1.農業は雑草との戦いである
「──何で、私がこんな目に!」
思わず、アルは叫んだ。
辺りは一面の畑。いつもならば農夫たちが汗水流して働いているであろう畑も、いまや魔物に侵され、一人として姿はない。
いるのは、草型の魔物の群れのみ。剣で倒そうと試みたが草の触手はなかなか切れず、そうこうしているうちに草は伸び続け、ついには両手両足に巻き付かれてしまった。
初めのうちは何とか引きちぎろうともがいていたが、びくともしない。しかも重い剣はずっと握っていることもできず、さきほど地面に落としてしまった。
為す術がないとはこのことである。
このまま伸び続けた草に絞め殺されるか。それとも、手足を引きちぎられるか。
「……どっちも嫌だっ!!」
ああ、誰に言っているんだ私は──と、アルがため息をついた瞬間だった。
目の前に男が立っていた。30代ほどの、頑健そうな男である。
そして鍬を一本担ぎ、腰には草刈鎌を差し、麦わら帽子をかぶり、首に手ぬぐいを巻いたそのスタイル。
そう、彼は誰が見ても農夫。まごうことなき農夫、だった。
「……何してるんだおまえ?」
訝しそうにジロジロと金髪碧眼のアルを見ながら、男は言った。しかし、アルとしてはその言葉、そっくりそのまま返したい。
「早くこの場から逃げなさいっ! ここ一帯の草は皆、魔物なんだ! あなたはリキュー村の者ではないのか? 畑に出るなと村の者から聞いていないのか!?」
それだけ言えば、男は尻尾を巻いて逃げると思っていた。
だがアルの予想とは違って、男は気だるそうに足元の草々を見下ろしてつぶやいた。
「あぁ、こいつなぁ……」
「──あっ!」
アルが避けろと叫ぶ前に、男の片足に草がしゅるしゅると巻き付いた。あっという間のことだった。
「だから早く逃げろと言ったのに……!」
こうなってしまってはもうこの者もダメだ。自分のようにやがて両手両足に巻き付かれて身動きが取れなくなってしまうのだ──アルがそう思ったその時。
「ふンぬ!」
男は軽く片足を蹴ると、足に巻き付いていた草がぶちぶちっと切れた。足に残ったちぎれた草を手で払いのける男を見ながら、アルが信じられないといった顔でつぶやく。
「ば、馬鹿な……。そんないとも簡単に切れる草ではないはず……」
剣でさえ、切るのに苦労した。見た目は普通の雑草なのに、まるで極太の大縄を切っているような強度なのだ。それをこの男は──。
「こいつらは大地のエネルギーを吸い取って活動するからな。この手の魔物の倒し方はただひとつ……根から引っこ抜く!」
男は鍬を下ろすと、しゃがみ込み、一心不乱に草を引き抜きまくった。根元をがしっと握り、引き抜きを繰り返し、なんとみるみるうちに草の魔物たちが減っていく。
魔物の方も引き抜かれてたまるかといった具合に男の手に巻き付くが、男はお構いなしに引き抜いていく。
最後に残すは、アルに巻き付く草だけとなった。それも一瞬の早業で引き抜くと、自由の身となったアルは地面にへたり込んだ。
「……ま、こんなもんかね」
男はぱんぱんと手の土埃を落としながら、辺りを見渡した。引き抜かれた草の魔物たちは、根から切り離されたためか、すでにしなしなと萎びていた。
あっという間に草の魔物の群れを倒してしまった男を、アルは見上げた。
「あ、あなたは一体……?」
「……俺が、誰だって?」
アルに問われて、男は鍬を担ぎ直しながら答えた。
「通りすがりの農夫だ」