人出品子は出会う☆
「ふっふぇ~、終わりじゃ~~い!」
スマホから依頼完了のメールを送信し、品子は空を見上げていく。
夕暮れ近い空は、青とオレンジが互いの場所を奪い合うかのように、それぞれが主張しあっているかのようだ。
冬の寒さを伝える風を受けながら、この後のことを考えていく。
品子は組織の依頼で、木津家のある戸世市から遠く離れた、四国地方のある県にいた。
うまく立ち回れたこともあり、仕事は予想外に早く終わらせることが出来ている。
このまま木津家に帰ろうか。
そうは思うものの、体は正直なもので、早く休ませろと疲れを訴えてきている。
このような自然豊かな場所に来る機会が、なかなか無いというのも事実。
大学には休みを届け出ていることもあり、あわてて帰る必要もない。
ならば今日はこの辺りで一泊して、観光を楽しんでから帰ることにしようと決め、木津家へと連絡を入れる。
電話に出たのはつぐみだった。
「無理をしないで、気をつけて帰ってきてくださいね」
彼女の性格が伝わってくる、優しい声と心遣いに思わず笑みがこぼれた。
自分を大切に思ってくれる人がいる。
幸せに浸りながら、駅へ向かおうとした品子の耳にバシィッという大きな音が響いた。
その直後に、目の前にある家から老夫婦が飛び出してくるのが見える。
品子の存在に気づくことなく、老夫婦は一目散に走り去っていってしまった。
穏やかではない状況に、品子の顔つきは鋭くなっていく。
家の前まで向かい見上げた先の窓には、大きなひびが入っているのが見える。
もしや強盗でも入ったのだろうか。
だが今、自分がここに介入するべきであろうかという思いもある。
立場を明かさず、警察を呼ぶべきか。
そう考えている品子の目の前で、玄関がゆっくりと開いていく。
扉から現れたのは、小さな女の子だった。
驚いている品子の顔を見た少女が、不思議そうに呟く。
「あれ? 狐のお姉さん、じゃないや? 普通の人、……だよね?」
品子の心が大きく揺れる。
――そんな馬鹿な。
この少女は、私の媒体を理解している。
つまりこの子は、人ならざる力を持ち合わせているということ。
気が付けば品子は、少女に向け、強い口調で問いかけてしまっていた。
「君は……。君は一体、何者なんだ?」
◇◇◇◇◇
品子の声に、少女はびくりと体を震わせる。
その顔にあるのは恐怖。
そして、それ以上に見せたのは後悔の表情だ。
「ごっ、ごめんなさい! ひなは何も見ていません。だからっ、だから……」
それ以上には、何も言えなくなってしまっている少女へと品子は声をかけていく。
「あっ、あのね。……大きな声を出してごめん。君の名前はひなちゃんでいいのかな?」
言葉を返した品子を、少女は驚きの表情をもって見上げてくる。
「お姉さんは、ひなが嫌じゃないの? 気持ち悪くないの?」
彼女の言葉に、品子の心がちりちりと痛みを訴えてくる。
少女が言うその感情を、自分は知っている、……憶えているのだから。
異能を持ち合わせた『発動者』と呼ばれる自分。
この子と同じ年の頃は、その力を制御できないことも多々あったのだ。
それにより引き起こしてしまった現象に、何も知らない同級生から奇異の目で見られたり、『化け物がいる』などと言われることもあった。
だから自分は知っている。
この子がどうしてほしいのか、どんな言葉を掛けて欲しいのかも。
「嫌なわけあるもんか、気持ち悪くなんかちっともない。ねぇ、お姉さんは品子っていうんだ」
「品子、……お姉さん?」
「そうだよ、でもそうだな。私はひなちゃんとお友達になりたいんだ。だからね」
いたずらっぽい笑みを浮かべて、品子はひなへと手を差し伸べる。
「私のことは『しなちゃん』て呼んでくれない? どうかな、ひなちゃん?」
◇◇◇◇◇◇
「それでね、おうちにいる人に怒られてね。その男の子にコードでぐるぐる~って縛られちゃって」
品子はそう言ってから、両手をぴったりと体につけて体をくるくる回転させる。
「ええっ、ぐるぐるしちゃうの! 痛くないの?」
「ちょっと痛いよ~。でもね、ごめんなさいって言ったら、男の子の隣にいる優しいお姉さんが『次は気をつけましょうね』って言ってね。ぐるぐるを取ってくれるんだ~」
「しなちゃん、大変だったんだね。ひなはぐるぐるされたくないや」
「そうだね、次からは私もぐるぐるされないように頑張る~」
それから二人は手をつないだまま、玄関で座り込んで話をしていた。
品子は話す。
自分の失敗や、面白かった出来事を。
ひなはそれを「しなちゃんって変わってる!」といいながら嬉しそうに聞いてくれていた。
やがて空にあったオレンジが、星を連れた紺色に染まろうとする時間になる。
そろそろ自分の宿を探さねばならない。
「ひなちゃん、そろそろ私は帰るね」
ひなの顔に浮かぶのは、深い悲しみ。
だが彼女は、祖父母と一緒に住んでいると言っていた。
彼らは、ガラスが割れたので驚いて出かけていったという。
修理の依頼に行ったのであれば、いずれは帰ってくるのだ。
いっそ、この子を連れていってしまおうか。
そんな考えがよぎる。
ひなが、何かしらの発動の力を持っているのは間違いない。
ならば、白日で保護をしてもいいのではないか。
だが祖父母という庇護者がいるのであれば、勝手に連れていくわけにもいかない。
様々な思いを巡らせながら品子は、彼女へどう言葉を掛けようかと考えていく。
やがて選んだ言葉は。
「ひなちゃん、これをもらってくれるかな?」
品子は鞄から、予備のヘアゴムを取り出した。
静かに、だが強く念いを込め、そのヘアゴムへと発動の力をのせていく。
――これを彼女が持っていてくれる限り、どんな場所にいても自分は彼女の元へとたどり着ける。
「ありがとう! ピンクで可愛いヘアゴムだね」
「ひなちゃんと私の友達の証だよ。私にまた会いたいと思っていてくれる限り、それを持っていてくれたらいいな」
不思議そうにしながらも、ひなは嬉しそうにヘアゴムをポケットへと入れる。
「わかった! ひなね、しなちゃんにまた遊びに来てほしいな」
「もちろんだよ。お友達パワーがあるから、また必ず会えるからね!」
その言葉に、ひなはほっとした顔で笑う。
子供らしからぬ表情に、品子はぐっと唇をかみうつむく。
「しなちゃん? どこか痛いの?」
寂しさを堪え、それでも自分を気遣う彼女にこんな顔を見せられない。
何とか笑顔を浮かべ、品子は顔を上げると、ひなへと話しかけていく。
「次に来るときはね、私のお友達をたくさん連れてくるよ。ぐるぐるのお兄ちゃんに、その子の可愛い妹。それにぐるぐるを取ってくれた優しい女の子もだよ。きっとみんなひなちゃんのことが好きになっちゃうだろう。けど一番君を好きなのは私だし、ひなちゃんには私が一番でいて欲しいなぁ~」
「ふふ、なにそれ~! でも、いいよ。しなちゃんを一番にしてあげる」
今度こそ寂しさの消えた笑顔で見上げてくるひなを、品子は穏やかな笑顔で見つめる。
目を細め、次に会える日が来ることを二人は約束する。
陽だまりのような、ひなの笑顔に品子は心から願うのだ。
いつも自分の傍らにいてくれる彼女のような温かな幸せが、どうかこの子に降り注いでくれますようにと。
こちらの話には陰東 愛香音様作『モノの卦慙愧』の主人公であるひなちゃんに登場していただきました。
作品はこちら↓
https://ncode.syosetu.com/n7828ij/
人ならざる力を持つゆえに、孤独な思いをしているひなちゃん。
品子はひなちゃんに、かつてのつぐみや幼き頃の自分を重ねていたのかもしれません。
違う世界線で生きる二人ですが、もしそんな二人が出会ったら?
こんなことがあってもいいな、あったらいいなと思いながらお話を書かせてもらいました。
『IF』ならではの世界、楽しんでいただけましたでしょうか?
そんな二人のイラストがこちら!!
再び彼女達がめぐり合えることを私も願っております。
ここまでお読みいただきありがとうございました!




