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◇◇◇
──グルトは初めのうちこそ、順調な農夫ライフを送っていた。
だが、戦士から転職して五年も経った頃だ。奴ら(・・)がやって来るようになったのは。
「おーい、グル坊~」
ある日、グルトがいつものように畑を耕していると、隣の家のおやじが声を掛けてきた。
「ったく、グル坊じゃねえよ。俺ぁもうガキじゃねーんだぞ。見ろこの鍛え上げられた筋肉」
わざわざ鍬を置き、袖をめくって隆々とした上腕二頭筋を見せつけるグルトだったが、おやじはかっかっと笑うだけだ。
「農夫一筋50年のわしからすれば、おまえなどまだまだケツに殻が付いたヒヨッコよ!」
「……で何の用だよ、おやっさん」
「これ、いらんか?」
そう言って、おやじが四角い箱を放り投げるように渡してきた。
「種床じゃねえか。なんだってんだ……」
種床の中を覗いて、グルトは驚いた。
「こっ、これはっ……! 発芽率1%以下と言われるマジカルハーブの苗……!」
マジカルハーブとは、大変貴重な薬草の一種だ。食用でも用いられ、そのマジカルな風味ゆえにコアなファンも存在するという。
そして、マジカルハーブがなぜ希少価値が高いのかと言えば、種を蒔いてもなかなか発芽に至らないからである。
その苗が、今、目の前でわんさかと生えているではないか。
「な、何でこんなに……」
グルトがあんぐりと口を開けていると、おやじが説明した。
「いや、な? 最近、都会でこのなんたらハーブっちゅうのが流行ってるって小耳に挟んでよ。これからの時代、農家もよそと同じようなもんばっかり作ってるんじゃあ、生き残っていけねえかんな。うちの村も特産品を作ろうってもんで、村長と相談しながら、試しに色々と考えてるんだよ。これもその一つだ」
「いや、そんな『試しに』とかで簡単に芽の出る代物じゃあねえぞ、こりゃ」
「だからこの道50年って言ってんだろ」
そう言ってパンと腕を叩くおやじを見て、グルトは土下座した。
「一生ついていきます、おやっさん」
「なら、グル坊の畑でも育ててくれるな。よろしく頼むぜ」
おやじはそう言うと、押してきた一輪車から種床を5つ、追加で地面に置く。それから、次の農家へと向かうため、一輪車を押しながら去っていった。
「じゃあな~、ちゃんと畝立てしろよ~」
「おう! 任せとけ!」
それからというもの、グルトは村の一大事業のため、ますます畑仕事に精を出した。畑に肥料を撒き、耕し、畝を立て、託されたマジカルハーブの苗を丁寧に植え付けていく。
等間隔に苗の植わった畑を眺め、グルトは満足気に汗を拭った。
「よしよし、ちゃんと大きくなってくれよ」
しかし、三日後。朝、世話をしようと畑に出たグルトは、目の前の光景に唖然とした。
「な、なんだよこりゃあ……」
マジカルハーブ畑は散々なことになっていた。どうやら魔物の群れが入ったようで、掘り返した跡や踏み荒らした跡が残っていた。丁寧に植えた苗はもちろん、すべて台無しだ。グルトはがっくりとうなだれた。
畑をやられたのはグルトだけではなかった。隣のおやじは、村の他の農夫にも苗を配っていたが、他のマジカルハーブ畑も同じように魔物に荒らされていたらしい。
こうして、マジカルハーブの特産品化計画は立ち消えとなったのである。
──だが、タダではへこたれないのがグルトである。
隣のおやじが再び、新たな特産品を考えて、持ってきた。
おやじが持ってきたのは、オレオレオレンジの苗木だった。オレオレオレンジの果実は、自分がいかにジューシーかつ野性味あふれる柑橘類であるかをしつこく主張してくるという、一風変わった果物である。
人里離れた樹海が原産の果樹なので、上手く育つかは分からなかったが、またもや試しに作ってみようという話になったのである。
というわけで、村の農家それぞれでオレオレオレンジの果樹園を作ることになった。
ある日、グルトは植え終わった100本余りのオレオレオレンジ畑を眺めながら、隣のおやじと喋っていた。
「あ? 観光農園~~?」
おやじが出した素っ頓狂な声に、グルトは頷く。
「そうだよ。ただ農作物を作って売るだけじゃ、代り映えしないだろ? だが、客に収穫体験してもらえば、その体験料が取れるし、収穫した物もついでに売れる。俺たち農家が収穫する手間と時間も省けるし、一石三鳥というわけだ」
「……確かに。そうなりゃ、市場まで農作物を運んで売る手間も無くなるなぁ」
グルトが思いついた妙案に、おやじはうんうんと肯いていたが、途中で難色を示した。
「だがな、収穫体験なんてしたがる奴なんているかぁ? 田舎モンがわざわざ金払ってまでしたがるはずがねえし、都会モンだって3Kと名高い農作業をしには……」
「ふっふっふ……甘いぜ、おやっさん!」
グルトはにやりと笑うと、したり顔で話し始める。
「俺の10年の冒険者経験からいうと、都会モンほど自然に癒しを求めている! 魔物の動きが鈍くなってきた今こそ、世界中を旅してみたいっつー人間が増えてるんだよ! だからこれからは、世界中の人間がターゲットと言えるのさ‼」
「おぉ……! 勇者様と共に旅してたグル坊が言うと、なんだか説得力があるな」
「もっと言えば、観光農園の農作物をオレオレオレンジだけじゃなくて、それぞれ旬の違う農産物もいくつかあれば、なおよいと思うぞ。一年を通して、客を呼び込めるからな」
「なるほど……。もう、村一体を観光農園にしちまうってのもアリだな……」
おやじがふむふむと肯いていると、グルトが付け足した。
「でもな、ひとつ注意点がある。観光農園を開くにあたって、農園はすべて、柵で囲った方がいいと思うんだ」
「……なんでだ?」
おやじの顔を見る限り、反応はイマイチだ。だが、それもグルトの想定内だ。これまで畑を柵で囲むなんて慣習は、この村にはなかったのだから。
「理由は二つある。ひとつは、観光農園だからだ。入退場の出入口を設けとかないと、客が自由に出入りしちまう。これで農作物の持ち逃げも防げるしな」
「……ふたつ目は?」
「魔獣害を防ぐためだ」
「なんたらハーブのことか……」
一年前の腹立たしさを思い出したのか、おやじは息を勢いよく吐いて呟いた。
「しかしなあ……農園全体を柵で囲むってのは、えれぇ骨折りだぞ? それに、うちの村は山や森から離れた所にあるせいか、これまで滅多に魔物の被害に遭ったことがねえだろ。一年前のは偶々で、運が悪かっただけなんじゃねえか?」
「甘いぜ、おやっさん」
グルトは世界を旅してきたから知っている。世の中には、魔物たちに『餌場認定』され、幾度となく畑を荒らされている村々を。
「奴らは、楽に餌にありつけた場所は覚えてるもんだよ。手は早いうちに打っといた方がいいってもんだ」
「そうか……。ま、今から村長のとこに行って相談してくるよ。柵の件も含めて、観光農園はどうかってな」
「おう、いい返事待ってるぜ」
それから、村長や村の衆と何度も話し合いを重ね、ついにグルト発案の『観光農園』事業は採用されたのである。
オレオレオレンジが本格的に実をつけるには、最低五年はかかる。それまでは手軽に育てられる野菜で観光農園を盛り立てていこうという話になった。
まず育てることに決まった野菜は、スウィートハート・ポッテイトゥという品種のイモだ。とても甘味が強く、どんなに無骨な荒くれ者も、ひとたびこれを口にすれば、情熱的なジェントルマンに仕立て上げてしまうという代物だ。
村中の畑にこのイモを植え、収穫期までの間は、山林で切り倒してきた木を使って柵の設置に勤しんだ。
「よし、柵も設置したし、準備は万全だ」
スウィートハート・ポッテイトゥの実もそろそろ収穫、さあ観光客を呼び込もうという頃に、奴らは再びやって来た。
「グル坊、おまえの所はどうだ……!」
その朝、隣のおやじが畑に居たグルトの元に駆け込んできた。だが、グルトの畑をひと目見て、悔しそうにつぶやいた。
「そうか、おまえの畑もダメだったか……」
グルトの畑も、他の畑も、イモ畑はめちゃくちゃに掘り返され、イモを食い荒らされていた。この状況を防ぐための柵は、無惨にもなぎ倒されていた。
「……なあ、グル坊。これっておまえが前、言ってたやつじゃないのか。ほら、『餌場認定』ってやつ」
隣のおやじが躊躇いがちにそう言うと、後ろからついてきていた村長や村の農夫たちが、絶望した顔でひそひそと囁き出した。
「うちの村もとうとう魔物の手に……」
「あぁ、おらたち、このまま何の作物も育てられずに飢え死にするべか?」
「こうなりゃ、この地は捨てて、他の地に移り住むしかないっぺ……」
「うがあ! 俺は認定してねえ‼」
グルトは雄たけびを上げると、倒れた柵を集め始めた。
「な、何を始めるんだ?」
おやじが訊ねると、グルトは手を動かしながら説明する。
「今度はさらに頑丈な柵を立てるんだよ! 力の強い魔物が体当たりしてもびくともしないくらいのな!」
グルトに触発され、他の農夫たちも次こそはという思いで柵を強化した。
が翌年、またもや魔物の群れに柵を突破された。正面突破でびくともしないので、今度は飛び越えてきたのだ。
グルトはまだ諦めない。
「柵の高さを倍にする!! 飛び越えられないようにな!!!」
だが、要塞ばりの堅固な柵も、三か月後、またもや敗れてしまった。
柵の下を掘って侵入したらしく、畑のあちこちに穴があいている。畑は踏み荒らされ、植えた野菜は掘り返され、挙句の果てに大きくなり始めていたオレオレオレンジの木は倒されてしまっていた。
呆然とうなだれる農夫たちを押しのけて、グルトは畑の惨状を一望する。これが、彼の堪忍袋の緒がぶち切れた瞬間であった。
「──ちっと、魔王に文句言ってくるわ」




