからな。私がヒロイン! ってやつだ』


マリンは読まれる事を前提で考えた。

この似非ゴッドを殴る方法とは。


『殴れん。ミジンコと銀河よりかけ離れた存在であるぞ』


ならばせめて詫びてもらいたい。


『詫びはせんが楽しませてくれたので褒美を取らせてもよい。なんとかデインなどどうだ。あれは出来たら超カッコいいぞ』


マリンは提案を無視した。


「二度と誰も呼ばないで」

『元よりそなたを最後と決めておったわ。そろそろ限界だと思っておったし皆似たような反応と行動を繰り返すので飽きてもおった』

「似てない。皆違う人生を送った。一生懸命生きた」

『ああ、初代を憐れんでおるそなたに朗報だ。――マリアは実在しない。勇者も悪の帝国も女性戦士も単なる設定に過ぎん。なんでこの時代だけ勇者などという職業があるのかと疑問に思って欲しかったな』


一瞬呆け、マリンの肩から力が抜けた。

とんだ茶番に付き合わされたのに「良かった」と思えた。悲劇は無かった。

ただ、勇者はともかく女性戦士の存在までウソというのは残念だ。彼女と聖女の友情に感動したから。


勇者がいた時代は単なる設定で何も起こっていない。

何もない。歴史も血縁も何も……。


『如何にも。異世界は七百年ほど前に唐突に始まったのだ』と似非ゴッドがマリンに頷いた。


『のろい云々は頑張れば何とでも出来た。そなたは移住を目論んだが実は妊活期間中王都を離れるだけで良かった。まあ答えを知らねばこの判断は難しいか。だが答えを知らんでも胚移植は思い付かねばな。動物だが闇の魔法で既に成功例がある。エマは意図して正解を後世に伏せた』

「どうして」

『本気で子供を望むのならば当然調べ、あらゆる手段を試みる筈だと考えた。初代マリアが王都で固く禁じた――事になっているのは性交渉による聖女の妊娠だ』


手を尽くせば子を成せる。真実望めば。

マリンの全身から力が抜けた。


『良い話の次に悪い話をしよう。そなたがとんずらした後、魔法騎士と氷の辺境伯は相打ちになったぞ』

「え――」

『死んではおらんが共に戦闘不能だ。殺し合いをしていたのだから自業自得だな』

「私の所為でトライズ閣下が――」

『同情せんでよい。あやつ、とっとと戦闘を切り上げてそなたの後を追おうとしておったのだ。それで手古摺りおった。本来なら魔法騎士より氷の辺境伯の方が戦闘力は上だ。急くあまり不覚を取ったな。ついでに暴露すると盗賊騒ぎもトライズのでっち上げ。そなたの傍に留まる為の嘘八百に過ぎん』


意味が分からずマリンは瞬く。


『トライズの真の目的は憧れの異世界トラベルだ。日本語の読み書きを頑張ったのもその為。最初からそなたを妻にする気など奴には無かった。そなたの帰還に便乗しようと画策しておった。聖剣だけあっても聖女がおらねば異世界への扉は開かんからな。だがすんでのところでシオンを押し退ける予定は、パーだ』


弾かれたようにマリンは上を見上げる。

察して似非ゴッドが発した。


『待て待て。お楽しみはもっと後に取っておこうではないか』

「彼は、ドロシーは無事? 無事だよね?」

『もう聞いてしまうか……つまらん』







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