魔剣との出会い #2
集落のなかは、恐ろしい位に静かだった。人の気配どころか、生物の気配すら感じる事ができない。アル曰く、丁寧に魔力が練られた結界が貼ってあったことから考えても、誰かしらが住んでいておかしくない場所だったはずなのに―――。
考える間もなく、アルは集落中から漂う異常とも言えるマナに圧倒されていた。魔力感知ができない自分でも、何となく嫌な雰囲気は感じ取ることができるほどに。
「うっ……おぇっ……」
「アルっ!?」
横で突然嗚咽を漏らし、そのままアルは地面に崩れ落ちてしまった。慌てて駆け寄り体を支える。さっきまで元気に歩いていたとは思えないほど、アルの体は震えていた。
「カズヤ……このマナは危険じゃ、命に関わる……。密度も濃いし、何よりこれは……」
「そんなにヤバいのかここの集落は……一体何があったんだ……」
「というかカズヤ、お主なんでそんなに平然としておれるのじゃ、儂ですらここまでマナの影響を受けていると言うのに」
「え、あー、あーなんでだろうな、ははは」
魔力を一切感じられないからですとは口が裂けても言えなかった。こののじゃロリは未だに俺が高名な錬金術師の一族だと信じてやまないわけだし。動けなさそうなアルに声を掛け、自由の効く自分が集落の中を探索する事にした。
集落は言ってしまうと本当に小さく、ボロ家の並ぶ人が住みやすいとは到底言い難い場所だった。それぞれの家は外から丸見えだし、屋根なんかは藁ぶき。家は木材を並べて作られたツリーハウスのような作りで、嵐でも来たらすぐに壊れてしまいそうなほどだった。
少し申し訳ない気持ちを感じながら、それぞれの家の中を覗いてみる。家の中にも人の影はなかった。風景にどこか違和感をおぼえながら、10分ほど散策してアルのもとへと戻る。
「やっぱり誰もいないな、明らかにおかしいぞ」
「ごほ……カズヤ、集落の中に、人が住んでいたような形跡はなかったか?」
「人がいた形跡……そういや、火にかけられたままの鍋があったな。まだ中に水も入ってた。……ってことは」
「そういうことじゃ、さっきまで確かにこの集落には人がいたが、何らかの影響でこの集落から忽然と人が姿を消してしまった……そして、そこに残っていた魔剣の気配」
「……ってことはもしかして、その魔剣が何か悪さをして集落の人を消したってことか?」
「そう考えるしかあるまいて」
何度も繰り返しせき込みながら、アルは話をした。集落の中にいてはアルが消耗するだけだと考え、一度柵から出て集落の外で呼吸を整える。
「ごほっ……かはっ……はー……はー……」
思っていた以上にマナの影響が酷い様子だったので、一度アルを休ませるために、アルを背負い集落から離れる。背負ってみると、やはり年相応の小さい体だ。こんな体で昨日の大立ち回りをしていたのかと思うとぞっとする。街道沿いに大きな樹があったので、そこの足元で少し休憩する事にした。
「アル、大丈夫か」
「あぁ、無事じゃ。甘く見ておったわ……迷惑をかけてすまんな、カズヤ」
「それはいいんだけど……マナってさ、錬金術とか、魔法を使うためのもんだろ?なんでそんなに苦しくなったり、体に影響を与えてきたりするんだ」
「……」
アルがぽかーんとした顔を浮かべ、こちらを見ていた。しまった、と感じたがもう手遅れだ。錬金術を嗜んでいる奴がマナのことを詳しく知らないわけがない。明らかに違和感のある質問をしたことだろう。恐る恐るアルの顔を見直し、何とかごまかそうと―――
「……ぷっ、は、はっはっは!カズヤ、それは何の冗談じゃ?それとも寝ぼけておるのかの?」
「―――あ、あぁ!そうなんだよ、俺も長いこと眠っていたから、記憶があいまいでさ!アルならしっかり覚えてるだろ?」
「あぁ、もちろんじゃ。ひっひ、さっきまで緊張していたのが嘘のように笑ってしまったぞ。カズヤは笑いの才能もあるんじゃな」
「は、ははは、は」
何がそこまでおかしかったのか、俺には全く分からなかったが、きっと錬金術師達の中では定番のギャグなのかもしれない。何せ誤魔化すことができたのなら、もうそれでいい。アルはひとしきり笑った後、枝を持って地面に図示しながら、説明を始めた。
『マナとは』
この世界を構築するためのエネルギーのようなもの。魔法使いや錬金術士だけではなく、日常の様々なものにマナは宿っている。
例えば雨。雨が降る日は水のマナが多量に世界に存在している。地のマナが多量に放出される日は地面が揺れ、草木は異常な成長を見せる。火のマナは灼熱の太陽を生み出し、風のマナは嵐や台風を引き起こす。
マナは少量であれば人間でも練る事はできるが、人間の体に過負荷がかかるほどのマナが注ぎ込まれると、吐き気や眩暈、更には内臓などへのダメージを及ぼす毒素になる。しかし、人間の体からマナが無くなると、肉体を構成できなくなり、この世界の人間は死んでしまうのだという。
このマナを適量ずつ使い、人間が住むための道具へと作り変えるのが、魔法使いや錬金術師といった職業の人間なのだそうだ。
「つまるところ、マナは使い方を正しく使えばとても便利な代物じゃが、使い方を間違えると生物を殺しかねない恐ろしいもの、というわけじゃな」
「なるほど……」
生まれ変わる前の世界にも、そうしたものは沢山あった。薬だってそうだ。夢にまで見た魔法の世界であっても、そうした難しい一面は存在しているのだと実感する。
「さて、難しい講釈はここまでにして、あの集落の中にある魔剣の気配をどうするかじゃな」
「でもアルはあの集落に入れないだろ」
「のじゃ。少なくとも今のまま入ると、30分も持たずに死んでしまうじゃろうて」
「え、そんなにやばいのか」
「だーかーらー、さっきも話をしたじゃろうに。というかカズヤはなんで平気なんじゃ?」
「あ、あー。えっと、俺はその、体内でマナを消去する術式を刻んでてだな……」
違うんです、マナを消してるんじゃなくて、多分体にマナを取り込むことができないだけなんです。だって僕一般人だもの。適当な言い訳の割には、よくできた言い訳だと自画自賛する。
「……すごい、すごいのじゃカズヤ!そのような術式、儂も聞いたことないぞ!」
「あ、あはは、そうだろそうだろ、これは川辺家に代々伝わる伝統的な術式でな……」
「つまり儂も、その術式を刻めば集落の中に入れるという事かの?」
しまったー!そう来たかー!のじゃロリ娘の眩しい視線が注がれる。やめてくれ、そんな輝いた目で俺を見ないでくれ。
「こ、この術式は門外不出、それに川辺の家の人間以外に使うと、拒否反応を起こしてこう……体がはじけ飛ぶ」
「か、体が?」
「そう」
「ひー、やっぱりやめとくのじゃ。なんて恐ろしい術式を使うのじゃ川辺の家は……」
ぷるぷると震える小動物を尻目に、腰に付けていた鞘から魔剣を取り出す。そして魔剣をアルに向けながら伝える。
「俺が行くよ」
「え?」
「俺だけだったらあのマナの中でも動けるしな、アルがこの魔剣に力を込めてくれたら俺だって一人で戦えるし」
「……しかしな、集落の中には恐らくダーインスレイブがある。あの魔剣は余りよくない噂があるもんじゃから……」
「噂?」
「ああ、昔な―――」
『ダーインスレイブ』
アルの爺さんから聞いた話だと、アルの親戚の一族が作り出した魔剣なのだそうだ。能力は斬った相手の血を吸い、切れ味を増す能力。
「それだけ聞くと大したことなさそうだけどな」
「血を吸う、というと語弊があるのじゃ。とどのつまりあの魔剣は、切った相手のマナを吸収してその分自分のマナに変える代物でな」
「ん……?となると、持ち主はずっとそのマナを受け続けるってことか?それってさっき言ったマナの過剰摂取になるんじゃないの?」
「それこそダーインスレイブの真価なのじゃよ。持ち主には当然マナを還元するのじゃが、あの魔剣は持っているだけで持ち主のマナを過剰に消費し続ける。つまり、切っても切っても自分のマナは足りない。だから、持った人間は人を切ってマナを吸収しなければ死んでしまう」
「……持っている人間にとっても恐ろしいけど、つまり大量殺人鬼を作り出してしまう魔剣ってことか」
元の世界でも名前だけはなんとなく聞いたことがある。色んなファンタジー系のゲームに出てきた剣の名前ではあるが、それは作品によって様々。氷の剣として使われていることもあれば、生き血を啜る魔剣として扱われている事も。この世界の魔剣は後者だったということか、せめて前者だったら、そこまで物騒な感じはしなかっただろうに……。
「じゃから、恐らくあの集落の人間はダーインスレイブを持った何者かによって全員殺されている。人の姿がなかった事がその証拠じゃ」
「言われてみれば……つまり切られてマナを吸収され切ったから、死体も残らずに消えちまったってことか」
「そしてあの集落にはまだダーインスレイブの気配がある―――まだ殺人鬼はあの集落にいるということじゃ、新たなマナを求めて、飢えながらな」
なんだかそれを聞くと一気に行きたい気持ちが下がってしまう。明らかにバトル展開が待っている、それも恐ろしい相手と。いきなりラスボスとのバトルに放り込まれた冒険者のような気持ちだ。
しかし、それでも。辛そうなこの少女の横顔を見て、じゃあ行くのをやめますとは言えない。
「アルはさ、今でも魔剣がそんな使われ方してるのはどう思う?」
「そりゃあ……嫌にきまっておる。儂ら錬金術師が利用され、作らさせられたものが悪用されているんだ」
「だったら、止めないとな。もしあの集落に殺人鬼がいるなら、そのままデカい街に行っちまうかもしれない」
「でもカズヤ—――」
「でもとかはナシだ。アルが嫌なんだったら、俺はいくらでも手を貸してやるよ。これからもずっとな」
そう言いながら小指を差し出す。
「指切りしようぜ、約束を守るおまじない。俺はこれからもアルの力になって、アルが幸せな気持ちになれるように、手を貸すよ」
「指切り……ふふ、不思議な魔法じゃな。やはりカズヤは、余り錬金術師らしくない」
「ほっとけ」
どうしてこんな気持ちになるのかは、分からない。ただ、命の恩人を助けたくて、あの時守れなかった自分が情けなくて。いろいろ理由はあるだろう。
その中でも、大きな使命や、大きな責任を果たすには10歳のこの小さな体は小さすぎる。そう思った。
あの時トラックに轢かれかけていた少女を思わず助けたときのように、そして、アルを思い、不思議な力が働いたあの時のように。自分の中にないと思っていた正義の心が、そうさせたのかもしれない。
指切りをし、アルにマナを込めてもらった魔剣を腰に掛け、改めて集落の入口に立ち向かう。ざわざわと嫌な感覚を肌に受けながら、集落の中へと歩みを進めて行った。
「行こう、ツェット。アルの思いを守るために」
あの時聞いたはずの名前を呼んで、カズヤはぎゅっと魔剣の柄を握りしめていた。