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室映士は途方に暮れる☆

 (むろ)映士えいじは途方に暮れていた。

 肩と腹に温もりを感じながら途方に暮れていた。

 だが、このままでは話にならない。

 そう考え、ようやく言葉を絞りだしていく。


「おい、これはどういうことなん(にゃー)」


 肩に乗った猫が、言葉を奪うように鳴いた。

 部屋をフラフラとさまよっていた別の猫が、その鳴き声に誘われるかのように室の元へとやって来る。

 そのままとひょいと飛び上がり、絶妙なバランスで自分の頭へと乗って来るではないか。


「ぶっふぅ! 『どういうことなんにゃー』だって。しかも室さんってば、随分と素敵なお帽子を身につけていらっしゃるのね!」


 服装通りの真っ黒い邪悪な笑みを浮かべた千堂(せんどう)沙十美さとみが、自分の前で腹を抱えて笑っている。


「おい、どうしてこう(にゃー)ったのかを説明しろと言っているん(にゃー)」


 今度は頭と腹に乗っている猫たちが、実に絶妙なタイミングで鳴き声を出してきた。


「ひー、何この子たち! 最高なんだけどー! く、苦しっ。やだ私、このままだと笑い死ぬかもぉ~」


 床に座り込み足を年甲斐もなく子供の様にバタバタとさせながら、沙十美は目の隅に溜まった涙を拭っている。


 まずは、どうしてこうなってしまったのかを考えようと室は目を閉じる。

 きっかけは沙十美が、もう一人の『小さい自分』にハロウィンを体験させたいという話からだったはずだ。

 そこで沙十美がその依頼をしたのが、自分の所属する組織内において「観測者」と呼ばれる人物。

 この謎多き人物は、どうやら強力なコネクションを有していたらしい。

 彼女の提案からたった数日後に届けられたのが、いま自分が(まと)おうとしていたハロウィン用の衣装。

 そして、室の体を寝床にせんとしているこの猫たちだった。


「あ~、この子たち可愛いわねぇ。これだけ人懐っこい猫って珍しいわよね」


 室の頭に乗った猫の鼻先にツンと触れてから、沙十美はその猫の頭を撫で続けている。

 撫でられるたびに猫のしっぽが、自分の鼻をするするとなぞっていく。

 さらに言えば、明らかに沙十美は力の加減をせずに猫を撫で続けているのだ。

 その都度、自分の首は赤べこがうなずくがごとく、ぐいぐいと揺さぶられるはめになっている。


 こんな思いをしてまで、自分はこの衣装を着る必要があるというのだろうか。

 そもそも自分から、このようなことをしたいと思ったわけでもないのだ。

 あの二人で、好きなだけ楽しめばいい。

 自分はもう着替えて、日常へと戻ればいいのだ。

 そう考えた室は、腹へと侵入してきた猫に限界まで引っ張られたボタンを外そうと手を伸ばしていく。

 

「……ありがとうね、室。あの子ってば今日を迎えられるのをすごく喜んでいたのよ。あなたにも後で『たのしいをありがとう』って伝えたいって言っていたわ。だからその時くらいは、その不機嫌そうな顔を少しだけ緩めてくれると嬉しいわね」


 彼女からの言葉に思わず止まった手に、腹にとどまっていた猫が鼻先を擦りつけながら甘えた声を出す。


「本当にかわいい子たち。さて、わたしもそろそろ魔女に変身する時間ね。……あぁ、魔女と言えばお供は猫よね。おいで、私の従順なお供たち!」


 その声に従うかのように、三匹の猫たちは自分の体からするりと去って行く。

 

「……お前は蝶だけでなく、猫も操るのか?」


 思わず室が尋ねれば、沙十美はにんまりと笑って答える。


「そんなわけないでしょう。でもなんだかこの子たち、確かに人の言葉が分かっているみたいよね。私もそろそろ着替えてくるわ。さ、猫ちゃんたちは小さな私に挨拶をしに行きましょうか」


 扉を開けたことで別の部屋に興味が湧いたようで、猫たちは沙十美の後を付いて行くかのように、部屋から去って行く。

 ぱたりと閉ざされた扉を眺め、再びいつもの服に着替え直そうと手を伸ばしかける。

 だがこのタイミングで、さきほど猫のしっぽでくすぐられた鼻がむずむずしだすではないか。

 扉の向こうでは、猫たちが走り回っているであろう物音と、白い少女の楽し気な笑い声が聞こえてくる。

 

「あなたに『たのしいをありがとう』と伝えたいって言っていたわ」

 

 沙十美の言葉が、室の頭の中で響くと同時に、堪え切れず室はくしゃみをしてしまう。


「……少々、寒いな」


 外れたボタンをもう一度はめ直しながら、室は独り言をつぶやく。


「これはいつもの服装より暖かいな。……もう少しだけなら、着てやってもいい」


 そう、これは別に少女の為ではない。

 ただ少しだけ、いつもとは気が変わっただけのこと。

 そして、ほんの少しだけ。

 誰にも見せることなく、室は小さく笑みを浮かべる。

 だがそれもわずかの間のこと。

 いつも通りの表情に戻り、室は部屋を出るために扉へと手をかけるのだった。

お読みいただきありがとうございます!

前のお話に引き続きハロウィンのお話をお届けいたしました。

そうです、こちらも素敵なイラストがございます!

鉄之屋様による室映士がこちら!

挿絵(By みてみん)

普段見ることのない、遠い目をした室がここにはおりますよ~。

沙十美の知らないわずかな時間の出来事。

みなさまにこっそりとお届けいたしました。

引き続き『IF』の世界をどうかお楽しみくださいませ!

お読みいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] もう(●´ω`●)(←語彙の崩壊 ニマニマが止まりませんでした どの回もとっても面白かったです!
[一言] とはしゃん、大変です。 里希君一筋のほくろが、このハロウィンを通して室さんに何度も悶えさせられています。 ああどうしよう。なんて伝えればいいでしょう。 とにかく室さん素敵。オモイカタで初めて…
[良い点]  可愛い。 [一言]  とはさまに、『たのしいをありがとう』と伝えたいです!
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