触れ合えるのは悪いことではない その3
三番と四番を引いた者同士で頬をくっつける。
つまりは自分と品子がそれを行うということになるが……。
サングラスをかけ直す惟之の耳に、品子の声が聞こえてくる。
「やだやだやだぁ! 私はかわいい女の子と、ほっぺをスリスリさせたいんだぁ!」
机に突っ伏し、子供のように両手を振り回す品子を、ヒイラギがあきれ顔で見下ろしている。
「いや品子。これ、お前が言いだしっぺだからな」
品子の動きがぴたりと止まり、ヒイラギの隣にいるシヤへと視線が向けられる
「シヤぁ! このままだと私はスリスリじゃなくて、惟之のヒゲ面とゾリゾリすることになるんだよ! それでいいっていうのかい」
「いや、それなりに手入れはしているほうだと思うが」
思わず頬と顎に触れながら言葉を返すが、品子には全く届いていない。
「品子姉さん、今の発言は惟之さんに大変失礼です。ルールなんですから潔く受け入れてください」
「あっはは~、そうですよ品子さん。命令はちゃんと守らなきゃなんですから~」
シヤと明日人の意見に、品子は明日人をにらみつける。
「じゃあ明日人と惟之がやればいいじゃん!」
「先生、それはあまりに理不尽な上に意味不明ですよ」
珍しくつぐみまでもが、品子を諫めようとしている。
その言葉もまた、品子の耳には届かないらしい。
ここまで品子が嫌がるとは想定外だ。
……仕方がない。
助け舟を出すべく、惟之は皆に背を向けスマホを操作し始めた。
準備を終えたのを確認し、声を掛けながら品子の元へと向かう。
「ここまできたら諦めろ、品子。そら、さっさと済ませるぞ」
胸ポケットに入れておいたスマホには、あと十秒で着信音が出るように設定してある。
品子の顔に近づいたところで、鳴り出した電話を本部の連絡だと偽り、自分が部屋から退出すればいい。
これで、命令はうやむやになるはずだ。
自分を見上げてくる品子は怯えた表情を浮かべている。
早めに済ませてやらねば。
その思いに駆られ、顔を近づけた惟之の視界の隅で品子の右手が素早く動く。
直後に来た顔面の衝撃に後ずされば、背後からヒイラギの声が響いた。
「惟之さん! おいっ品子、なんてことするんだよ!」
――あぁ、なるほど。
自分は彼女から掌底を食らったのか。
ヒイラギの言葉で、惟之は状況を理解する。
とはいえ、それほど強い力ではないこと。
何より品子の顔を見れば、不本意での行動だということは伝わってくる。
品子に対し、怒りの感情など全くない。
さらに言えば、今すぐ彼女にフォローを入れるべきだと分かってはいるのだ。
にもかかわらず、惟之は品子を見つめたまま動くことが出来ない。
口ごもる惟之の胸元で、設定しておいたスマホの着信音が鳴り始める。
「……すまない。少し席を外す」
振り返りもせず、惟之は足早に玄関へと向かう。
外へ出てすぐ、こぼれ出たのはため息。
いたずらを企んだ品子に、少しだけ灸を据えてやろう。
そんな軽い気持ちで起こした行動を、今は悔やむことしか出来ない。
『私は、……私は男の人が怖いです』
十年前、彼女はすがるような瞳で、自分へとこう話してきた。
克服しつつあるとはいえ、品子は男性恐怖症なのだ。
先程の自分の行動は、彼女にとってそれを思い出させてしまうもの。
助けると言いながら、結局のところ、惟之が彼女を傷つけてしまったのだ。
「くそっ! 何をやっているんだよ、俺は」
心にあるのは後悔。
だがあの行動にショックを受け、言葉を出せなかった本当の思いは。
自分はまだ彼女にとって、恐怖の対象であったということ。
他の男性と違い、自分ならば大丈夫ではないか。
淡く抱いていた期待が違っていたという事実が、鈍い痛みを胸へと送り込んでくるのだ。
皆に自分は、逃げ出してしまったように思えていることだろう。
そんな後ろめたさもあり、家に戻る勇気が出てこない。
このまま連絡が来たことにして、帰ってしまおうか。
そんな考えまでがよぎってしまう。
「いや、それだけは絶対に駄目だ」
このまま惟之がいなくなれば、品子に全てをかぶせてしまうことになる。
心の弱さが招いた行動に、責任を取らねばならないのは、彼女ではなく自分だ。
言葉は何も浮かばない。
だが、ひとまずは家に戻ろう。
気持ちが揺らぐ前に行動をと振り返れば、玄関先に意外な人物が立っているではないか。
「品子? お前どうした……」
「こっ、惟之っ。話を、……させろっ!」
両こぶしを握り締めた品子が、まっすぐに惟之を見据えてくる。
唇をかみしめ、顔を赤く染めた姿は『お前に拒否権はない』と言わんばかりだ。
一人でここに来たということは、ヒイラギ達に聞かれたくない話があるのだろう。
自分はそれを聞き、その後にきちんと一連の行動を謝るべきだ。
惟之は品子へとうなずき、言葉を返す。
「わかった。聞かせてくれ」
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次話タイトルは『触れ合えるのは悪いことではない その4』です。




