魔剣の目覚め#3
「今の……力は……」
ぼすっと音を立て、その場に尻をつきへたり込む。何が起こったのかは分からない。突然声がして、気付いたら時間が巻き戻っていて……それで?
目の前の真っ二つになった魔物を見る。鋭い刃物でひと裂きされた後の姿、魔物の眼下には血だまりが広がり、魔物は息を引き取っていた。動く様子もない。
とにかく、何はともあれ。アルを救う事が出来た。それだけでもよかった。―――実はさっきまで見ていた光景は夢だったのか、なんてことを思うほど、自分の身に降りかかった出来事を信じれない俺を、後ろからピンク色の髪の毛が覗いた。
「なぁにを間抜けな顔をしておるカズヤ。ふはは、儂のマナにかかればこれほどのものよ」
さっきザクザク腹を刺されて死んだ少女がドヤ顔でこちらを見下している。少しムカっときた俺は、アルのほっぺをむにむにと揉んでやる。
「ふもぉっ!ふぁ、ふぁふあ、ふぁひをふるう!」
「うるせえ、俺がどれだけ心配したと思ってんだコラ、おら、おら」
むにむにとほっぺを揉み続ける。何を言っているのか分からないという様子のアルであったが、そんなアルを見ていると、本当に何事もなかったのだと一安心できる。
あぁ、よかった。俺はこの子を守ることができた。と、少し安心しながら、カズヤはぎゅうとアルの体を強く抱きしめた。
「か、カズヤ!?こ、こういうのはそのもう少し仲良くなってからと言うかじゃの……カズヤ、お主泣いておるのか?」
「るっせぇ、泣いてねぇよ、泣いてなんか」
ぐずぐずと鼻を鳴らす。くそ、油断した。泣いてやるつもりなんかなかったのに。
息を切らすように緊張の糸がほどけた俺は、アルを抱き締めながら静かに泣いていた。アルはそんな俺を見てか、優しく笑いながら、俺の事を抱き返した。
しばらくして、お互いに落ち着いたころ。先ほどの魔物を手際よく解体したアルが焚火を起こそうと提案してきた。
そんなもの錬金術でどうにかなるのでは、とアルに伝えたが、アル曰く、
「儂のマナだって無尽蔵じゃないもーん」
だそうだ。
仕方なく周囲を探し、焚火に使えそうな木片を探す。幸いここ数日雨もなかったのか、周囲の木々に水気は少なく、どれもいい具合に火が付きそうだった。こういう時に山火事なんかが起こるのかと少し実感する。
「カズヤ~、見つかったかぁ?」
「もうちょいだ、少し待ってろ」
いくつか枝葉を選別し、いい具合の量が集まったあたりで、研究所の前へと戻った。先ほどの魔物は体内に脂をよくためているらしく、それを使って着火するといい具合に火が出るのだそうだ。
火を起こすためにアルがよし、と意気込んだとき、俺のポケットの中に何かが入っていることに気が付いた。
「ん……これは」
「なんじゃその妙ちくりんな道具は」
「見たことないか?ライターっていうんだぜ」
「らいたぁ?」
反応を見る限り、まるで見覚えのない様子だ。確かにこんな異世界だし、ライターなどなくても火くらい起こせてしまうのだろう。科学ではなく、魔法が勝利した世界線というところか。
「そうだ、こうやってこすると……」
湿気ていないことを祈ったが、どうにも大丈夫そうだ。何度か着火剤を擦るとライターから火が出た。先ほど拾ってきた薪の中に、魔物の脂を放り込み、そこにライターで火をつける。ぱちぱちと音を立て、薪がこんこんと燃え始めた。
なるほど、確かにあの魔物の脂はとてもいい着火剤になるようだ。
そんな様子を見ていたアルは、目をキラキラさせて俺からライターを取り上げた。
「ななな、なんじゃこれは!なんという世紀の発明!凄すぎる、まさかマナを介さずに火を起こしてしまうとは……!」
この世界においては、マナを介して火をつけることが一般的である。マナを介さない道具というものは基本的に存在せず、現実世界でいう所のチャッカマンなどにも、火の精霊の力を宿らせて火をつけるクリーンエンジンなのだそうだ。
「油を使うという点では確かに不要的なのではあろうが、マナを使わずここまでしっかりと火を灯すことが出来るとは……カズヤの生まれ故郷はかなりの発展した錬金術があったのじゃな」
「あ、あぁ、そうだな。ほかにも空を飛ぶ乗り物なんかもあったぞ」
「空を!?それはシルフの加護を用いたものではないのか!?」
「あぁ、ジェットエンジンって言って……」
元居た世界の話をすると、アルは興味津々で色々な話を聞いてくれた。自分自身、そこまで誰かと話をする機会はなかったのに、この子には何故か普通に話せる。見目が幼いのもあるだろうけど、きっとこの子の明るい性格のおかげだろう。
焚火を囲い、先ほどの魔物の肉を焼き頬張る。日本でいう所の牛肉のような味がした。脂が染み出して実に美味だった。
「アル、そういえばさっきの黒いモヤみたいなのって一体なんなんだ?」
「儂にも正直分かりかねる……が、モヤの直接の原因は儂のマナの能力じゃな」
「アルのマナ?」
「うむ。カズヤがこの魔物を切り捌くとき、儂のマナを少しだけじゃがこの魔剣に送り込んだのじゃ。そうしたら、そのマナが何十倍にも膨れ上がってな」
「……それは、この魔剣の力でってことか」
「あぁ、恐らくな」
魔剣を鞘から抜き、少し眺めてみる。先ほどまでの黒いモヤはすっかり消え失せ、手に入れたときと同じ、少し禍々しいだけの剣に姿が戻っていた。
あの時聞こえた声―――誓約といっていたが、一体何のことなのか。それ自体すら分からないが、少なくともこの剣は、アルのマナに反応して、あの切れ味を発揮したのだろう。
「そもそもその魔剣には、魔力を暴発させるというような能力が潜んでいるのじゃろう。マナの受け口が大きいと言うか、どれだけでもマナを注ぎ込めるような器をしておる」
器というのは、それぞれのマナの許容量の事だ。武器にはそれぞれ器と呼ばれるマナの限界があり、それを超えるマナを注ぎ込んだ時、その武器は破損、ないしは崩壊してしまう。錬金術師がエンチャントするとき、その器を超えないように制御するのが最も難しい作業なのだそうだ。
「その魔剣には特殊な器が備わっておる。一度にどれだけ注ぎ込んでも、その能力が使った後は消えてしまうという特性も含めてな」
「基本的には武器ってエンチャントをしたらその属性の武器に変わるんだよな?」
「あぁ、そして固着化され、その武器は壊れるまでずっとその属性の武器になる……はずなのだが、その魔剣はその属性を無に帰してしまう能力があるようじゃ」
「つまりこの魔剣は毎回毎回アルからマナを貰わないと役立たずの鉄くずのままってことか……」
「じゃが、そうとも言い切れんのじゃ」
「?」
「役立たず、という言葉は語弊がある。そのような能力をリセットできる武器など、儂は少なくとも一本も知らぬ。魔剣の中でもかなり稀有な能力じゃろう。……考えてもみよ、何本も属性の剣を持たずとも、その一本があれば儂の能力でどんな敵とでも有利に戦う事が出来る―――ということじゃ」
「なるほど……」
「ま、ただ儂がおらんと全く切れない鈍であることは事実じゃし、カズヤが一人の時にその剣しかないと何もできずに負けるじゃろうな」
かっかと笑うアル。確かにそれはその通りである。考えてみても、アルがいないとこの武器は役立たずのままで、魔剣とは名ばかりのどうしようもない武器であるということだ。
「まぁ、使い勝手の悪い代物ではあるが、実際その魔剣はとても有能じゃろうて、特にこれからの旅ではな」
「これからの旅?」
「あぁ、カズヤ。儂と二人で旅をしよう」
アルはすっとその場で立ち上がり、俺の方を向き直る。ぱちぱちと鳴る焚火がアルの顔を照らし出す。嬉しそうに笑いながら、アルは俺に手を伸ばした。
「儂は、生き残った錬金術師を探したい。……望みは薄いかもしれぬ、しかし、各地に散らばっていた錬金術師達じゃ、きっとどこかで、またその子孫とも巡り合える」
「……錬金術師に会って、それからどうするんだ?」
「錬金術師は、きっと今の時代も静かにひっそりと暮らしているはずじゃ。魔法使い達に比べると地味じゃが、儂らは戦争を引き起こしたきっかけの存在。そんな錬金術師たちが、もしもいるなら……儂は、生き残った錬金術師達と一緒に、堂々と、のびやかに暮らせる街を作りたい」
「……はは、いいじゃん、いい夢だよアル。俺も手伝うよ。生き残った錬金術師だって、きっと見つかるさ」
アルの手を取り、二人で意を新たにする。役立たずの魔剣を抱えた、ただの人間の俺と、最強の錬金術師の旅は、これから始まっていく。
生き残った錬金術師探し。長い眠りから覚めたばかりの錬金術師の少女と、転生したばかりの俺との二人の旅。一先ず今夜は眠り、日が昇ったら旅立とう。
目指すは王国。アルが生きていた時代に栄えていた最も大きな街を目指して、次の日俺とアルは森を出て歩き出すのだった。