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冬野つぐみの『IF』なオモイカタ  作者: とは


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渡さないのには訳がある その1

 ばん! と大きな音とともに開かれた扉から、眉間に深い皺を刻んだ主が部屋に入ってくるのを浜尾(はまお)考生こうせいは見届ける。

 

「うっはぁ。とばっちり来たら嫌だなぁ」


 隣に座っていた同僚の松永(まつなが)けいの声に、返事こそしないが同意してしまう。

 松永の声が聞こえたのか、主である蛯名里希は、自分たち二人を鋭くにらみつけてきた。


「帰る。あなたたちも用が済んだら、とっととこんなところから出ていくといい」


 こちらの返事も聞かず、里希は扉を閉め、去って行ってしまった。

 

「怖っえぇ~! なんかうまくいかなかったみたいですねぇ」


 殺伐とした雰囲気の中でも、松永の口調は相変わらず軽い。


「記憶の受け渡しとは、それほど難しいものなのだろうか?」

「う~ん、持っていかれたことが不満だったのか、それとも渡せなかったのか。里希様はどっちだったんでしょうね。それじゃ、次は俺が行ってきますよ。隣の部屋でしたよね? 例の受け渡し場所」

「言い方は大事だぞ、松永。冬野さんとの記憶に、失礼な言い方をするもんじゃない」

「は~い、言葉には気をつけます」


 心なしか背中を丸め歩き始めた松永が、扉へと手を掛けている。

 人の機微に敏感な彼が、そんな言葉を理由もなく口にするとは思えない。

 その背中へと、浜尾は言葉を返した。


「いや、俺こそすまない。……おかげで少し、緊張はほぐれた」

「それはお互い様っすよ。んじゃ、一働きしてきま~す」


 振り返ることなくひらひらと手を振り、彼は部屋から出ていった。


「受け渡し、……か」


 自分たち三人は人出(ひとで)品子しなこの依頼により、多木(たき)ノ駅の近くにある商業ビルに来ていた。

 目的は冬野つぐみに関する自分達の記憶を彼に提供し、彼女の記憶を取り戻すこと。

 過去のこともあり、自分としても品子に対しできる限りの協力はしたい。

 何より、他者に興味のない主がかなり能動的に動いているということもある。

 何せ彼が、思慕してやまない品子から直接頼まれた依頼であるのだから。


「僕は品子先輩に約束した。持ちうる力を全て先輩に捧げると」


 依頼を受けてすぐさま、彼はすさまじい勢いで他の案件を片付け、自分たちを連れここへとやってきた。

 ……結果は残念なものとなってしまったが。

 その回想を遮るように、扉が再び大きく開かれ、松永が姿を見せる。

 彼の表情は、先ほどの主とは違い満面の笑みだ。


「浜尾さ~ん、たっだいま~!」

「おかえり、松永。その様子だとうまく受け取ってもらえたんだな」

「いえ、お断りされました! なので、すごすごと帰ってきました!」


 彼の表情と言葉の不一致さに、浜尾は混乱し、目をしばたかせる。


「聞いてくださいよ! 里希様は記憶を渡さなかったそうです」


 浜尾へと近づきながら、松永は続ける。


「部屋に入って俺、すぐに自己紹介をしたんです。そうしたら観測者ってばいきなり、『あなたからは何もいただきません』なんていうんですよ」

「え、そんなことが……」


 予想外の出来事に、言葉を失ってしまう。


「『もらうはずが逆に取られそう』だそうです。だから俺、ここまで来させておいて何もなしはありえない、 何か駄賃をくれって言ってやりました」

「……すごいな、お前」


 浜尾の言葉に、松永は鼻の下をこすりながら答える。

 口元こそ笑みが浮かんでいるが、その眼差しは真剣なものだ。


「え~、だって言うだけならタダでしょ? それで里希様のことを教えてもらいました」


 いつも主がしている気難しい表情を、松永が真似てくる。


「『冬野つぐみの記憶は全部くれてやる。だが品子先輩の記憶は一片たりとて奪わせはしない』。里希様そう言ったんですって」


 なんという無茶を。

 胸がざわつく一方で、品子に対する里希の思いの深さを改めて知る。


「でも里希様にとって冬野さんと品子様の記憶は重なるものばかり。それで結局、交渉不成立になったみたいです」


 報告を終えた彼へ、ひとまずくぎを刺しておく。


「わかった、だがこの話は聞かなかったことにしておく。まさかとは思うが、お前も里希様に知られるんじゃないぞ」

「話しちゃだめですかねぇ? 俺もダメでしたよって言えば、シンパシー感じてくれるかも」

「長生きしたいんだったらやめておけ。ともかく次は俺の番ということか」


 もし自分までも失敗したら。

 胃を締め付けられるような感覚が浜尾を襲う。


「……しっかり役目を果たせるように努力しよう。里希様も言っていたことだし、先に帰っていてもいいぞ」

「いえ、俺ここで浜尾さんが帰ってくるの待ちますよ。なんか()()()()()って感じがしますから」


 髪をさらりとかき上げながら、松永は語ってくる。

 だがこの言葉だけいつもよりやや声が低くなったことを、浜尾は聞き逃さない。

 

「……わかったよ。じゃあまた後で」

「はいは~い! 浜尾さんも何か面白い話が聞けたら、俺に教えてくださいね~!」

「どうだろうな、期待に応えられるといいのだが」


 彼と同様に、手を緩やかに振ってから部屋を出る。

 説明では、この先にある部屋で観測者と対面をするとのことだが。

 指定された部屋の扉をノックすれば、中から若い男性の声が聞こえてくる。


「どうぞお入りください」


 扉の先は、青を基調とした女性が好みそうな装飾の部屋。

 部屋には誰もいないにもかかわらず、どこからともなくソファーへ座るように促す声が聞こえてきた。


 声はするものの、その姿を見ることは出来ない。

 観測者についての説明は事前に受けていたものの、自分しかいない部屋に響く声は浜尾にとって不気味なものに思える。

 指定通りにソファーへと向かえば、楽し気な男の声が聞こえてきた。


「こんにちは、浜尾考生さん。あなたは私に、どんな刺激をくれるのでしょうね?」


 腰を下ろし、大きく息を吐く。

 事前情報として聞いている、彼の性格。

 里希や松永に対する態度や行動から、自分がすべき行動を導いていく。


「初めまして観測者様。早速ですが私から、一つの提案をいたしたく思います」

「へぇ、あなたは前の二人とは違う感じですね。……いいでしょう、素敵なご提案を期待しておりますよ」


 彼の声に含まれるのは期待と好奇心。

 その役目を果たさんと、浜尾は口を開いた。

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