魔剣との出会い #3
改めて集落の中に入ると、冷たい風が肌を刺した。明らかに異質なその空間。自分の心臓の音がどんどん大きくなっていくのを感じた。
「……はは、勇んで出てきたけど、アルがいないとこんなに不安とはなぁ……」
今になって一人で来たことを少し後悔している。しかし、ここで戻っては格好がつかない。それに、アルと約束したのだ。必ず力になると。
「ともかく、魔剣の持ち主を探さないとな……」
マナとかいうものを、自分は一切感じ取ることができない。どこに魔剣の主がいて、どれだけ濃いマナの中で座り込んでいるのかが到底想像もできないのだ。
辺りを見渡し、集落の家の中を一軒ずつ見回る。どこの家にも血しぶき一つない。本当に人が殺されたのかも疑わしいほどだ。
ふと、とある家の中でぐつぐつと音がしている事に気付いた。さっき見た火にかけられた鍋がある家だ。
「……いきなりの事だったら、消し忘れてても無理はないよな。このままほっとくと家が燃えそうだし消してくるか」
しぶしぶと扉というにはあまりにも頼りない藁の塊をどけて、家の中に入る。家の中もあまり広くはなく、食事用の囲炉裏を除けばあとは寝る以外のスペースはないようだ。地面には申し訳程度に並んだ木。異世界でのフローリングはこの程度のものなのだろうか。中心の囲炉裏の火に土をかけ、火を消しておく。
「はぁ……にしてもどこにいるんだろうな、その魔剣の主ってのは―――」
ふと天井を見上げる。そして、気付く。
天井の隅に小さく動く何かの影があった。その何かは次第に大きくなり、そして―――。
天井を突き破り、その影は家の中へと飛び込んできたのだ。
「うォアっ!?」
咄嗟に飛びのき、落下物から身を躱す。落下物は落ちた衝撃そのままにこちらへと更に突っ込んでくる。思わず魔剣を鞘から抜き出し、前に構える。
瞬間、刃と刃がぶつかり合い、激しい金属音が集落へと響き渡った。
カズヤはぶつかった衝撃で吹き飛ばされ、藁ぶきの家の壁を突き破り、集落の真ん中付近で受け身を取り着地した。
「っんだこのパワー……!一体何が―――」
「……冒険者か」
影の主がぼそりと呟きながら、カズヤが突き破った家から姿を見せた。
その姿は、到底人間とは思えないほどの巨躯で、しかしそれでいて人間らしい五体の付いた不気味な姿だった。
3m以上はあるだろうか、極彩色の不気味な色の布で全身を包み、頭はフードで顔を隠し、体からは骨らしき物体が何本も飛び出ていた。手には2本の剣を持っていて、一本はまるで刀のような刀身を持っていた。図体はとても頑強で、腕だけでもカズヤの体ほどの大きさがある様子だった。
漏れる呼吸の音は、まるで獣が得物を見つけたときのような、荒く激しい呼吸音だった。
「……な、なんだこいつ、一体―――」
「貴様は、どこからきた?」
「は?えっと、知恵の森ってとこから……」
「知恵の森―――そうか、貴様、錬金術士か」
その言葉を聞いた瞬間、巨体から放たれる雰囲気が変わった。先ほどまでですら恐ろしかったのに、今は殺意を剥きだしてこちらを殺すという気概でこちらを睨みつけている。手足が震える、恐怖で呼吸がままならない。殺人鬼が目の前にいる、それだけで自分の気持ちが折れるのは当然のことだった。
「ヒッ……く、くそッ、とりあえず離れて」
「逃がすと思っているのか」
巨躯が腕を伸ばす。瞬間、黒い5cmほどの厚さがある紐のようなものが腕を掴む。凄まじい力で締め上げられ、腕が悲鳴を上げる。
「がッ、あ、あぁぁッ!」
「クク、ク、ククク、さぁ戦え、錬金術師」
思わず手に持っていた魔剣を振り回す。偶然にも紐のようなものに刃があたり、切断音と共に巨躯が伸ばした紐は静かに地面に落ちた。
呼吸が整わない、考えがまとまらない。とにかく、逃げなくては。まともに戦って勝てる相手ではない。
「どうして、どうしてこんな……ッ」
背を向け走り出す。巨躯が追いかけてくる音がする。振り向くな、振り向いたら殺される。本能が訴える。走れ、走れと。
無我夢中で走り続け、集落の中の一軒の家へ飛びこむように逃げ込んだ。外からは巨躯の呼吸音が聞こえる。出来るだけ息を殺し、静かに巨躯が通り過ぎるのを待った。
しばらくして、巨躯の呼吸音が遠のいていくのを感じた。ふぅと大きく息を吐き、天井を見上げる。想像以上の相手だった。甘く見積もりすぎていた。自分が愚かだった。
「あんな化け物どうするんだ……っていうか、あれが魔剣の力なのか……?」
自分の手にあるなまくらを見つめる。戦う時には自分一人の力ではまるで役に立たなかった『魔剣ツェット』だ。あの時はアルの助けがあったから窮地を乗り越えられたが、今はそのアルがいない。
「魔力を込めてもらっていたから、あの紐みたいなやつは切れたけど……俺は武術とか剣術の達人ってわけじゃないんだよな……」
はぁと肩を落とす。剣道を嗜んでいた程度、それに、そんなのも随分昔の話だ。段を持っているとかそんな話、こんな殺し合いの剣術勝負では何の役にも立ちはしない。
逃げるか、勝ち目がないと捨てるか―――しかし。
「約束……したんだもんな」
自分の小指を見つめる。10歳の少女と約束をした、情けない手。魔剣をそのままにしてはおけない。アルのためにも、そして、自分が生き残るためにも。
「……あの時と同じように戦う事ができれば……勝てない戦いじゃない。そうだ」
あの時、アルを守るために無我夢中で剣を振るい、化け物を倒した日。今自分が立ち向かっている巨躯と同じか、それより少し大きい獣を切り裂いたあの時の威力が出せれば。剣を振るう力が弱くても対抗できるかもしれない。
「試して―――」
「見つけたぞ」
刹那、背中を預けていた壁は一刀の名のもとに切り捨てられた。家は崩れ落ち、あたりに土煙が広がった。
「ゴホッ、ゴホッ!」
なんとか回避したカズヤは家の崩落に巻き込まれないように相手から距離を取りながら離れた。巨躯は2本の剣を構えながら、ゆっくりとカズヤに近づいてくる。
「ほう……逃げ惑う兎かと思っていたが。錬金術師とは貴様のような目をする者もいるものだな」
「なんでそんなに錬金術師を目の敵にするんだ」
「これから死にゆく者に伝えるべき言葉などない……ッ」
言葉を言い終わるより先に、巨躯は刀のような刀身をもった剣を大きく一振りする。型などまるで感じられない暴力的な剣閃は、勢いそのままにカズヤの元へと届く。
カズヤは魔剣を前に構え、何とかその剣閃を受け止める―――が。
「ぐっ、あァ!!」
衝撃を抑えきることができない。何とか振り払うが、衝撃だけで肩から血が噴き出していた。服は千切れ、皮膚が切り裂かれた。たった一撃、たった一撃でここまで。圧倒的な力の差にまた心が折れそうになる。
「く……っそ」
「弱者、弱者弱者弱者……ク、クククッ、さァ俺の魔剣の餌食になれッ」
性格が変わったように巨躯は言動を変えて叫んだ。明らかに異常だ。先ほどまでの落ち着いた口調と打って変わり、今はまさに狂人のそれである。狂ったような口調で叫んだ巨躯は、もう一本の大ぶりの剣を握りしめ、まっすぐにカズヤに向かって突進してきた。
「死ね死ね死ね死ねェ!!」
「ま、ずっ……」
何とかして受け止めなくては、とカズヤは考えた。まっすぐ剣を構え、相手の剣と十時になるように剣を構え、相手の剣を受け止める。剣道をしていた時に習った防御術だ。相手は縦振り―――つまり、横向きに構えておけば。
ガァンッ!
鈍い金属音と共に、カズヤは巨躯の攻撃を受け止めた。しかし、その代償はあまりにも厳しいものだった。
「がァァ!!!」
痛い、痛い。カズヤは剣を捨て、その場でのたうち回った。腕が折れた。剣の衝撃を殺しきれずに、カズヤの腕は見事に粉砕されてしまった。目の前で巨躯が笑っている。俺を殺そうとして、剣を振るいながら笑っている。
そうか、俺はここまでか。
そう思った。約束をしたけれど、守れなかった。こんな力の差があっては、勝てるはずがなかった。あの時振り絞った力も、今は何故かあの時ほどの力を発揮することができなかった。
アルから集落に入る前に受け取った力は、何も役に立たなかった。いや、役立てることができなかった。
俺が弱かったから。何もできない、弱い人間だったから。
「畜生、畜生―――」
「さらばだ、醜い錬金術師よ」
こんな事なら、少しぐらい武術でも嗜んでおくんだった。相手の攻撃に目をふさぐことも出来ず、カズヤは折れた腕を見つめながら、静かに目を閉じた。
「―――死ぬなカズヤ!」
はっと目を覚ます。目の前には大ぶりの剣。必死にカズヤは体をよじらせ、相手の一撃を回避する。叩きつけられた剣は地面を砕き、カズヤを吹き飛ばした。受け身も取れず、地面に叩きつけられながらカズヤは民家の壁に激突した。
「ぐっ……がッ……」
「ほう、致命の一撃を避けたか……む」
カズヤの耳には確かに聞こえた。そして、巨躯の目は確かに捉えていた。あの少女の姿を。
「カズヤ、負けるでない、約束したじゃないか!魔剣を止めてくれるって!一緒に、力になってくれるって!」
「錬金術師……ッ」
巨躯は黒いフードの中で醜いほど口を釣り上げて笑ったように見えた。アルの声が次第に遠のいていく。しかし、確かにカズヤの耳には届いた。
「アルッ……アルっ!」
「カズヤ!目を覚ませ!なんとかして―――」
「錬金術師ィィィ!!!」
巨躯はカズヤを置き去り、アルの声のする方へと飛びかかっていった。激しい結界のぶつかる音。アルは物理防御の結界を貼っていたようだ。巨躯からの攻撃を受け止めながら、カズヤに叫ぶ。
「腕を治すッ!魔剣を手に取れ!」
「ぐッ……ぐ、ふゥっ……」
必死にはいずりながら、魔剣の傍へと近付いていく。アルは結界の中で詠唱を始めていた。
「水よ、風よ、土よ、儂の声に応えよ。我が名はカリオストロ。契約を結べ、契れ。誓いの言葉は『治癒』なり。見るがよい、これが錬金術の神髄なり―――!!」
「錬金術師、錬金術師ィィ!」
巨躯の攻撃は次第にすさまじくなっていく。アルの結界を破らんと二本の剣を使って、何度も何度も殴りつけるように剣撃を繰り返す。アルは必死に結界を保ちながら、カズヤの腕に治癒の錬金術をかける。
「くッ……!?」
自身の体がまばゆい緑の光に包まれる。腕が動く、起き上がり、魔剣の元に駆け寄って、魔剣を握りしめる。
「カズヤ、行け、今こいつは儂に集中しておる、だから―――」
「あぁ、分かってる!」
カズヤは魔剣を握りしめ、巨躯の背中へと一直線に走る。アルからもらったマナが残っているのか、魔剣は鈍の時と違い薄暗く光を放っていた。これなら切れる、これなら、倒せる。
カズヤは自身の持てるすべての力を使い、両手で剣を巨躯の背中に向けて振りかぶり、そして巨躯の背中を引き裂いた―――。