纏うは礼服 惑うは心 その5
下久良さんに案内され向かった会場の入り口で、私は緊張をほぐそうと深く息を吐く。
六十人ほどが入れる会場内では、すでに多くの人が準備を整え歓談をしている様子がうかがえた。
中にいる女性たちは皆、色違いとはいえ全く同じデザインのドレスを纏っている。
その姿に違和感を覚え「えっ、同じ……?」と呟いた私に、下久良さんは笑顔で語り始めた。
「デザインを同じにしているのは、下着の着用感を確認するためのデータを同条件で取りたいという弊社の要望からです。個性を出したいと皆様は思われるでしょうが、色の違いでご容赦いただけたらと」
もとから自分にはさしてこだわりはない。
下久良さんにも「そうなんですね」とだけ答え、同じように笑みを返しておく。
ここまで案内をしてくれた礼を告げ会場へ入ると、私は室の姿を探し始めた。
会場に足を踏み入れた時、私に気付いた人達、特に男性陣が程度の差こそあれ驚きの表情を浮かべていくのが目に入る。
思わぬ反応に戸惑いながらも、私は室と合流すべく会場内を歩いていく。
――いた!
予想はしていたが、数名の女性が室との会話を楽しもうとしている姿が目に映る。
ここに招待されるだけあり、皆あざやかな色合いのドレスが似合う、美しい顔立ちの女性ばかりだ。
「……美女に囲まれるなんて、いいご身分だこと!」
思わず余計な言葉を吐き出しつつ、彼をにらんでしまう。
だが実際は女性達が彼に群がっているだけのようだ。
彼の顔に浮かんだうんざりとした表情が、それをしっかり物語っている。
それにしても、彼女達をエスコートしていた男性達はどこに行ったというのだろう。
だがすぐさま例の奥の部屋でお楽しみなのだろうということに気づき、私の口からはため息がこぼれていく。
室と彼女らに対するよくわからないちりちりとした怒りを抱き、足を進めれば彼もこちらに気づいたようだ。
私へと視線を向けて来た室の顔に、ほんの一瞬だけ浮かんだのは驚きの感情だろうか。
さらに彼はぐっと唇をかみしめた後、こちらへ向かってくる。
身に覚えはないが、何か怒らせることをしてしまったのだろうか?
彼の表情の変化に戸惑い、思わず私は立ち止まってしまう。
ところが私の前にきた室は表情を一転させると、にこやかな笑顔をこちらへとむけてくるではないか。
「遅かったね、美里。あまりにも周りのお嬢さん方と違う君の姿に、つい驚いてしまったよ」
そう言って私の腰に手を回すと、ぐっと引き寄せ抱きしめてくるではないか。
驚いて何も言えなくなった私の髪にそのまま顔をうずめるようにして、彼は耳元でささやく。
「……事情はあとで話す。俺のそばから離れるな」
まるで名残惜しそうに。
少し寂し気な表情を見せながら室は、そっと体を離すと私の手を握ってくる。
「着替えで緊張して喉が渇いただろう? なにか飲み物をもらおうか」
普段は無表情で淡々と過ごしている室の、あまりにも違いすぎる積極的な行動。
さらにはその彼に握られたままの手によって、私の顔からは熱が一向に引こうとしない。
そんな中で少しだけ冷静さを取り戻せたのは、先程まで彼と話をしていた女性達が私を睨みつけているのが見えたからだ。
特にイエローのドレスを着た女性は、あからさまな敵意を私に向けてきている。
隣に並ぶオレンジの女性は彼女の知り合いなのだろうか。
おろおろとした様子でこちらを睨みつけている女性をたしなめているようだ。
いつもの自分であれば、遠慮なく彼女の元へと向かい怒鳴りつけていたことだろう。
だが彼女の行動のおかげで、自分の手の温もりから気を逸らすことが出来た。
むしろこれには感謝すべきであろう。
それに今の私は、目立つ行動を避けねばならない立場にある。
その証拠に彼女らの視線などとうに気付いている隣の男は、まるでその二人の存在などないかのように振舞っているのだから。
彼の目くばせに気づいたウェーターが、ドリンクを届けるためにこちらへとやってくる。
私が未成年だということを室に告げられたウェーターは、笑みをたたえ口を開く。
「ではこちらのバタフライピーティーがよろしいかと」
グラスの中に青空をとどめたかのような、美しい色合いの飲み物が渡される。
礼を言い受け取ったグラスの中では、鮮やかな色の間を泳ぐように氷が揺れていた。
左手にグラスを持ち替えたタイミングで、再び室の手が私の右手を包み込むように握って来る。
「着替えの様子はどうだったのかな。ゆっくり聞かせてくれるかい?」
私はうなずきながら、彼がこれまでしてきた行動の意味を考えていく。
まずは私へと向けられた視線だ。
彼に限らず男性達は、私を見て一様に驚いた表情を見せていた。
更に室からの言葉を私は思い返す。
『あまりにも周りのお嬢さん方と違う君の姿』
そう彼は言っていた。
この言葉で彼は、何かを伝えようとしているのではないだろうか。
それをふまえて、私は周囲にいる女性を眺めていく。
ドレスはどれも同じデザインのものだ。
ただ一つだけ、自分には彼女達が持ち合わせていないものがある。
私の左胸で艶やかに咲くブーケコサージュだ。
室はこの花飾りが私の胸だけにある意味を理解している。
だがそれをこの場で問うのは都合が悪そうだ。
彼は事情は後で話すと言っている。
これはおそらく、他者に私達の会話を聞かれるのはまずいということ。
ならば互いの言葉から少しずつ情報を得ていくしかない。
壁際まで来た私達は足を止め、サイドテーブルにグラスを置く。
そうして彼に向かい合えば、穏やかな笑みを浮かべ室は問うてきた。
「君が来るのを待っていたんだ。そのドレスの話なんて是非、聞いて見たいね」
つまり、このコサージュが付けられた時の状況や理由を聞きたいということだろう。
そこに何か彼の知りたいことがあるということか。
自分としては、一連の出来事に対し何ら違和感はなかった。
だが彼が欲する情報のヒントが、ここにあるらしい。
そう結論付け、私は言葉を選びつつ室へと状況を語り始めるのだった。
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次話タイトルは「纏うは礼服 惑うは心 その6」