触れ合えるのは悪いことではない その1
無事に本編も終わりました。
お読みいただいた皆さま、本当にありがとうございます!
さて、こちらは『冬野つぐみのオモイカタ』第三章までのネタバレを含んでおります。
ネタバレは嫌! 読んでから来たいわ! という方は、本編を楽しんでいただいてから来て下さると嬉しいです。
今回の話の主人公は惟之。
時期的には五章が終わったころのお話でございます。
いつものメンバーでの日常の一コマ。
どうかお楽しみいただけますように!
カシャカシャカシャカシャ。
木津家のリビングで、品子が七本の割り箸を混ぜ合わせる軽い音が、惟之の耳へと響いてくる。
どうしてこうなった。
その思いを抱えつつ周りを見渡せば、自分と同じ顔つきをしたヒイラギとシヤが目に入る。
彼らから品子へ向けられた視線は、とても冷淡なものだ。
だが全く気にすることなく、品子は機嫌よさそうに割り箸を両手で挟み込み、シャッフルを続けている。
『まぜまぜなんだな! それをみんなで、えいってするんだな』
明日人の膝の上に座ったさとみが、彼を見上げながら問いかけている。
可愛らしい彼女の仕草に目を細め、明日人は大きくうなずいてみせた。
「そうだよ、さとみちゃん。分からないことがあったら、僕が教えてあげるからね!」
『わぁい、ありがとう! あすと、だいすき!』
「ふふ、嬉しいな。僕もさとみちゃんが大好きだよ」
穏やかな二人の交流に、惟之の隣に座ったつぐみが目を細め呟く。
「いいですねぇ。仲良しな二人を見ていると、こちらも幸せな気持ちになります。靭さんも、そう思いませんか?」
「あぁ、そうだね。……多分、一人を除いてだが」
シャシャシャシャシャシャシャ!
先程から数倍の速さで、割り箸が混ぜ合わされる音が響きわたる。
品子がさとみと明日人を凝視しながら、高速で手を動かし続けているのだ。
このまま放っておいたら、割り箸が摩擦と明日人への嫉妬で発火するのではなかろうか。
ありえない懸念を抱きつつ、思わず品子へと声を掛けてしまう。
「お、おい、品子。そろそろ始めたらどうだろうか」
惟之の声に、品子は真剣な表情をこちらへと向けてくる。
「うん、分かった。……絶対に私が、さとみちゃんといちゃいちゃしてやるんだ」
言動と顔つきが、全く一致していない。
その対象であるさとみが、明日人との会話で今の発言を聞いていなかったのは幸いだった。
あえて触れることなく。
だが、それぞれが心の中で誓うのだ。
絶対に、品子を王様にはさせまいと。
「いや、なんでそもそも王様ゲームをやることになっているんだよ」
思わずこぼれ出た惟之の声に、つぐみが苦笑いを浮かべる。
「見事に先生にのせられちゃいましたよね。さとみちゃんに『やってみたい!』って言われたら、誰も反対できませんもの」
「油断していた。品子が突然に割り箸なんて出してきた時点で、察するべきだったというのに」
「いやいや、さすがにそこまでは。といいますか、そこまで思われてしまう先生って一体」
もはや笑いが消え、つぐみの顔はただの苦々しい表情へと変わっている。
『今日は予定より早めに帰れそうなんだ。せっかくだから、皆で夕飯をたべないか?』
泊りがけの出張だった品子から、惟之に連絡が来たのが今朝のこと。
明日人もぜひ参加をしたいということで、彼を連れて木津家に着いたのが午後三時過ぎ。
呼び鈴を鳴らせば、上機嫌な品子が自分達を迎え入れる。
やがて買い物に行っていたつぐみ、ヒイラギ、シヤ、そしてさとみもまもなく帰ってきた。
皆がリビングにそろったところで、おもむろに品子が鞄から割り箸を取り出してくる。
「研修先の学生さんとの交流会で、面白いゲームを教えてもらったんだ。楽しかったから、みんなでやってみようよ!」
割り箸には赤い印があるものが一つ。
残りのものには、それぞれ数字が書かれている。
皆で割り箸を一本ずつ取り、赤い印を引いた人が王様となり、番号を指定し命令をしていく。
ゲームの説明を品子から聞いたさとみは、キラキラと目を輝かせた。
『楽しそうだ! わたしもやりたい!』
「さとみちゃんもそう思うだろう! さ、みんなで楽しく遊ぼうじゃないか!」
『やったぁ、たくさん遊ぶをするぞ!』
実に平和な光景。
だが、惟之は見てしまったのだ。
品子が口元だけで、にやりと悪い笑みを浮かべているのを。
なぜだかものすごく、嫌な予感がする。
とはいえ、これだけ楽しみにしている少女に、『それは危険かもしれない』などとはとても言えない。
「子供が困るような過度な命令はしないこと」
ひとまずはそう約束を決め、品子の様子をうかがうことにする。
不安げな表情の自分へ、つぐみが穏やかに声を掛けてきた。
「大丈夫ですよ。先生だって、いくらなんでも……」
「待っててねぇ~ん! ハグチュ~、スリスリタイムだよぉ~」
愚かな品子は、こちらに聞こえていることに気付いていないようだ。
己の欲望を隠すことなく歌う品子の姿に、つぐみは能面のような無表情へと変わっていく。
つぐみの視線が鋭くなっていくのを、惟之は見つめることしかできない。
「……靭さん。この冬野つぐみ、全身全霊をもってこのゲームに取り組むことを誓います」
「あぁ。微力ながら、俺もそうさせてもらうよ」
ひそかに張られた共同戦線などつゆ知らず、品子は高らかにゲームの始まりを宣誓する。
「んじゃ、はっじめるよ~ん! 王様だ~れだっ」
「あ、俺だ。よっし!」
ヒイラギが手を上げ、品子とさとみ以外がほっとした表情を浮かべる。
「そうだな、一番と四番は好きな食べ物を言う。これでいこう」
「あ、一番は私ですね」
「お、冬野君と一緒になったね。私が四番だよ~」
つぐみと品子が立ち上がり、好みの食べ物を発表していく。
「私は、タルトが大好きです」
「ふふっ、冬野君の好みはみんなが知っているよね。えっと、私はチョコが大好きだよ~」
それぞれが答えるのを見守っていると、さとみが立ち上がり万歳のポーズをとる。
『はいっ! わたしはお花がすきだ。あと、あまいのたまごもすきだぞ』
「あはは、さとみちゃん。自分の時にだけ答えればいいんだよ」
『あれぇ、そうなのか?』
ヒイラギからの言葉に、さとみはきょとんとしている。
その姿の愛らしさに、皆に笑顔が生まれていく。
その後もそれぞれが王様になるものの、「一緒に歌を歌う」や「握手をする」など無難な命令で和やかにゲームは進んでいった。
品子が王様になる時があるものの、無難な命令を出すだけで暴走する様子はない。
どうやら自分は、心配をしすぎていたようだ。
品子を疑っていたことに、わずかながらの申し訳なさを抱きつつ、惟之はゲームを楽しんでいく。
「あ、いけない! もう結構、いい時間ですね」
つぐみの声に部屋の時計を見れば、時刻は夕方近くとなっていた。
夕飯の準備のためにも、そろそろ終わらせるべきだろう。
品子へ提案しようと視線を向ければ、彼女は待っていたと言わんばかりに口を開く。
「じゃあこれで最後にしようか。ねぇ、せっかくだから最後は盛り上げちゃおうよ」




