未練
昼過ぎに黒姫が帰宅し神楽が既に居なくなった事を確認してから翔の部屋の扉をノックする。
何を話したのか、個人的に内容が気になってしまい無粋と分かりつつどうしても聞きたかった。
返事は無くゆっくりと扉を開けるとヘッドホンを着けてパソコンに向かって何かをしていたのでゆっくり近付いて声をかける。
ノックが聞こえていなかった翔はビックリするが黒姫だと気付き安堵する。
「うお、脅かさないでくれ」
「ノックしたのですが…すみません」
謝られてヘッドホンで気付けなかった自分が悪いと思い直してすぐ謝り返す。
「いや、聞こえなかった俺が悪いな…どうしたんだ?」
普段は部屋に直接来ない黒姫の行動に疑問を感じて確認する。
「いえ、そろそろお昼ですし…」
本人を前にして本題を切り出せず時計をチラッと見て昼食にしませんかと誘う。
「ほんとだ、先に下で待っててくれ」
黒姫が頭を下げて部屋を出る。すぐに翔はパソコン周りの整理をしてリビングに降りる。
黒姫が冷蔵庫の余り物で何か作ろうかと思案していた。
「あんまり残って無いですね…」
「あー、そうだった…買い物行かないとな」
朝色々と切らしていたのに気付いていたのを忘れていた翔は頭を掻く。
「面倒だし出前でも頼むか」
黒姫の返事を待たずに携帯を操作し始める翔に黒姫は本題を話す。
「そういえば神楽先生と何話していたんですか?」
翔の一瞬動きが止まりすぐに携帯の操作を続ける。
「んー、まぁ元の世界に帰りたいかどうかとか?」
「元の世界…」
黒姫が少し考えて翔の意見を聞く。
「翔君は何と答えたのですか?」
「俺は…正直に言うと帰れるなら帰りたいさ…」
携帯の操作を終えてテーブルに投げ出す。
「本当に?」
「自分勝手だろ?はは、今の環境も悪くないが平穏で静かな…いや、違うな、残して来た両親が心配なんだよ」
「ご両親…でもこの世界で翔君のご両親はいますよ?」
翔が乾いた笑いをして悲しい顔をする。
「残した約束が呪いみたいに引きずって仕方ないんだよ、あの日晩飯までには帰るって…くだらないだろ?」
黒姫が自分を嘲笑する翔に何か精一杯フォローしようとするが言葉に詰まる。
「あー、忘れてくれ」
黒姫の様子を見て翔はため息をついて謝る。
「つまんない俺の未練を聞かせて悪かったな」
「いえ…私ももう一度母に会えるかもと思うと…」
更に気まずい空気になる。
「あー、嘘つてでもはぐらかすべきだったな」
翔は財布を取り出して料金の用意を始める。
「現金払いですか?クレカあるのに」
「馬鹿か?また黒鴉がすっ飛んでくるだろ…」
「…あ、そうですね」
二人は苦笑いした後深いため息をする。
今回の話題の件で結構今後引きずるかもなと翔は思うのだった。