触れ合えるのは悪いことではない その5☆
リビングがとても賑やかだ。
品子と明日人が、さとみと一緒にバタバタと駆けまわっているのを台所からヒイラギは眺める。
「ふふ、子供みたいに楽しそうですねぇ」
まな板を持ったつぐみが目を細め、彼らの様子を見つめている。
シヤは宿題があると、自室へと戻って行った。
一連の騒ぎで大変だった惟之は、今はソファーでさとみ達の様子を楽し気に眺めている。
調理の準備で、ここにいるのは自分とつぐみだけ。
そしてあちらが騒がしくしていることで、台所での会話は他人に聞かれることはない。
何気ないふうを装い、つぐみへと話しかける。
「なぁ、冬野。惟之さんってさ、どうやってあの四番の箸を引き当てたんだと思う?」
「はへっ? な、何ででしょうなぁ~」
案の定というべきか。
まな板で顔を隠し、答えてくるつぐみへ笑ってみせる。
「やっぱり、お前も関わっていたんだな」
「うぅっ、何で? 何で、分かるのですか」
まな板が下ろされ、真っ赤な顔をしたつぐみが不思議そうに尋ねてくる。
「いや、確たる証拠はなかったんだが、今のお前の反応でそうなんだって気づいた」
「なっ、何ということ! うっかり私ってば、ヒイラギ君の巧みなトークに、誘導されてしまいました」
誘導も何も、自白しているとしか思えないのだが。
その言葉を飲み込み、続きを促せば、誰も聞いていないのを確認したつぐみが答えてくる。
「靭さんとは、先生がなにか良からぬことをしてきたら協力して阻止しよう。そう約束していました」
「それであの最後のゲームが、その約束を果たす時になったということか」
つぐみが、水切りかごから箸を一本取り出す。
「何度かゲームをする間に、私と靭さんが取った箸に少しずつ細工をしていきました」
箸の上部をそっと撫で、つぐみはヒイラギを見上げる。
「爪で傷をつけたり、わずかに歪んだりして他の箸とは違う特徴を見つけては記憶していきました。傷の場所も悟られないように、数字の順に上からつけるという単純なものではなく、ランダムの場所に付けるように。私だけが分かるように細工をして、全ての番号の箸を把握しました」
語るのはたやすいが、それを実行するにはかなりの記憶力が必要だ。
彼女の能力の高さに、ヒイラギは驚きながら話を聞き続ける。
「最後のゲームの時、私が引くふりをして、至近距離で四番がどれであるか確認。その後、靭さんの言葉で先生の後ろに回り込んで、靭さんの正面に立ちました」
「なるほど。品子の後ろに立てば、合図を送っても気づかれにくいもんな」
それに気づかず、『見守るの意味が違う』などと言ってしまった自分が、なんだか恥ずかしい。
「なんか俺、その時にひどく見当違いなこと言っちゃって。その、悪かったな」
ヒイラギの言葉に、つぐみは慌てて首と両手を大きく横に振る。
「とんでもない! むしろあれで先生が、私の行動に気を取られ、靭さんに対する警戒を弱めてくれたのですから」
「まぁ、少しは役に立てていたっていうことか」
今度は縦に首を振り、つぐみは話を続ける。
「靭さんが四番の箸に触れた時に、分かるように合図を送りました。こうして目的の箸を引いてもらったというわけです」
「うはぁ、すごいな。それを最初の時点で打ち合わせて、実行したってことかよ」
「はい! なんだか靭さんの相棒みたいで、ちょっぴりドキドキしてしまいました!」
彼女の言葉で、惟之に対し抱いてしまったのは嫉妬心。
けれども、それを悟られぬようにと「ふぅん」と短く返事をする。
「でも靭さんが外に出ていってしまった時、なんだか怖い雰囲気になってしまって。どうしようって思っていたら、さとみちゃんが先生に話してくれたじゃないですか」
「あぁ、あの時のさとみちゃんは、本当にファインプレーだったよな。あの子からじゃなきゃ、絶対に品子は聞かなかっただろうし」
再びリビングを見やれば、さとみに頭を撫でられ、嬉しそうにしている品子の姿が目に入る。
「いや品子、それは逆だろう。あれは本来、大人が子供にする行動だ」
「あはは。でもなんだか、こっちの方が先生らしいって思えちゃいますね」
「うーん、そこが否定できないんだよなぁ。すっげぇ幸せそうな顔しちゃってるし」
幼い頃から品子の笑顔を、ヒイラギはずっと見続けてきた。
だからこそ分かる。
あの当時の品子は、迫害されている自分達を守ろうと必死だった。
自分へ向ける笑顔は、時に無理をして作っていたものもあっただろうと。
――けれども、今はそうじゃない。
つぐみに出会い、そしてさとみが木津家に来てくれたこと。
品子は、そして自分は、どれだけこの二人に幸せを与えてもらえただろう。
いつか自分も同じくらい、彼女たちに返すことが出来るだろうか。
「ヒイラギ君?」
つぐみの声に顔を向ければ、こちらを見上げる彼女と目があう。
「今日はいろいろあったから疲れちゃった? ここからなら、私一人でも出来るから少し休んで……」
それは無意識に、ごく自然に。
ヒイラギの手がつぐみの頭へと伸ばされ、慈しむように優しく撫でていく。
「冬野っ。その、これはっ……」
我に返り、手を外そうとするものの、彼女は目を細め嬉しそうに笑ってくるのだ。
「ふふ、私が頑張ったご褒美だよね? ありがとう、ヒイラギ君」
その表情が、先程の品子の笑顔と重なる。
どうしたというのだろう。
彼女の笑みが、その幸せそうな表情が、目を逸らさせてくれない。
……さらに困ったことが一つ。
心に芽生えた感情が、思いが、言葉として出ようとしているのだ。
ヒイラギはこれを留めておくべきか惑う。
そんな自分の表情に気付いた彼女は、柔らかに首を傾げ微笑んできた。
その仕草に抗えず、言葉はするりとこぼれだしてしまう。
「冬野。俺さ……」
始まりの言葉が出たはいいが、続きが喉を通ってくれない。
理由は分かっている。
前に進み続ける彼女と、自分の足並みはまだそろっていない。
この負い目だ。
一度だけ深呼吸をし、今の精一杯を伝えてみる。
「俺はまだ未熟だ。けどいつか、すごい男になる。そん時には俺もお前に褒めてもらおうかな」
瞬きを数回繰り返した彼女は、にこりと笑いこう答えてきた。
「私からしたらとっても頑張っているように見えるよ。でももっと成長したいって言えるヒイラギ君は、とても素敵だと思う」
「……そっか、ありがとな」
また言葉が出てこない自分を助けるかのように、さとみがこちらへと駆け寄ってくる。
『冬野~、おなかすいた!』
つぐみはくるりと振り返り、さとみと話を始めていく。
その様子を見つめる視線に気づいたさとみが、ヒイラギへ近づいてきた。
『ひいらぎ君、はい!』
元気な声と共に、さとみはヒイラギの手を取る。
『私も! 私も冬野みたいになでなで!』
手のひらは、彼女の頬へと導かれていく。
人ならざる存在であるさとみの頬は、ひんやりと冷たい。
そこから生まれる対の温度の感情のまま抱き上げ、くるりと一周すれば、彼女は嬉しそうに笑い声をあげた。
「よかったねぇ、さとみちゃん。さぁ、ご飯にしよう!」
つぐみの声に、リビングにいた品子と明日人が元気に駆け寄って来る。
「冬野君、私はどれを運べばいい? もう、お腹ぺっこぺこだよ~」
「つぐみさん、僕も手伝う! さとみちゃん、一緒にお届け係しようか」
『うん! おとどけする。冬野、運ぶをちょうだい!』
明日人の隣に並び、手をいっぱいに伸ばしたさとみへと、つぐみが皿を渡していく。
まるでリレーのように、料理は彼らによってリビングへと運ばれていった。
台所からそれを見届けながら、ヒイラギはそっと自分の手のひらをなぞってみる。
聞こえてくる皆の楽しげな声、先程まで触れていたさとみの頬の感触。
「ヒイラギく~ん! みんなが待っていますよ~!」
それを知るきっかけをくれた彼女が、リビングから自分を呼んでいる。
『待っている』
その言葉で浮かぶ笑みを、ヒイラギは止めることが出来ない。
「わかった、すぐに行く!」
自分の弾んだ声に少し照れつつ、ヒイラギは皆の元へと歩き出した。




