転生して得た可愛い婚約者は王太子や王女より大事
「本当にごめん。同じ日に王太子殿下から呼び出しを受けてしまって……」
「そうですか……それは仕方ないですね」
俺がそう言って頭を下げると、目の前の女性は悲しそうな顔をしつつ、了承した。
彼女の涙が浮かびそうな顔に、俺は心底申し訳ない気持ちになり、再び謝罪した。
俺はフート・ホンドーク。ホンドーク子爵家の次男である……とともに、前世の記憶を持った転生者である。
前世のある日、トラックに轢かれそうになって走馬灯を見たと思ったら、次に目が覚めたときには赤ん坊だった。
テンプレだ。
ちなみに大したことじゃないが、前世の名が本堂風人であることは偶然ではあるまい。
そんなこんなで俺はこの世界の住人になった。
この世界には魔法が存在する。
誰もが憧れるファンタジー要素だが、色々と調べたり勉強したりした結果、この世界の魔法は「物理法則への干渉」のようだ。
魔力を使ってこの世の法則に限定的に手を加えることで魔法を発動する。
つまり物理法則を知っていると干渉もしやすいわけだ。
いわゆる知識チートというやつで、理系だった俺は前世のそれなりの知識を用いることで規格外の魔法使いになってしまった。
まだ学園生だというのに、将来の魔法師団入りが決定している。
まあ実家は兄が継ぐし、食い扶持に困らないのでありがたい。
そういう事情で、自分で言うのもあれだけど俺は国内のみならず世界中から注目される人間だったりする。
そんな俺には婚約者がいる。
セレナ・リスティン、リスティン伯爵家の長女だ。
歳は俺のひとつ下。
16歳にしては背が低めで、目はぱっちりと大きく、金の髪はふわふわとしていて、長女だというのに妹属性全開な美少女である。
まあ彼女にも兄がいるし、妹には変わりないか。
そんな彼女と俺の両親は学園時代からの友人で仲が良く、その影響で歳が近かった俺とセレナは一緒に遊ぶことが多く、そのうち両親たちによって婚約が決まっていた。
前世では恋愛経験のなかった俺だが、セレナはほんとに可愛くて、俺が恋に落ちるのに時間はかからなかった。小さい頃からずっとだ。
彼女の言動はいちいち可愛い。普段から衝動的に抱きしめたくなるのを我慢して頭を撫でるのだが、それに頬を赤くしてはにかむセレナを見て、さらに悶絶しそうになるのだ。
どうやらセレナもこんな俺のことを好いてくれている気がする。
そういったかんじで、俺とセレナの関係は良好だと思っていた。
数日後には、セレナが誘ってくれたお茶会の予定があった。
ところが、狙ったように同日に、この国の王太子に呼び出しを受けてしまったのだ。
王太子は学園の同級生で、俺が魔法師団への入団が決まっていることもあって、身分差がありながらも懇意にしてもらっている。
流石に王太子の呼び出しは断れないと思い、泣く泣くセレナに詫びを入れたのだが、上目遣いで涙ぐむ彼女の顔を見て、可愛さに卒倒しそうになると同時に本当にいたたまれない気持ちになった。
「申し訳ない。代わりに1週間後にずらしてもらうことはできないかな?」
「……! はい、ぜひお願いします」
俺がそう提案すると、彼女はパッと嬉しそうに笑った。それもまた可愛い。危うく言葉に出してしまいそうになる。
それをすんでのところで耐えて、その日は彼女と別れた。
数日後、王太子に会うために王城へやってきた。
「フート・ホンドーク、只今参上しました」
「やあフート。そんなかしこまらなくていいのに」
「せめてもの形式です。……皮肉をたっぷり添えて」
「おいおい、そのジト目はやめてくれよ。悪かったと思ってるって」
そう言って笑う王太子に、俺はなおもジト目を送り続ける。
王太子は気さくな人で、こんなふうに軽い態度で接することを許してくれる。
そして王太子らしくすごく優秀な人で、貴族たちからの信頼も厚い。
なので俺も尊敬はしているのだが……いかんせんセレナを悲しませる原因を作ったことは許せん。怒ったりはしないけど、精一杯の皮肉を伝えておいた。
そんな挨拶もそこそこに、呼び出された本題に入ることにした。
「今日は魔法師団の訓練を見てほしくてね」
「一学園生の俺がですか?」
「ああ。魔法師団長きってのお願いだ。頼むよ」
「まあ、そういうことなら構いませんが」
そうして魔法師団の訓練を見学しつつ、求められたアドバイスに応えたりした。
学生に教わることに抵抗はないのかと思ったが、思ったより俺は尊敬されているようで、みんな真面目に聞いて、お礼を言ってくれた。いい人たちだな。ここで働くことへの不安が少し解消された。
だったのだが、訓練を見終わった後、王太子からこんなことを言われた。
「今日はありがとう。来週も来てくれ」
「え」
「今日はかなり有意義だったようでね。もう一度頼むよ」
「…………わかりました」
今日お茶会を断ったことは言っていた。だが来週に持ち越したことは言っていなかった。
よりにもよってその日に頼まれることになるとは……。
学園もあるため、お茶会を別の日にずらすのは難しい。それに、今日の王太子には有無を言わせぬ迫力があった。
だが幸い、二週間後はまだ空いている。セレナさえ良ければそこに代えてもらうしかない。
と言うわけでもう夕方だが、セレナの家を訪ね、直接謝った。
再び同じようなやりとりが繰り返され、前よりも罪悪感が増した俺は、今度は絶対に予定を崩さないことを誓った。
そして翌週。
再び魔法師団を訪れ、訓練に参加した。
そしてそこでも—
「フート、今日もありがとう。また来週も—」
「殿下。来週はお断りさせていただきます」
「え」
キッパリ断ると、王太子は一瞬目を丸くした。
理由を聞かれ答えると、王太子は神妙な顔をした。
「王太子の頼みより、婚約者とのお茶会の方が重要だ、と?」
「はい。……まあ案件によりますが」
ハッキリと言ってやった。後半のは小声だけど。
しばらく考えた王太子は、その後ふっと笑った。
「仕方ないな。君の機嫌を損ねるのは本意じゃないし、来週はやめておくよ」
「ありがとうございます」
なんとかセレナとのお茶会を死守した俺は上機嫌で帰宅した。
迎えたお茶会の日、いつも通りセレナと歓談しながらお茶やお菓子を楽しむ。
その中で、セレナがふとこんな質問をしてきた。
「フート様。王太子殿下からのお呼び出しは何だったのですか?」
「ああ、それね。魔法師団の訓練を見てほしいって、師団長のご指名だったみたいだ」
「師団長様直々に……2回もですよね。すごいです。流石ですね」
「セレナにそう言ってもらえると嬉しいよ」
心配させるといけないので3回目を断ったことは黙っておいた。
セレナに褒められて舞い上がっていた俺は、セレナが一瞬複雑な表情をしているのを見逃してしまった。
週末のセレナとのお茶会を楽しんだ俺は、意気揚々と学園へ登校した。
俺や王太子は、三年制の王立学園の二年だ。セレナは一個下。
毎日多くの人に挨拶される。子爵令息ごときに上級貴族の子息も挨拶に来るし、上級生も来るし、心なしか令嬢が多い気がするのはなかなか解せないが、それだけ俺の魔法が重要視されているんだろう。本来は俺が行くべきなんだろうけど、俺は前世の名残で権力とかあんまり興味ないので、自分からは行っていない。実家には迷惑かけてるかも。すまん。
ちなみに、以前王太子と出会って一緒に歩いていると周囲がえげつないことになったので、王太子とは会わないよう努力している。とはいえ、王太子とは同じ上級クラスなので、教室では嫌でも顔を合わせることになる。嫌とは思ってないけどね。
セレナとも一緒には登校していない。というのも家が反対側なのだ。
以前迎えに行くと言ったのだが、断られてしまったので一人で登校している。
そんな学園をいつも通り過ごす予定だったのだが、今日は少し様子が違った。
「隣国からの留学生です。ご挨拶を」
「はい。オーガスト王国第一王女、システィーナ・オーガストと申します。わたくしは魔法よりも剣術を得意としております。みなさんよろしくお願いいたします」
そう、隣国の王女が留学に来たのだ。
かなりの美人だ。金髪縦ロールに碧眼という典型的なお嬢様で、身体はすらっとして、制服のスカートから覗く脚も細く美しい。
剣術が得意って言ってたけど、鍛え上げられた身体って感じじゃない。
周囲の男子たちはざわついている。まあかなり美人だし。セレナの可愛さには負けるけど!
王女様を観察しながら考え込んでいるうちに授業が始まった。
昼休みになった。王女様は王太子と話している。
俺はというと、昼食に行こうとしたところをクラスメイトに止められてしまった。
そいつの王女様があーだこーだという話を聞き流していると、こちらに近づいてくる人が二人。
「フート、今ちょっといいかい」
「ええ、まあ構いませんが」
「システィーナ殿、こちらがフート・ホンドーク子爵令息だ」
「はじめまして。改めて、システィーナでございます」
「ご丁寧にどうも……フートです」
王太子が王女様を連れてやって来た。
一介の子爵令息ごときのところに王太子が王女様を連れてくるのはどういうことなのか、と思っていたのだが。
「あなたの噂はこちらの国にも届いています。ぜひ貴方の魔法を見せていただきたいですわ」
「はぁ、まあそれは機会があれば」
「ふふ、楽しみにしております」
王女様は美しく笑う。やはりというか、俺の魔法が目的だったようだ。
そのまま食堂に移動して三人で食事をすることになった。
喋ってた友人? 二人が来たときにさっさとフェードアウトした。
そんなこんなで食堂に移動しようとして扉の方を向くと、一人の女性と目が合った。
セレナだ。と思ったら、小さく頭を下げて小走りで去ってしまった。
用事でもあったのだろうか? 後でちゃんと聞いておかないと。
少しもやっとしつつも、王女様の質問に答えたりしながら昼食を終えた。
それ以降、事あるごとに王女様に声をかけられるようになった。
授業のこと、魔法のこと、剣術のこと。いたって真面目な会話ではあるため、邪険にもできない。別にする必要もないかもしれないが。
そこには王太子も含まれるため、俺だけ場違い感が否めない。王太子とは仲がいいとはいえ、ちょっと息苦しい。
王女様はいつもとてもいい笑顔だ。セレナがいなければうっかり惚れてしまうかもしれない。
心なしか物理的な距離も少しずつ縮まっている気がする。
そのうち、週末にも王女様に勉強に誘われるようになった。もちろん王太子も一緒だ。
王太子からも魔法師団の訓練に再び誘われ、王女様がそれについて来たりもした。
普段から週末といえばセレナとのお茶会くらいしか予定はないので、問題はない。
そういえば、最近セレナからのお茶会の誘いがない。
どうしてだろう? いっそのことこちらから誘ってみようか。
よく考えれば、彼女と会う機会も減っている。王太子や王女様に時間を割きすぎたせいだ。
これはまずい。早くセレナの笑顔をチャージしなければ、やってられん。
そんなことを週最後の日の授業中に考えていたのだが、授業が終わった後、教室に言葉の爆弾が落とされた。
「フート・ホンドーク様。明日の剣術大会でわたくしが優勝した暁には、わたくしの婿に来てくださいませ!」
教室に凛と響く声でそうのたまったのは、他でもない王女様だった。少しだけ頬が赤くなっている。
王女様の言う通り、週末である明日は学園の剣術大会がある。学園内の腕自慢たちが出場する大会で、当然男もいるのだが、王女様も出場するつもりらしい。
って、そんなことより。
「……え?」
「貴方の魔法の力、噂以上でした。その力、是非我が国のために奮っていただきたいのです」
「はぁ」
「では、そういうことですので! また明日!」
そう言い残すと、王女様は足早に教室を出て行った。言い返す暇もなかった。
残された者たちは大騒ぎだ。
その喧騒の中、王太子が呆然としていた俺に近づいてきた。
王太子は口をニヤつかせながらも、ほんの少し寂しげな目をしていた。
「大変なことになったなぁ」
「……そんな呑気に言ってる場合ですか。ていうか止めてくださいよ。俺に婚約者がいるの知ってるでしょう」
「そうだけど、止める間もなかったじゃないか。……にしても、これは学園中で噂になりそうだな」
「え、噂? ……あっ」
そこで、俺はやっと、このことがセレナの耳に入る可能性があることに気づいた。
俺は青ざめる。
最近セレナと少しすれ違っている自覚がある。どうも避けられているようなのだ。
このままではまずい。何としてでもセレナの婚約者の座は守らねば。
しかし結局この日も家に行ってもセレナに会うことはできず、剣術大会の日を迎えてしまった。
大会当日。
やはりというか、噂は学園中に広まっているようで、向けられる視線がいつもより多いし、雰囲気が違う。
誤解を解くのは面倒なので諦めるとして、セレナとの関係をどうするかが大きな問題だ。
セレナに捨てられたらマジで生きていけない。
今日は出場しない学園生も観戦することになっているので、セレナも会場にいるはず。
あの王女様なら本当に優勝してしまう可能性も無きにしもあらずなので、そうなると非常に面倒になる気がする。
大会が終わるまでにセレナを見つけて話をしなければ。
そうやってセレナの捜索をしているうちに、王女様の一回戦が始まっていた。
一旦足を止めて、試合を見てみることにする。
王女様の剣技は得意と豪語するだけはあった。
思った通り力は強くはないのだが、速い動きと剣捌きで相手の攻撃をいなし、隙を狙って反撃する。
一つ完成されたようなスタイルで試合を進め、難なく勝利を収めた。
思わず捜索を忘れて魅入ってしまった。
試合を終え、剣を納めた王女様が遠目からこちらを見て、笑顔で手を振ってきた。
なぜ場所がわかる……と言いたかったが、俺は普段から目立つ身。加えて例の噂で余計注目されている。観客の視線を追えば簡単に見つけられるわけだ。
ん……ちょっと待てよ?
ということは、セレナにも俺の居場所は筒抜けなのでは……?
そうなると、俺と何故か会ってくれないセレナは簡単に俺から逃げられる。つまり、探しても無駄だということになる……。
「あぁ…………終わった」
全ての気力が抜け、探す元気を失った。
これからどうしよう……いや、まだ諦めるのは早い。
王女様の求婚?をキッパリ断って、セレナと学園の誤解を解くのだ。
諦めたらそこで人生終了、その気持ちでいなければ。
捜索を諦めて試合を観戦していたのだが、王女様は実に順調に勝ち進んでいた。
試合が終わるごとにこちらに手を振るのはやめてほしい。途中から王太子の隣に避難した。
そして結局、王女様がそのまま優勝してしまった。
その瞬間、会場が大きく湧く。それと同時に、俺の方にも多くの目が向けられた。
やめろ、そんな目で俺を見るな。
結局打開策は思いつかないまま。こうなったら、どんな手を使ってでもセレナを取り戻す所存だ。
悪い未来を想定し、物騒なことを妄想しているうちに表彰式が始まった。
王女様が王太子からトロフィーを受け取っている。
『ではここで、優勝したシスティーナ殿から一言いただこう』
王太子が拡声の魔法道具を使って会場中に響く声でそう言う。
マイクにしか見えない魔法道具を受け取った王女様は、こちらの方を向いて話し始めた。
『優勝できてとても光栄でございます。――フート様、わたくしと婚約していただけますか?』
観客全ての注目が王女様から俺に移った。会場から音がなくなる。
これは−−王女様には悪いが、誤解を解くにはいい機会かも。
おそらくたぶん関係修復への第一歩だ。セレナは見ているだろうか。
自前で拡声の魔法を発動し、王女様に答える。
『――お断りします』
『………………えっ?』
王女様の困惑の声に一歩遅れて、
「「「えええぇぇーーーー!!!」」」
会場に爆音が溢れた。
その勢いは止まらず、あちこちで周囲と話し合う音が聞こえる。
その中、王女様が困惑したままの顔で再び話しかけてきた。
『で、でも、約束しましたわよね?』
『確かに聞きました。――でも、「はい」とは言っておりませんので』
『え……あっ』
そこで、王女様も昨日のやりとりを思い出したようだ。
すみません王女様。でも俺の将来のために致し方ないのです。
混乱の渦中にある会場に、再び声が響く。
『今日はこれで解散とする。皆、余計な詮索をせず、気をつけて帰るように。……あと、ホンドーク子爵令息とリスティン伯爵令嬢はこの後私のところに来るように。以上だ』
王太子が流石のカリスマで場を収めてくれた。
そして王太子権限でセレナを呼び出してくれた。これで話し合いができるかも。
愛しの婚約者と仲直りするため、俺は王太子のもとへ向かった。
***
幼いときから、ずっとフート様のことが好きだった。
彼はいつも一緒にいて、遊んでくれたり、勉強を見てくれたり。魔法の難しい理論について語られて理解できないこともあったけど、いつでも優しく接してくれた。
私の扱いはずっと妹みたいで、ちょっと不満に思うこともあったけど、大切に思ってくれていることはわかっていたし、彼に甘やかされるのは好きだ。
そんなフート様はとてもすごい人だ。
この国の誰よりも魔法のことをわかっていて、誰よりも強力な魔法を使う。
王太子殿下が懇意にされるくらいだし、魔法師団からも尊敬されているような人だ。
だからこそ、不安になる。
彼はとても遠いところにいる、そんな気持ち。
昔から仲が良かったから婚約者という関係にあるけれど、本来なら私が並び立てるような人ではないと思う。
私も、何とか相応しくあろうと努力はしているけれど、彼には到底及ばなくて。
プレッシャーというほどではないにしろ、一抹の不安は胸の内にあった。
そんななか、隣国の王女様が留学生としてやってきた。どうやらフート様と同じクラスらしい。
その日の昼休みにフート様のクラスに行ってみると、フート様と、王太子殿下と王女様が三人で話をしていた。
やんごとなきお二人の会話に混ざれるなんて、やっぱりすごい人だ。
また少し遠くなってしまった気がする。
フート様と目が合ったけれど、少し気まずくなって逃げてしまった。
その後も、フート様と王女様と王太子殿下は三人でよく行動していた。
私は何となく彼と顔を合わせられなくて、なるべく会わないようにしていた。
一瞬見たときにはあまり乗り気ではないように見えたけれど、王族の二人を前にしてそんな顔ができるのはフート様くらいだろう。
彼はきっと、伯爵令嬢の婚約者に収まる器ではないのだ。
婚約者を含めた三人の仲睦まじさを見せつけられてしばらく、放課後の教室に噂が流れてきた。
何でも王女様がフート様に婚約を申し込んだという。
私は驚くと同時に、来る時が来てしまったのか、と半ば諦観の気持ちでいた。
私たちの婚約は公表されていない。
この国では学園に通う王族がいる場合、卒業時点で婚約者を発表するため、他家はそれ以降になることが多い。あわよくば未来の王妃を狙っている家や令嬢が多いからだ。
今回は婚約を発表していないことが仇となった。後悔してももう遅い。
その場は何とか堪えて家まで戻った。その後は、ひたすら泣いていたことしか覚えていない。
翌日、剣術大会に出向いた。
王女様が優勝すれば婚約を申し込むらしいと聞いたので、結果はとても気になる。
フート様と話せば残酷な話を直接聞かされてしまいそうで嫌だったけれど、彼はとても目立つので避けるのは簡単だった。
王女様が負ける可能性も考えていたけれど、彼女はとても強かった。
そのまま順調に勝ち進み、決勝戦。
彼女が勝ってしまえば全て終わり。失礼だけれど、負けて欲しいと願った。
しかしそんな浅はかな願いは呆気なく散っていく。
彼女の勝ちが宣言された瞬間、全身の力が抜けた。心が絶望で染まる。
もう何も考えられない。外界からの情報も一切入ってこない。
ああ――フート様とはもう終わりなんだ。
そう考えた途端、目頭が熱くなる。昨日流れきったと思っていたものは、まだ留まることを知らないらしい。
辛い、悲しい。これからどう生きていけばいいんだろう。
『――フート様、わたくしと婚約していただけますか?』
何も考えられなくなっていたのに、その声だけは鮮明に聞こえてきた。
ついに私に引導が渡される。
奇跡を願うしかなかった。
奇跡は起こせるものなんかじゃない––
『――お断りします』
――起きることを願って待つことしかできないんだ。
***
王太子に指定された部屋で待っていると、扉をノックする音。入ってきたのは、王太子と、王女様と……
「セレナ!?」
会いたくてしょうがなかった人は、ひどく泣き腫らした顔をしていた。
すぐに駆け寄って、肩を支える。
彼女はまだしゃくりあげていたけど、「大丈夫ですから」と言いつつ、身体を少しこちらに預けてきた。
そのままソファまで誘導する。正面に王太子と王女様が座った。王女様はちょっと困惑気味。
すぐに王太子が切り出した。
「さて、まずはシスティーナ殿の婚約を断った理由を本人から言ってもらおうか」
「はい。俺はこのセレナと婚約していますので。公表はしてませんでしたが」
「あ……そうだったのですか。知らなかったとはいえ、申し訳ないことをしましたわ」
そう、全ては婚約を発表していなかったのが問題だ。王女様が悪いわけじゃない。
意外なカミングアウトだとは思うが、王女様は案外すんなり受け入れてくれた。
「ではセレナ嬢、失礼だが泣いていた理由を聞いてもいいかな?」
「はい……王女様がフート様に求婚したと聞いて、私たちの婚約は解消になってしまうのだと思って……」
「な……! そんなわけないだろ! どうしてそんなふうに……」
驚いてセレナに理由を聞くと、俺はさらに驚くことになった。
「私、ずっと不安に思ってました。フート様は王太子殿下に期待されたり、魔法師団に呼ばれるようなすごい方で、私では釣り合わない、って……王女様くらいの方じゃないと、フート様の隣には並べないんだ、って」
セレナはそう言うと、また少し涙を浮かべた。
なんてことだ。セレナにそんな風に思わせていたとは。
過剰になってはいけないと思って愛情表現は控えめにしていたけど、それが仇となっていた。
だが、それは今日で終わりだ。
「セレナ」
「はい……」
「俺は君が好きだ」
「えっ?」
「君が好きだ。大好きだ。この世で一番大切だ。君さえいれば他には何もいらないし、君がいなければ全てダメだ。俺には君しかいない。君がいてくれなきゃだめだ。愛してる。こんな国よりも魔法師団よりも王太子よりも君が大事だ」
「え、え、えぇっ……!?」
隣にいたセレナの目をしっかり見つめて溜め込んだ想いを捲し立てると、セレナは一瞬で顔を真っ赤にし、目を回し始めた。
照れて混乱しているのも可愛い。勢いのまま抱きしめると、セレナもおずおずと背中に手を回してきた。
「だからセレナ。結婚するまで俺の婚約者でいてほしい」
「……はい、もちろんです。私も、その、フート様のことが、好き、ですから」
「ーーーーッッ」
たまらなくなって、さらに強く抱きしめた。
そのままセレナの温もりを堪能しようと思ったのだが、無粋にも手を叩いて邪魔をする奴––ゲフンゲフン、やんごとなきお方がいた。
俺は顔だけ王太子の方に向け、渾身のジト目を繰り出した。
隣では王女様が苦笑していた。
「愛を確かめあったところで申し訳ないが、話を進めてもいいかな? 何やら不穏な発言も聞こえたけど、それは後回しにしておこう」
「何ですか殿下、そんなの後でもいいじゃないですか、邪魔しないでくださいよ。ていうかセレナとのお茶会も意図的に邪魔したでしょう、何してくれてるんですか」
「おっと、バレていたのか」
「そりゃあ、あれだけいいタイミングだったら誰でも気付きますよ」
「君が僕と婚約者とどっちを取るか気になってね。まあ君の行動と先ほどの発言で君の真意はわかったわけだが……セレナ嬢、心配することはないさ。フートは婚約者様のために僕の頼みを断るくらいだからね」
「ええっ、王太子殿下の頼みをですか……!?」
「俺にとってはいつだってセレナが最優先さ」
「それはあまり良くないのでは……」
セレナはもう落ち着いたようで、俺に若干呆れた視線を向けてくる。
頭を撫でると、また頬を染めて俯いた。
「かわい――」
「おい、王族二人を前にしてそれ以上イチャつくんじゃない。……それはそうと、セレナ嬢、先ほど、自分はフートに釣り合わないと言っていたけど、それも間違いだよ」
「え? どういうことでしょう?」
「君も素晴らしい能力をもっているということさ。王城の文官たちはすでに君に目を付けているようだよ」
「ほほう、文官もなかなか見る目がある」
「フート、君は何様のつもりなんだ」
「自国や他国の王族にも注目される魔法師の卵です」
「否定できないのが腹立たしいな」
「我を前にすれば、万物はひとえに風の前の塵に同じ……」
「何を言ってるんだまったく。ともかく、セレナ嬢が自分を卑下することはないということだよ」
「殿下……ありがとうございます」
俺の厨二病全開発言はスルーされたが、セレナがまたひとつ元気になったので良しとしよう。
なおも王太子が話を続ける。
「で、だ。やっとこさ話を本題に戻すけど、システィーナ殿、貴国の目的は、フートとの政略結婚、ということでいいかな?」
「政略、とはちょっと違うかもしれませんが、要は、フート様のお力が我が国に向けられるのを恐れているのです」
なるほど、それは道理だろう。
他国の軍事的脅威を見逃すなんてありえない。
俺だって隣国が核爆弾を容赦なくぶっ放してくる可能性があるとしたら脅威に思う。
「俺としてはセレナとの時間を邪魔されなければ何も文句はありませんよ」
「えっと、では、今回の件は……」
「ああ、それは仕方ない部分もあるので、気にしないでください。うちの王太子殿下にはチラホラ言いたいことはありますが……」
「おい、怖いからやめろ」
「フート様、殿下を怖がらせるのはさすがに……」
「冗談だって」
セレナに諌められたので、今回はこれくらいにしておく。
俺だって王太子にはよくしてもらっているし、この国は好きだし。何より、力を得たからってヤバいテロリストみたいな奴になるつもりはない。適切に使うのみだ。
だが、これに関してはひとつ解決策を思いついた。
「それはそうと、王女様。つまるところ、この国と仲良くしたいのですよね?」
「ええ、結果的にはそういうことになりますね」
「なるほど。それなら、私からひとつ提案があるのですが?」
そう言って、俺は王太子を見る。これでもかと顔をニヤけさせて。
「––うちの王太子殿下などはどうでしょう? 王女様に少なからず気があるようですが」
「君……それも気づいていたのか」
「まあ……王太子殿下が?」
俺が提案すると、王太子は少し頬を染めてこちらを小さく睨んだ。王女様も少し頬が染まっている。
「当初の目的も、政略的にも、恋愛的にもメリットがある話だと思うのですが、どうでしょう?」
「まあ、そうですわね。それに、王太子殿下のことは、素敵な方だ、とは思っておりましたし……」
「そ、そうか。それは嬉しい限り。では、婚約の申し出を受けてもらえるということでいいかな?」
「はい、ぜひ。これからよろしくお願いいたします」
王太子も王女様も顔を真っ赤にしていた。これはこの二人もうまくいきそうだ。
「よかったですね」
「ああ、これでセレナとの絆は守られた」
「結局はそこなんですね。嬉しいですけど」
そう言って微笑むセレナが果てしなく可愛い。この笑顔をなんとしても守り抜かなければならない。
「殿下と王女様の婚約発表を早くしましょう。ついでに俺たちの婚約も発表します」
「本来は卒業時にするものだけど……それがいいかもね。セレナ嬢はとても人気なようだし」
「え?」
「そんな怖い雰囲気を醸し出さないでくれ。彼女を狙っている男子諸君は多いみたいだよ」
「それはだめだ。すぐに発表しよう、そうしよう」
「ふふ、そうですわね。そのほうがセレナ様も安心できるでしょうし」
「そうですね。二度とセレナに今回のような思いをさせてはいけない」
「それもありますけれど、フート様も女性人気が高い方のようですし。以前、クラスの令嬢の方々から王太子殿下とフート様、どちらが好みか聞かれましたわ。セレナ様も気が抜けないでしょう」
「え?」
「はい。フート様は魔法だけでなくて、男性としても素敵な方ですから……」
「あ……待って。セレナにそんなこと言われたら衝動が抑えられない」
「抑えろ。とにかく、僕らのためというより、フートたちのためには早くしたほうがいいかもね」
なんてことだ。俺に女性人気があったとは。
前世ではモブBみたいなやつだったから、そんなことになっているとは思わなかった。
それ以上にセレナの俺的爆弾発言に軽く意識が飛びかけたが、その場はそういうことで収まった。
週明け、王太子と王女様、俺とセレナの婚約が発表された。
世間の反応はさまざま。だが、どちらに対しても祝福ムードだった。
俺と王女様のいざこざを知っている学園関係者は、どうしてそうなったという組み合わせに一同驚愕していた。
異例の卒業前発表に王太子妃の座を狙っていたと思われる令嬢たちは崩れていた。
俺のところにも質問攻めがきたけど、以降挨拶にくる令嬢が減った。本当に俺狙いの令嬢がいたとは……。
また、婚約発表後はセレナと一緒に登校することになった。やっぱりこっちの方が俺も安心できる。
なんやかんやあったが、週末には俺は久しぶりのセレナとのお茶会を楽しんでいた。
そこで俺は、打ち明けるつもりのなかったことをセレナに話していた。
「前世の記憶、ですか?」
「そう。俺には他の世界で生きていたときの記憶があるんだ。だから俺があれだけ魔法を使えるのは、ズルみたいなものなんだよ」
そう、前世の記憶のことである。
セレナが俺との差を感じて不安になっていたと聞いたので、思い詰めないように真実を告げておくことにしたのだ。
「だから、俺なんかより、自分だけの力で認められたセレナの方がよっぽど凄いよ」
「そう言ってもらえて嬉しいです。でも、フート様だって、それだけの魔法を使えるようになるためにたくさん訓練されていたじゃないですか。やっぱりフート様も凄いです」
「ありがとう、セレナ」
お互いを褒めあって、笑い合う。
王太子のところもうまくやっているようだし、俺たちもすこぶる順調。
この国の未来はきっと安泰だ。いや、セレナとの癒しのひとときのために、俺が安泰にしてみせる。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
王太子の名前が最後まで出てこなかった笑




