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「こうして、俺は旅に出たわけだ……」
そう言って、グルトはしみじみと長い昔話を締めくくった。最初は渋々だったアルも、たった三行で説明できそうな昔話を熱心に聞いていたのは、悲しいかな、それがアルの生真面目な性分だからである。
「なるほど……畑の守りを補強してもそのたびに魔物が荒らしに来るのでは、いたちごっこですもんね。とはいえ、魔王に文句を言いに行くって無茶苦茶じゃないですか?」
「何でだ?」
「何でって、相手は魔王なんですよ? いくら師匠が強いとはいえ……そんな近所の気難しいおじさんに文句言いに行くみたいなノリで行けるわけないじゃないですか。そもそも魔王は、もう何年も前に勇者様に倒されたんですよね? もうこの世にいない相手にどうやって文句言いに行くんですか?」
もう八年前だか九年前だかになるか、勇者率いる冒険者一行が魔王を討伐した。当時アルの住んでいたのは片田舎の小さな町だったが、それでも噂は広まってきた。
それ以降、噂を証明するかのように、魔物の勢力は徐々に弱まっていった。グルトの畑を襲った魔物の群れや先日のリキュー村の件など、いまだ魔物が出没することはあるが、数は大分減り、弱体化しているのは間違いない。
アルのもっともな指摘に、グルトは耳をほじりながら平然と言った。
「倒したっつっても、殺したわけじゃねえからなあ」
「……え?」
「あの時あんだけフルボッコにしてやったのに、手下の管理を怠ってるってことはあの野郎、また調子に乗ってきてんな」
そんなグルトの口ぶりに、アルは目が点になる。
(……まさか。そんなはずがない。確かに信じられないほど強いけど……こんな口が悪くて金に汚い人が、まさか……)
「師匠が昔入ってたパーティって……魔王を倒した、勇者様一行……だったりします?」
おそるおそる聞いたアルに、グルトは耳クソをフッと飛ばしながら、何でもない風に言った。
「そだよ」
「えぇっ!?」
突然のアルの声高に、グルトはビクッとなる。
「そんな……どうしよう!? まさか本人にお目にかかれるなんて──あっ、サインもらってもいいですか!?」
「おまえ……意外とミーハーなんだな……」
「ミーハーだなんて! 世界を平和に導いた英雄のお一人なんですから、誰だってこうなります! あぁっ、そういえば羽ペンどころかインクさえ持ってない……!」
「持ってたってサインなんてしねーからな、面倒くさい。それに男に騒がれたって嬉しくもなんともねえ」
胸糞悪いと言いたげにケッと吐き捨てると、グルトはたき火で焼いていた山鳩の様子を確認する。満足な焼き加減だったのか、そのひとつを持ちあげると、アルに突き出した。
「ほれ、焼けたぞ」
「あ……ありがとうございます」
アルは一瞬ためらったが、渋々それを受け取ると、グルトの手元をジトっと睨んだ。
「でも、師匠のその手……耳ほじくってましたよね」
「小っせえこと気にするんだな、おまえ。俺のファンなんじゃねえのかよ」
「それとこれとは話が別です。それに、師匠のことは世界を救った英雄として尊敬しているのであって、別にファンというわけではありません。私の憧れの人は別にいますから」
「かわいくねえ弟子だぜ」
そう言うと、グルトは大きな口で肉にかぶりつく。アルもなんだかんだ言ったが、空きっ腹に食事はありがたく、ぱくりと肉に嚙みついた。
二人はしばらく無言で食べていたが、アルはふと気になることがあって、グルトに尋ねる。
「師匠、剣の修業はいつしてくれるんですか? まだ師匠の後をついていくことしかしていないじゃないですか。次の町に着いたら、とかですか?」
早くも一つ目の肉を食べ終えたグルトは、次の肉を手に取りながら言う。
「ま、ちゃんと考えてあるから心配すんな」
「……分かりました」
そう言われては待つしかない。アルとしては一日でも早く剣の腕を上達させたいところなのだが、師匠がそう言うのなら仕方がない。一人で剣の素振りくらいは毎日やっているのだが、しばらくはこれを続けるしかないようだ。
アルの心の中にくすぶりを残したまま、旅が続くことさらに数日。
二人がたどり着いたのは、またもや田舎の村だった。
「……なんだか暗い村ですね」
村の中に入った二人だったが、そこらに座り込む村人たちはため息をつくばかりだ。グルトとアルを気にする者など一人もいない。リキュー村ではそうだったが、普通は見知らぬ人間が村に立ち入れば、良くも悪くも注目を集めるものなのだが。
そのうちに民家を抜けて、広い畑に来た。その畑を見て、グルトたちは目を見張る。
そこにあるのは整然と手入れされた畑ではなく、土はどこも掘り返され、植えられていたはずの野菜もぐちゃぐちゃにかじられている畑だったからだ。
畑の端では、暗い様子の村人が一人座り込んでいる。グルトはためらいなく彼に声を掛けた。
「おい、おっさん。どうした?」
「どうもこうもないだ。ヤツが出たんだぁ」
「ヤツ?」
アルも身をかがめて訊くと、村人は顔色悪く頷いた。
「んだ。“掘り返しの猪五郎” がまた出たんだぁ」
詳しく聞くとこうだ。
このスナ村は、昔から幾度となく猪型の魔物──エリュマントスの群れに畑を荒らされてきた。奴らのスナ村の畑に対する執着は強く、収穫前に限って現れる。飛び越えられないような高い柵を立てて対策するも、地中深く刺した柵でもその強靭な鼻で掘り起こして侵入するらしい。
さらにその強靭な鼻は畑内でも炸裂し、土を掘り返して作物をめちゃくちゃに食い散らかしていくのだという。
「罠にもかからねえし、このまんまじゃいけねえってんで、村の男総出で夜通し畑の番をしたこともあっただ。んだも、折よく現れた奴らにおらたちが一斉にかかっても軽くいなされていっこも敵わねえ。もうこのまま飢え死にするしかねえだ」
「そうだったんですか……」
アルは農夫ではないが、手塩にかけた作物を収穫直前に無残に荒らされるやるせなさは容易に想像できる。リキュー村の時のように、この村のために何かしてやりたかったが、その前にグルトの方をちらっと見る。
(また甘ちゃんだと言われるか……)
村人総出で敵わなかった相手に自分が敵うとは思わないが、このまま捨て置くのはアルの本心ではない。どうしたものかとアルがうーんと唸っていると、まさかのグルトがこんなことを言った。
「村長はどこだ?」
怒気を含んでいるようなその目にたじろぎながらも、おっさん村人はあたふたと駆けて行った。
「ま、待っててくんろ。今すぐ連れてくるだ!」
その姿を見送ると、グルトはどすんとその場に腰を下ろした。むすっとしたグルトとは対照的に、アルは顔をパッと明るくさせて訊いた。
「師匠! 村を助けてあげるんですね!?」
「別に他意はない。通りがかったついでだかんな」
それでもアルは嬉しい。困った人を見捨てるのは忍びなかったから。
「正直、村の助けになりたいって言ったら、駄目だって言われると思っていました」
「……俺の村も同じだったからな」
その一言で、アルはグルトの昔話を思い出した。
(そうだ……師匠も、この村の人たちと同じ想いをしてきたんだ)
それでこの状況を打破するため、今日も旅をしているのだ。自分と同じ辛い状況に陥っている者を、グルトが見捨てるわけがないのだ。
「……すみません、なんだか師匠のことを誤解していたようです。師匠はお金のためにしか人助けをしないと思っていました。仮にも世界を平和に導いた人がお金でしか動かないだなんて、そんなわけあるはずがないのに」
付き合いの短い仲だが、アルはグルトのことを金に汚い人だと思っていた。
いや、完全にそう思っていたわけではなく、ほんのちょびっと、少しだけ思っていただけだが。
アルが自分の浅ましさに恥じている横で、グルトはさらりと言ってのけた。
「ちなみにな、討伐料はしっかりぶんどるぞ」




