飛んだ記憶1
とある日、翔は嫌な夢を見ていた。
互いに争ったような屍の山、輪郭はぼやけているが見知った顔もある気がする。
奥に見える人影、敵であろうその姿も影がかかりよく見えない。
自身の足元に広がる血溜まり、視界がふらつきブラックアウトする。
ガバッと体をお越し息を整えると不意に頭痛がする。
そしてそこが病院のベッドの上で何事なのかと周囲を見渡すと不安そうに見つめる黒姫の視線と目が合う。
「君は…誰だ、俺は誰だ?」
頭を押さえながら必死に思い出そうとするが何も出てこない。
「翔君…記憶が!?えっと…」
黒姫が必死に状況を説明する。
お互いの名前と翔が朝何時ものように起きてリビングに降りようとした時に転び頭を強く打って血を流して気絶したという事だった。
「そ、そんな間抜けな…」
黒姫が苦笑いする。
「きっと記憶もすぐ戻ります、取り敢えず起きたこと伝えてきますね」
そのまま去っていく背中を見て悪夢を思い返す。
(あの夢はなんだったんだろう…)
ドタドタと騒がしく何人もの人が入ってくる。
「皆さん待ってください、翔君は…!」
黒姫が止めようとするが次々と心配する声をかけられて翔は混乱する。
なんとか黒姫がその場を治めて翔が一時的な記憶喪失な事を説明する。
「なんやて!親分のウチを忘れたんか」
「ちょっと翔に変なこと吹き込まないで、私の下僕よ!」
玉藻前と神鳴が嘘を吹き込もうとするが黒姫が静かに怒りながら二人に言い聞かせる。
「一時的と説明しましたよね?記憶戻った時に怒られますよ?私の…コホン」
黒姫が何か言いかけたが言葉を飲み込み誤魔化す。
「そんな事より医者呼ばなくて良いのであるか?」
ダンの冷静な言葉に全員正気になり黒姫が再び病室を出ていく。
医者の診断を受けてやはり一時的な記憶喪失とされる。
その後翔をどうにか元に戻せないかと話し合う。
「どうすれば戻るかしら…」
神鳴が顎に手を当て思案する。
「せや、もう一回衝撃与えればええんとちゃう?」
「壊れた機械を無理矢理直すみたいな?」
テレビで見たのか酷くアナログな思考に至る。
「翔君は頭に怪我をしてるんですから絶対に安静にしないとダメですよ!」
「ここは黒姫殿に任せるである、帰るであーる」
ダンが神鳴と玉藻前を引っ張り連れ帰っていく。
あまり深刻に考えていないように翔は黒姫に現状を伝える。
「うーん…やっぱり何も思い出せない」
「夏休みはまだありますからね、ゆっくり思い出しましょう」
「…夏…休み?休みを満喫できない…だと…」
急に顔が険しくなる。
「気にするのはそこですか?」
「何か…大事なことを忘れている気がするんだ…」
「大体全部忘れてます、時間はあるので傷を治してゆっくり思い出しましょう」
黒姫がボケか分からない翔の呟きを一蹴して何か欲しいものがあるか聞く。
「うーん、暇だし漫画とかあったら頼む」
「なるほど、一度読んだことあるものなら記憶も少しは戻るかもですね…」
翔も黒姫に言われて確かにと気付き是非とお願いすると黒姫は急いで病室を出ていく。
一人になった翔は窓の外を見て馬鹿げた理由で記憶を失った自分を嘲笑いながらため息をつく。