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チョコレートは誰に届くのか その1

「ふぅ、美味しかったぁ。ごちそうさまです!」


 きれいに食事を食べ終え、両手をぱちりと合わせるつぐみを、品子(しなこ)は穏やかな表情で見つめる。

 

「冬野君、いい時間を過ごさせてもらったよ。たまには外食というのも悪くはないね」

「はい! 今日は付き合ってくださり、ありがとうございます」

「いやいや、君からのデートのお誘いだよ? 何があっても駆けつけるに決まっているじゃないか」

「でっ、デートだなんて、そんな……」


 顔を真っ赤にして、つぐみは品子を見上げてくる。


「だって、『たまには二人だけで、ご飯でも食べませんか?』って。これはデートのお誘いの言葉としか思えないよ」

「む、むぅ。確かにそう言われてみればそうかも」


 腕を組み、うなりながら語るつぐみの姿に、品子は思わず吹き出してしまう。


「ぷぷっ、ごめんね。そんなに考えこんじゃうとは思わなかったから」

「あっ、また私をからかったんですか? ひどいです先生」


 頬をぷぅと膨らませる姿に、愛おしさが芽生えていく。

 そんな品子の視線に、つぐみは照れた表情を見せてきた。


「そうそう。デートと言えば、そろそろバレンタインだね。冬野君は誰かとバレンタインデートの予定は入っているのかい?」


 笑って話を聞いていた彼女は、後半の品子の言葉に口を金魚のようにパクパクとさせていく。


「そ、そんな予定は全くありません! でも、……そうですね」


 うっとりとした表情でつぐみは語る。


「好きな人に手作りチョコを渡して、『頑張って作ってくれたんだね』って言ってもらえたら。とっても幸せでしょうね」

「うん、確かに。冬野君から、そんなふうにもらえる子が羨ましいよ」


 笑顔でそう言いながらも、いつか来る『その時』に、自分はどんな気持ちになることか。

 品子はつい、そんな思いを抱いてしまう。

 つぐみだけではない。

 従妹のシヤにも、好きな男性が出来て、いつかは自分から離れていってしまうのだ。

 喜ばしいことであると分かっているが、やはり今は寂しさの方がまさってしまう。


 だが、大学生のつぐみはともかく、シヤはまだ中学生だ。

 まだしばらくは、自分と一緒に過ごしてくれるはず。

 そんなことを考えながら、時計を見れば店に入ってから随分と時間が経っていた。


「冬野君、そろそろ帰ろうか?」


 同じように時間を確認したつぐみが、「そうですね。そろそろいいでしょうか」と呟きながら席を立った。

 彼女の言葉に引っ掛かりは感じたものの、会計を済ませ店から出る。

 いつもより少し遅れて家に戻り、玄関を開ければ、ふわりと漂うのはチョコレートの香り。


「ん、なになに? いい匂いがするじゃないか!」


 つい弾んだ声を出せば、ばたばたと家の中から騒がしい音が聞こえてくる。

 不思議に思いつつ、靴を脱ごうとすれば、青いエプロン姿のヒイラギが玄関へと駆け込んで来た。


「し、品子! えっとなんだ! その……」


 いつもと違う姿に加え、珍しく動揺した様子でヒイラギが話しかけて来る。


「お、ただいまヒイラ……」


 品子の言葉を遮り、後ろからつぐみの声が響く。


「うわわ〜! 私ってば、急にタルトが食べたくなっちゃいましたな〜」

「え? 『なっちゃいましたな』って、すごい言葉遣いだね、冬野君」


 いつも以上におかしなつぐみの言動と動揺に加え、品子の目に映ったもの。

 それは、リビングからこちらをのぞき込んでいるシヤの姿だった。

 彼女もヒイラギと同じ青色のエプロンを着て、隠れるようにこちらを見つめている。

 その瞳はうるみ、ほんのりと頬は染まっているではないか。


 もうすぐバレンタイン。

 チョコレートの香り。


 これは、まさか。

 シヤは誰かに手作りチョコを贈ろうとしているのか。

 衝撃を受ける品子の耳に、ヒイラギの声が聞こえてくる。


「そうか、冬野はタルトが食べたいのか! 品子、ちょっと喫茶店でも行ってタルトを食べて来い!」

「そうですよ! ヒイラギ君の言う通り、冬野はとっても先生とタルトが食べたいのです!」


 明らかにつぐみが、おかしな言動をしている。

 それに突っ込む気力すらも、今の自分にはない。

 つぐみに後ろから腕を引っ張られ、抵抗することもなく品子は足を進めていく。

 思うのは、ただ一つだけ。


 ――シヤは一体、誰にチョコを贈ろうとしているのだ。

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