誰かに支えられることや、誰かを頼ることは、「甘え」じゃない
正直に告白する。
自分は卒業後、作曲家として事務所に入り最初の採用をもらうまでの間、実家暮らしをしていた。
そう、親のスネを思いっきりカジっていたのである。
普通に就職するものだと思っていた両親に「自分は音楽で頑張りたい」と告げ、都心から電車で1時間かからない場所に家があるため、このまま実家暮らしで音楽に集中させて欲しいと頼み込んだ。
案の定、両親とは派手に衝突をし、特に母親は烈火のごとく怒り狂った。
だが、自分が作ったデモ曲を聴かせたところ、「もしかすると......?」と思ってくれたのか、「家にお金は入れること。それと、ウチで面倒見る期限は設けるから、その後は知らん」と言ってくれた。
とてもとてもありがたかったし、頑張らねばと硬く誓った。
その後、週5でバイトし、給料は実家へ入れるお金と音響機材購入にほとんど消えていく生活が始まった。
そんな実家暮らしの自分に対して、音楽仲間の中には「甘えている」「ハングリーな上京組に勝てっこない」などと言ってくる人間もかなりいた。
「夢を追うには一人暮らしをしなければいけない」なんて決まりもないのに、「甘え」だとか言われることが悔しかったし、食べさせてもらっている親に対して申し訳ない気持ちもめちゃくちゃあった。
だからこそ、バイト以外は全て音楽。遊びもしない、彼女も作らない(そもそもモテない、作れないww)。
そして段々と音楽スキルや制作環境がレベルアップしていくうちに、そこらのスタジオで1日数万円出して録らずとも、自宅で十分、市販クオリティの音源が制作できるようになった。
すると、音楽仲間が自分の元へレコーディングに来たりアレンジを依頼するようになった、もちろん「無料」でだ。
彼らの中には、「仙道は実家でのうのうと過ごし、時間もお金も一人暮らしの自分たちに比べれば遥かに使えるからいいよなあ」と遠巻きに言ってくる人間もいたが、言われずともそれは承知していた。
開き直るようだが、実家暮らしが有利なのは間違いない。だからこそ人一倍、目一杯音楽に取り組んだ。
それにひきかえ、ウチにレコーディングしにくる人の中には、弦が錆びたギターを持ってくるギタリスト、二日酔いで音程もリズムも適当でこちらの修正に丸投げするボーカリストなんてのもザラにいた。
ありえない。
自分の感覚であれば、Recには万全の準備をして臨むのが当たり前だ、最高の作品を作りたいからだ。
それは気持ちや意識の違いであって、実家暮らしか一人暮らしかははっきり言って関係ない。
彼らが夜通し呑んだくれたり、ゲームに没頭したり、恋人と遊んでいる間、自分はひたすら曲を作ったり制作面のレベルアップに勤しんだ。
音楽が好きでたまらない気持ちがまず大前提にあったが、「甘えている」と言われる悔しさや、支えてくれる両親への感謝と申し訳なさなども、自分を突き動かす大きな原動力だったのは間違いない。
彼らの中には両親にやることなすこと反対されてきた人もいるから、そういう人からすれば実家暮らしで音楽をやる自分のような人間が「憎い」という気持ちもあっただろう。
単なる揶揄だけじゃなく、言葉の端からそうした「憎しみ」などを感じたりもしたから、自分は何を言われてもじっと我慢し、可能な限り彼らに「使われ」た。
しかし、そうやって「使われ」、自分の曲以外にもrecやアレンジを多数こなしていくうちに、皮肉なことに自分の音楽レベルはどんどん上がっていったのだ。
そしていつのまにかステージに立つことよりも楽曲制作の方が楽しくなり、成功できる可能性を感じたからそちらの道に絞り、めでたく作曲家事務所に入所し......。
そして、遅まきながら実家を出て、一人暮らしを始めた。
両親には大変な心配も迷惑もかけたが、今ではwikipediaに自分の名前が乗り、作曲曲が歌番組やCMで流れることを「まぐれだ」とか笑いつつも、喜んでくれている。
何の保証もない茨の道だが、それでもきちんと納税し、両親に仕送りもし、次は結婚、かもしれないが......。
結婚や孫は、自分を反面教師としエリート街道に突き進んだ妹が達成してくれた、面目ない……。
さて、こんな昔話をしようと思ったのは理由がある。
コロナ禍によって生活が困窮する方、自ら命を絶ってしまう方が急増しているからだ。
日本の10月の自殺者、年間の新型コロナ死者上回る 女性の増加顕著
https://www.cnn.co.jp/world/35163196.html
別件でもう一つ、自分の知人のお話をさせていただきたい。
知人は看護師をしており、数年前まで病棟勤めをしていたが、毎日認知症の高齢患者に怒鳴られ噛まれ殴られ、デパス(緩和精神安定薬)や睡眠薬を服用しながらなんとか働いていたのだが、夜勤でもないのに夜中の2時まで残業させられた日に限界を迎え、退職を決めた。
その後、数ヶ月全く働かなかったのだが、みるみるうちに心身ともに回復していった。
そして、人間というのは不思議なもので、何もしないというのも落ち着かないらしく、3ヶ月ほど経つと今度は「訪問看護師」として復職した。
訪問看護で20代というのはとても珍しいそうで、ステーションの同僚にも利用者の方々にも可愛がられ、今でも元気に働いている。
あのまま病棟で働いていたら命を絶っていたと本人は言っているし、実際に病棟勤めの時、毎日自分にLINEや電話で「死にたい」「生きている意味がわからない」とこぼしていた。
正直、話を聞いている自分も鬱になってしまいそうだったが、自分も両親始め多くの人に支えられてきたのだから、今度は支える番が来たんだと、そう思って話を聞いた。
逆に、無視して放っておいて死なれてしまっていたら、一生後悔していた。
実家暮らしで夢を追った自分や、限界を迎えて仕事を退職した知人。
その心の中には「恩返しがしたい」とか「このままじゃいけない」とか、「何かをしたい」などという気持ちが芽生えた。
こうした気持ちがとてつもない力を持っていると、自分はこのエッセイで言いたい。
日本には「誰かに迷惑をかけてはいけない」という風潮がどこかにあり、実家暮らしをしたり生活保護を申請したり仕事を休んだりすることを「甘え」「お荷物」などと軽蔑する人がいるが、それは間違っていると思う。
先に挙げた記事の中にもこうある。
ーー日本には、孤独や苦悩を打ち明けることを不名誉と捉える風潮がまだある。
うつについて話すことを「恥」と捉えることが、人々を押しとどめてしまっていると上田准教授は語る。そういった事柄は公の場で話すものではなく、友人を含めた誰とも話すものではないという意識があるという。そして、そうした意識が人に助けを求めるのを遅らせてしまう日本の潜在的な文化的要因の一つになっていると指摘するーー
そりゃ中には、働きたくないから親のスネをかじる、生活保護を受けるという人もいるだろう。
しかし、自分はほとんど多くの日本人は真面目で、真面目だからこそ一人で抱え込み苦しんでしまうし、思い詰めてしまうのだと思っている。
恐らく「甘え」と評する人の中には、「誰かに支えてもらったり頼ることで、一度ラクを覚えたら抜けれない、戻らない」などと思う方もいるだろう。
しかし、元気になった知人はコロナ禍でも訪問看護を続け、利用者の方々の健康を今も支えているし、自分の場合は甘えと揶揄されたり、実際両親に支えられていることに「このままじゃいけない」という思いが強くあったからこそ、単に「夢を見る」だけではない頑張りができた。
実際に作曲で生活していくだけの収益を得るにはどうすればいいかを本気で考え、印税のパーセンテージと単価からして何枚でいくら入るか、そうするとどの辺のアーティストに年に何曲採用されれば良いかを計算し、
そのアーティストの曲調やオケの作り込み具合を研究しデモ楽曲を制作しつつ、どの作曲家事務所がどのアーティストに強いのかを調べ、有力な事務所に手当たり次第ひたすらに応募しまくった。
あの頃(今もあまり変わらないが)は朝起きてすぐにパソコンに向かい、そのままほぼ一日中作業をするのを、自分に声をかけてくれた事務所から連絡が来るまで続けたが、あの過酷な日々はとてもじゃないが「甘え」なんて呼べる代物ではないと思う。
異常気象、突然の厄災、長引く不況、超高齢社会。
先のことなど全く予測不可能な時代、いつ自分が「困窮者」になるかわからない。
だからこそ、誰かが誰かを助けることや、誰かを頼る人を非難しないこと、そんな暖かい心が必要じゃないだろうか。
人生は春ばかりではない、晴ればかりではない。
一度も立ち止まらず、歩み続けられる人はいない。
何も咲かない寒い日は、下へ下へと根を伸ばせ。やがて大きな花が咲く。
そして、誰かに支えられ何かを成し遂げたり、苦しみから立ち上がった人は、いつか同じように誰かを支え、助ける。
人と人とが織りなす「社会」とは、そういうものなんじゃないかって思う。
このエッセイを読んで、「なんだ、こいつ親のスネかじってたんか、だっさww」と思われた方、その通りですどうぞ笑い飛ばしてください。
ですが、あなた自身がもし何かのきっかけで困窮し、一人じゃどうしようもなくなったら、身内でも地域でも国でも何でもいいから、頼ってください。
自分はそれを甘えともお荷物とも、ダサいとも思いません。
誰かに支えられることや、誰かを頼ることは、「甘え」じゃない。
それどころか、人の優しさを、支えられるありがたみを知ることで何倍も強くなれることを、自分は知っている。