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冬野つぐみの『IF』なオモイカタ  作者: とは


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その瞳は何を映す その1

「ちぇ~、やっぱ今日も空振りじゃ~ん」


 野小納(やこな)市のとある繁華街で、誰とも知らない人々を眺めつつ、松永(まつなが)けいは呟いた。


 腕時計は、午後九時過ぎを示している。

 今回のターゲットが最後に目撃されたのは、この繁華街である。

 たったそれだけの情報をもとに、この場所に通い続けて二週間が経過した。

 当人にこそ出会えていないものの、この界隈の有力者とはある程度のコネクションを築くことは出来ている。

 彼らからの協力もあり、今少し時間はかかりそうだが、(あるじ)へ報告できる日も近そうだ。

 明日は早朝から、その里希(さとき)を迎えに行く予定が入っている。

 そろそろ本部へ戻らねばと、松永は駅へ向かう道を歩き始めた。


「あぁもう! この件が終わったら、絶対に休みもらわなきゃ。さすがに里希様だって許可してくれ……」


 言葉を途切れさせ、松永はすれ違った男達へと振り返る。

 人数は五人。

 その中の一人はまだ幼さの残る少年で、残りの四人とは明らかに異質な存在だ。

 名門校と呼ばれる中学の制服を着用した少年は、無表情に前を見据え歩いていく。

 対して四人は十代後半と言ったところか。

 ニヤついた顔で少年を小突きながら、彼らは人気のない路地へと入っていく。


 まだ、本部での仕事は残っているのだ。

 こんなところで、業務以外のことに時間を使う余裕など、もちろんない。

 それでも自分の足は、彼らが消えた路地へと進んでいってしまう。

 少年の光を失った瞳が、どうしてもある人物を松永に思い出させてしまうのだ。


「やだなぁ、早く寝ないとお肌に悪いのにぃ」   


 呟きながら向かう先からは、何かがぶつかる音と、からかいを含んだ声が聞こえてくる。


「あのぉ、すみませーん。そこを通らせてもらいたいんだけど」


 路地へと入り、間延びした声でそう呼びかければ、苛立ちを隠そうともしない表情と声が向けられる。

 だがこちらの姿を確認すると、男たちは戸惑いの視線を互いに交わしはじめた。


 大柄な体格でへらへらと笑う松永の姿に、四人は顔を見合わせると、舌打ちと共に路地奥へと去っていく。


 残されたのは、薄汚れた地面にうつぶせに倒れた少年のみ。

 そばへ近づき、「大丈夫か」と声を掛けると、少年は緩慢(かんまん)な動作で松永を見上げてくる。

 ひどく華奢(きゃしゃ)な少年だ。

 色白な肌や、黒めがちの大きな瞳に、幼いながらも整った顔立ち。

 制服を着ていなければ、その背の低さもあり、小学生にしか見えなかっただろう。

 手を差し伸べるでもなく見下ろしている自分へと、彼は言葉を返してきた。


「あ、……うん。大丈夫」


 声変わり前の高くか細い声は、顔だけ見ていれば性別すらわからなくなりそうだ。

 立ち上がり自身の姿を見下ろした彼は、倒れた際に制服の胸部分に付着した泥汚れに呆然とした表情を浮かべる。

 

「どうした、どこか怪我でもしたのか?」


 松永の問いかけに、少年は首を横へと振る。


「怪我なんて別にどうだっていい。そんなことより、制服が凄く汚れちゃった。どうしよう、こんなの兄ちゃんに見られたら心配かけちゃう」

 

 ――あぁ、その言葉遣いに先程のまなざし。

 彼を放っておけなかった理由を、松永は改めて認識する。

 底知れぬ悲しみ、期待など抱かずただあり続ける姿が、かつての主の姿と重なったのだ。


「替えの制服があればいいのか?」

「う、うん。だけどここは家から遠いし」


 うつむく少年に話しかけながら、松永はスマホである相手へとメッセージを送る。 


「なぁ、おチビさん。ここで十五分、……いや、十分待てるか? そうしたら着替えを渡してやれるぞ」


 松永の言葉に、少年は驚きの表情を浮かべる。 


「えっ、本当に? おじさんは俺の学校の人?」


 中学生のはずだが、その言葉遣いはあまりに幼い。


「んなわけないだろ。お坊ちゃましかいない学校に、こんな格好の人間がいたら、すぐに警察を呼ばれちまう」


 スーツこそ着用しているものの、乱暴な言葉で話す無精ひげの男。

 今の自分は、品行方正からはもっとも遠い姿をしているのだから。

 スマホからの振動に気づき目をやれば、先程の相手から『すぐに部下に届けさせる』という返事が入っていた。

 

「よし、あと少しで制服が届くらしい。その間、話でもして待つとするか」



 ◇◇◇◇◇



「すごい、……本当にうちの学校のだ」


 まもなくして届けられた制服を手に取り、少年は目をみはる。


「だから言ったじゃねぇか。ほら、兄ちゃんがバイト終わる前にさっさと着替えちまえ」

「うん、おじさん。ありがと」


 店もない路地ということもあり、周囲には自分たちの他に人はいない。

 それもあり少年は汚れた制服を脱ぎ、与えられた新しい制服へと着替え始めていく。

 街灯に照らされた、白いほっそりとした少年の体を松永は眺める。


「おじさん、どうしたの?」

 

 不思議そうに問うてくる少年へ、松永は答える。


「いや、お前がひょっとして女の子なのかなって思って確認していた」


 ありのままに答えれば、不満そうな表情がこちらへと向けられる。


「俺は男だよ! ちゃんと言ったじゃん!」

「あぁ、そうだっけか。すまん」


 笑みを向けつつ、制服が来るまでの間に少年と交わした会話を思い返していく。

 親に捨てられた彼は、裕福な伯母の家に世話になっているそうだ。

 伯母の配慮で名門校には通っているものの、周囲となじめず、学校では孤立しているのだという。

 

「俺、話すのがすごく下手なんだ。今の家に住むまでに、あまり人と話をしたことなかったから」

 

 本来与えられるべき愛情も教育も、まともに食事すらも与えられなかった。

 消えてしまいそうなか細い体とあまりに拙い言葉遣いが、言わずともそれを松永へと知らしめてくる。


「おばさんは、仕事が忙しいから家にはいつもいない。だからいつも兄ちゃ……。俺のいとこの(のぶ)兄ちゃんが一緒にいてくれるんだけど」


 寂しげな表情を、彼は浮かべていく。


「兄ちゃんは大学生だから、塾のバイトの先生をしてるんだ。それでね、今日でそのバイトが終わるんだって」


 学校側も少年の学習進度を気にかけており、授業後に彼のために補習を設けてくれているのだという。


「今日の補習がすごく難しくて、いつもよりも時間がかかっちゃったんだ。信兄ちゃんのバイトが終わる時間と変わらなかったから、迎えに行こう。そう思ってここに来たら、知らない人につかまっちゃって」


 進学校の制服を着た子供が、一人でふらふらとしている。

 やさぐれた連中からすれば、ちょっかいを出すのにちょうどいい相手だったということか。


「おじさん、ありがとね。これで兄ちゃんにびっくりされないよ」

「そうか、これからは気を付けろよ。さっきみたいな奴らもそうだが、お前みたいな子供に、悪いことをしたがる大人もいるんだからな」


 この制服も、その類の連中が集まる店のオーナーから拝借したものだ。

 さすがに子供相手に、それは言うつもりもないが。

 その少年はといえば目を伏せ、何やら考え込む様子を見せてくる。

 やがて顔を上げた彼は、松永へと口を開いた。


「おじさんもそうなの? だから俺を『かった』っていうやつにしたの?」


 ――おや、松永様。今夜はその少年を飼ったのですか?


 制服を届けに来た男からの第一声を、少年はしっかりと覚えていたらしい。


 何も知らず、悪意もなく出てきた言葉であるのは分かっている。

 それなのに自分の心に生まれくるのは、まるでその連中と一緒だと言われたような不快感。

 押さえきれぬ苛立ちが、言葉となって松永の口からこぼれ出る。


「……馬鹿なことを言うんじゃない」


 彼がびくりと体を震わせたことで、ようやく我に返る。 

 子供相手に感情をあらわにしてしまった。

 その気まずさもあり、ごまかすように少年の頭へと手を伸ばしていく。


「すまん、驚かすつもりはな……」


 松永の言葉が途切れる。

 絶望と恐怖。

 それを顔にくっきりと表した少年は、近づいてくる松永の手に怯えを見せる。

 目が合うと少年は自分に背を向け、振り返ることなく走り去ってしまった。 

  

「……やっちまったな」


 後悔をつぶやくも、それが彼に届くことはない。

 虐待を受けていたのだ。

 向けられた手は、自分を殴るためのもの。

 彼にはそう思えたに違いない。


 確かあの子は、ここに来るのは今日だけだと言っていたはず。

 もう会うこともないのが、互いにとって幸いと言うべきか。

 じくりと痛む心を引きずり、松永は重い足取りで駅へと歩き始めた。

お読みいただきありがとうございます。

次話タイトルは『その瞳は何を映す その2』です。

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― 新着の感想 ―
いやはや、これはなかなか! 松永さんの別な一面が見られそうですね(*'▽')! こういう、ちょっとビターな話は好きですねぇ この後の展開が楽しみです(≧▽≦)の
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