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やがておっさん村人が、村長と、その他大勢を引き連れて戻ってきた。
畑を荒らす魔物退治を引き受けることをグルトが伝えると、村人たちがわっと沸いた。
「大変ありがたいことですだ。なんとお礼を申し上げたらよいか……」
村長が神仏に拝むかのようにグルトに手を合わせているのを見て、アルは複雑な気持ちだ。
(でもね、あなたたちは後でこの金の亡者にしっかりブツを要求されるんですよ……)
その間にも、グルトは村長たちと魔物退治について具体的な話に進んでいく。
今、自分たちの居るこの畑は西側の畑らしく、村には東側にも広大な畑があるらしい。幸い、今のところ東の畑は被害にあっていないが、これまでの経験上、ゆくゆくはそっちの方にも“掘り返しの猪五郎”が出没する可能性が高いという。
「なら、東の畑で待ち伏せするのが定石か。あとは、畑に現れた奴らを倒していくだけだが、問題はどう引き付けるかだな。群れが俺みたいな超格上の相手から攻撃されていると分かれば、その瞬間、一目散に逃げていくだろうしな……」
「師匠、一匹も逃したらいけないんでしょうか? その“掘り返しの猪五郎”っていう群れのボスだけでも倒せたら、他の魔物は怖がってもうこの村には近づかないのでは……」
「甘いな」
アルの質問に、グルトはきっぱりと答える。
「エリュマントスは群れをつくる魔物だから、ボスを失えば次のボスが出てくるだけだ。それに簡単に逃しちまえば、懲りずにまた数を増やしてやって来る。ここを“餌場”だと思ってる奴らは、一匹残らずお仕置きが必要なんだよ。そう……みッッッちりとな」
草刈り鎌片手にニヤリと笑うグルトを、鬼か悪魔だと思ったのはアルだけではないはずだ。
だが裏を返せば、これほど頼りになる仲間はいない。強力な仲間を得て、村人たちの士気も高まったようだ。
「ほだら、わしらも加勢すんだ! あんたたちに任せっきりじゃ、農夫根性もすたるってもんだ!」
「んだ、んだ!!」
「わしらも鍬で戦うぞぉ!!」
村人たちが口々にそう意気込むが、それを制したのはグルトだった。
「いや、あんたらは家の中で普段通り寝てろ。大人数だと混戦になって俺がやりにくくなる」
「でも師匠、一匹も逃さないためには他に方法は無いように思いますが……」
「要は俺の存在を敵に悟られずに倒していけばいいんだろ」
「そ、そんなことできるんですか?」
その時、戸惑うアルの向こう側にグルトは見つけた。そう、人の形を模した、どこの畑でも見かけるカカシだ。
のっしのっしとカカシに近付いていくグルトに、アルや村人たちは意味も分からず、ただポカンとするばかりだ。
「カカシ……がどうかしましたか?」
村人の服を着せ、頭には麦わら帽子を被せた、至って普通のカカシ。
本来は鳥獣から畑を守るために作られたそれは、魔物相手では効果はないのだろう。魔物に折られたようで、虚しく畑の片隅に転がっている。
そのカカシの頭をむんずとつかみ、グルトはニヤリとほくそ笑む。
「いいことを思い付いた」
◇◇◇
あれから太陽が沈み、今はすっかり夜が更けた。
田舎ゆえ、日が暮れれば外は真っ暗だが、幸いにも今日は満月。月明かりだけが頼りだ。
そんな中、アルは一人、畑のそばの茂みに身を潜めていた。
気温も下がってきて、かなり肌寒くなってきた。アルは寒さに身を震わせながら、真っ暗で静かな畑をじっと窺う。視線の先にはカカシが一体。ポツンと畑の中に立っている。
「本当にうまくいくのかなあ……」
アルはため息と共に、つぶやきを漏らす。
グルトからの指示は、こうだった。
──この東の畑のそばで身を隠して、エリュマントスの群れが来るのを待て。奴らが来たら俺が倒していくが、万が一、畑から逃げ出すヤツがいたらおまえが倒せ。
もちろん、そんなのは無理だと抗議した。村の男たちが総出でかかっても倒せない魔物を一人で倒す実力はまだ無いし、だから修業が必要なのだと。何より、アルの剣は重くて十分に扱えないのだ。
そうしたら、こう言われてしまった。
「なら、これが修業だ。習うより慣れろ。俺ぁ、実践主義なんだ」
しかも、使えないなら意味がないと、アルの剣は取り上げられてしまった。こんなへんぴな村に他に剣などあるはずもなく、代わりに渡されたのは一本の鍬だった。村人たちによって使い込まれた、土と汗で汚れた鍬だ。
「もうこうなったら祈るしかない……!」
何を祈るのかと言えば無論、グルトが一人で魔物を全滅させることをだ。
アルが両手を合わせて唸っていると、その時はやって来た。どこからか、うごめく黒い塊が走ってきて、瞬く間にアルの隠れる茂みの前を通り過ぎていく。
どうやらこちらには全く気付いていないようで、とりあえずアルは胸をなでおろす。
それからは茂みの隙間から、辺りを窺った。
(──いた)
月明かりに照らされてぼんやりと見えるのは、エリュマントスの群れだった。見た目は完全に猪に近いが、普通の猪よりも一回りも二回りも、体が大きい。そして、その牙の鋭さも力の強さも、ただの猪の何倍も勝る。正真正銘の魔物だ。
その群れの中で一体だけ、他の個体と比べて明らかに体格の良い魔物が居る。恐らくアレが“掘り返しの猪五郎”だろう。
猪五郎と思しきエリュマントスが群れの先頭に立ち、畑の周りをぐるりと囲む、高い柵の前に立ちはだかっている。
猪五郎はしばし辺りを警戒していたが、問題なしと判断したのだろう。柵の根元に鼻をねじ込むと、ぐいっと土を掘り上げていく。それを見て、仲間たちも同じように土を掘り返していく。そのうちに柵がぐらぐらと揺れ始め、そこを猪五郎が体当たりでなぎ倒す。
群れの全てが畑の中に侵入するのは、あっという間のことだった。
畑の中に入ったエリュマントスたちはなじみの餌場で安心しているのか、我が物顔だ。気ままに土を掘り起こしては、野菜にかじりついている。
(くそ、村の皆さんが丹精込めて育てた野菜を)
歯がゆいが、今は見守るしかない。しばらく息を潜めていると、アルはふと気付いた。
──畑の中の群れの個体数が、少し減った気がする。
はじめは30ほど居たと思うのだが、今ざっと数えると、5、6体ほど姿が消えているのだ。
(畑から出て行く魔物はいなかったのに……──ま、まさか?)
アルは畑の中にポツンと立つカカシに、サッと視線を移した。麦わら帽をかぶり手に鍬を持たせたそのカカシは、依然として直立不動のままだ。
そのカカシの傍に一体のエリュマントスが近付いてきた、その瞬間だった。
そのエリュマントスが、パタリとその場に崩れ落ちたのだ。
(……え!?)
思わず声が出そうになったが、アルは何とかこらえる。見間違いかと思って目を凝らすが、何も知らずにカカシに近付いてきた別のエリュマントスがまたもやパタリと倒れて、アルはようやく気付いた。
エリュマントスが倒れる瞬間、カカシが一瞬だけ揺れた気がする。
その残像しか見えなかったが、カカシがその手に持つ鍬を振り下ろした瞬間、エリュマントスが気を失ったかのように倒れていくのだ。
よくよく見ると、消えたと思っていた数のエリュマントスがカカシの周りに無造作に横たわっているではないか。
(師匠だ……師匠がやったんだ!)
そう、カカシはグルトだった。グルトがカカシのフリをして、待機していたのだ。
いつもの無能な置物だとしか認識していないエリュマントスたちは、いつものように何のためらいもなくカカシに近付く。そこをグルトは狙ったのだ。
アルはこの作戦を聞かされた時は、うまくいくわけがないと思っていた。ふつうの動物以上に鼻が利くだろうし、においですぐに人間が化けているとバレてしまうだろうと。
だが、グルトはそれも見越していたらしく、カカシに変装する前に畑の土を全身に被っていた。畑と自分を同じにおいにしてしまえば、気付かれにくいと踏んだのだ。
グルトの思惑通り、エリュマントスたちはまんまと騙されている。カカシの正体に全く気付くことなく、食べることに夢中で、音もなく倒れていく仲間に気付くこともない。
(こ……これは、本当に師匠ひとりで全滅させられるのでは!?)




