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鈍の魔剣と錬金術師  作者: 茶菓
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魔剣の目覚め#1

 なんやかんやでごまかしが利いてよかったと心底胸を撫で下ろしながら、扉の先を見つめる。なるほど、確かに不気味な空間である。空気は冷たく、まるで凍るような気配を俺でもびんびんと感じる。こういうのを緊張感というのだろうか、引きこもりだった自分には当分無縁だった感情だ。


「……アル、この先って」

「うむ、じいじからの贈り物が眠っているんじゃろうな。……しかし、何故儂に送るつもりなら、じいじは錬金術師を弾く罠など仕掛けたのじゃろうか」


 ふむ、と一人顎に手を置きながら考え込むアル。こう見るとやはり知識人にも見える。さっきはアホの子って言ってごめんねと心の中で謝る。


「―――まぁ、考えたって仕方あるまい!さあ行くぞカズヤ、じいじからの時を超えた贈り物をこの目で見届けなくては!」

「あ、ちょっ、走るなって!」


 ぱたぱたと駆け出すアルを追い、部屋へと入る。静かに張り詰めた空気、光の入り込まない埃っぽい部屋の中に杖からの光だけを頼りに進んでいく。

 部屋の内装は先ほどまでと打って変わって、本などは一つもなく、周囲には魔石がいくつも散らばっていた。アルが使っていたものと同種のものであろうか。


「これは」

「カズヤ、腕が吹き飛ばされたくなければそれに触れるでない」

「へっ!?」


 魔石に手を伸ばそうとする俺をアルが制止する。


「この部屋に散らばる魔石はどれも高純度のマナが込められている。カズヤがどれだけの力を持った錬金術士であったとしても、自らが生業とする属性の魔石でなければ体が拒絶反応を起こすのじゃ……と、これくらい常識じゃの、わっはっは」


 さーっと自分の血の気が引く音が聞こえた気がした。なぁに、錬金術士ってそんな物騒な術を使って生きてきたの。アルちゃん可愛い顔してえっぐいね。一人心の中でつぶやきながら、アルに向き直る。


「得意な属性みたいなものか?」

「ああ、例えばじいじなら、基本的には四大元素と呼ばれる属性を得意にしておったり、鍛冶が得意な錬金術師なら金属系の属性だったり、と人それぞれじゃな」


 属性とはそもそも、この世界においては限りなく存在する。その中でも大きく区分けされているのが四大元素と呼ばれる属性だそうだ。

 火・水・風・土の4属性がこの世界において世界を構築する4つの元素と呼ばれるマナなのだという。そしてその中でも、更に細かく区分けしていくと、草や土、金や銀などと言った日常生活の中でありふれるものにも、属性が存在する。錬金術師はこの属性を駆使し、様々な道具を生み出すのだという。


「ちなみにアルの得意な属性はなんなんだ?」

「全部」

「は?」

「儂に得手不得手などない。すべての属性をすべからく活用することができる、勉学のたまものじゃのう、あっはっは!」


 規格外だった。



 一寸歩き、更に奥へと進むと、見るからについぞ行き止まりに到達した。

 真正面に見える壁の下には、大きな机が一つと、その真ん中に包みにくるまれた一本の剣のようなものが横たわっていた。


「……あれは……剣か?」

「うーむ、どうやらそのようじゃのう。剣……となると、魔装具の一つのようじゃな」

「魔装具って、戦争の時に作ってたっていうアレか」

「はは、またそれが剣となるとたちが悪い。魔装具というのは様々な武器の形状になりえるのじゃが、その中でも剣は色々な属性を付与できるからのう」


 アル曰く、剣は様々な属性の付与確率が高い万能具だという。槍や杖なんかは向き不向きのある属性があり、思った通りの属性を付与することができないのだそうだ。


「特に剣ともなると、一部では魔剣と呼ばれるような道具まで出てくる始末じゃ」

「魔剣?」


 何やら心躍る響きだ。こっちの世界に転生してからというもの、ファンタジーらしきものに沢山出会ったが、魔剣などと聞けばときめかない男はいまい。

 自分の世界のゲームにも魔剣と呼ばれるものは沢山存在した。そしてそのどれもが、ゲームバランスを崩しかねない尋常じゃない力を秘めたものばかりだ。


「……カズヤ?何をニヤニヤしておる」

「な、し、してねえよ」

「ふうん……まぁよい、どちらにせよ、これが魔剣だと言うのであれば少し厄介じゃな」

「厄介?何が厄介なんだ?」

「例えば魔剣というと、使用者の血を吸うだの、周りのマナを凍りつかせるだのと物騒な代物が多いのじゃ。

儂が生きていた時代でも、数多くの魔剣が語られ、作られた。魔剣ダーインスレイブ、魔剣クラウノス、魔剣リッパ―、魔剣エンプレスハート……どれも国だけでない、一つの大陸すら破壊しかねないとんでもない物ばかりじゃった」

「うげ、そんなえげつないもんなのか……」


 この世界の魔装具とかいうものは、基本的に戦争の道具として使われてきたとか聞いていた。なるほど、かなり物騒な戦争だったことは間違いない。


「そんな物と同等のレベルのものであれば、戦争が終わったであろうこの大陸に、また戦乱を及ぼしかねぬ。……じいじめ、最後にとんでもない物を置いて行ってくれたものじゃ」

「でも魔剣って決まったわけじゃないんだよな?」

「まぁ……うむ、でもああいうのは封印されているっていうのが鉄則で……」


 近くに寄って包みを見ると、確かに封印されているかのように鎖が巻き付けられている。アルが手をかざして調べてみると、やはり封印の錬金術がかけられていたそうだ。


「……これくらいの封印なら造作もなく解除することはできるが……眠っている獅子を起こすのも気が引けるのう、うぐぐ……」

「うーむ……」


 確かに俺としても、状況が分かり切っていないこの大陸の中で、そんな物騒なものが街中に飛び出ていくというのは避けてほしい所ではある。面倒ごとの香りしかしない。

 だが、こんな人里離れた森の中に存在する研究室。誰が入ってきて、いつこの剣の封印を解いてしまうか分からないのも事実。


「なぁアル、封印されたままだからって言っても、これを解くことが絶対できないわけじゃないんだろ?」

「錬金術でほどこされた封印のエンチャントじゃし、可能であるとは言い難いが……魔法使いにも解除の魔法を使えるものはおったし、不可能とは言えないな」

「そしたら、やっぱりアルが持ってる方が安全だよ。あんなでかいイノシシを一撃でぶっ倒せる力があるんだし、並大抵の事がない限り奪われたりなんかしないだろ?」

「まぁ……それはそうなんじゃが」

「それにさ……」


 アルを未来に送り、アルの幸せを願った祖父の事。厄介払いをしたくてこの剣を置いたわけじゃない事は自明の理だ。何かの理由があって、アルにこれを託したのだ。未来に生きるアルが、いつかこの剣を通して、何かを得られるようにと。


「アルのじいさんだってきっと、アルに持っていて欲しくてこの剣をここに封印したんだと思うんだよ。理由はわかんねぇけど……きっと、アルが幸せになれるように」

「……カズヤ……」


 少しアルの目が潤んだ気がした。


「ま、まぁ10歳の女の子にこんな物騒なもん持っとけってお願いするのも酷だとは思うんだけどな、でもさ」

「ああ、皆まで言うな。……くくっ、本当におぬしは錬金術師の一派なのか?わかりもしない事を自信満々に話すなど、理論派の錬金術師がすることじゃないぞ」

「……うっせぇ」


 自分は、少なくとも理論派ではない。考えるより先に体が動く。あの時も、今も。思うより先に、伝える事、しなければならない事、そういうものに向かってひた走る。

 だから、こうして茶化されると、少し恥ずかしい。


「でも、うれしい。ありがとう」


 ―――。

その時に見せた少女の笑顔は、年相応の幼げで、それでも儚げな、優しい笑顔だった。少しそんな笑顔に見とれていると、アルが小さく呟いたのを聞いた。


「じいじ、ありがとう。もらっていくね」


 一言つぶやき、鎖をなぞる。一本一本、鎖が包みから光を放ちながら引きはがされていく。ぼそぼそとアルが呟いている言葉は、おそらく錬金術の詠唱なのだろう。


 数分経った当たりで、アルの手元にあった包みを覆っていた鎖はすべて引きはがされていた。包みをゆっくりと外していき、中身を確認する。

 二人が目にしたのは、漆黒の刀身を持ち、豪華に飾られた柄を携えた、片手で振り回せるほどの剣だった。柄の中心には赤い宝石が携えられ、刀身はシミターのように曲線を描いている。


「はぁー、ずいぶん立派な剣だな」

「これがじいじの残したもの……か。どれ」


 アルがその剣に触れる。特に何かが起こるような様子はない。そのまま剣を持ち上げようとしたとき、アルはふんっと唸りながら何度も手首を返していた。


「んっ、んぐぎぎ……ぐぎぎぎ……」

「……何してるんだ?」

「お、重い!この剣尋常じゃなく重いのじゃ!」

「は?重い?」


 見るからに剣は小ぶりであるし、確かにアルの年齢であれば少しは重いであろうが……両手で持てば持てなくもない物のようにも見えた。


「そんなに重いのか?」

「重いって何度も言って居るう……んぐっ、ぐぐぐ……」


 何度も引っ張り上げようとするさまに、さすがに可哀そうに思い近づく。まぁどれだけ立派で年上に見えるほどの威厳があっても10歳の少女。これくらい力がなくても仕方がないだろう。


「うー……ん、しょうがない、運び出すのは手伝うよ」

「おお、助かる。カズヤ、そこの柄を持って慎重に持ち上げるのじゃ。何があるかわからんからな」

「あいよ」


 指示されるがまま、俺はその剣の柄を持ち持ち上げる。散々重いと聞かされていたのだ、思い切り力をこめて……


「せえのぉおおおおうわあああ!」


 思いっきり力が空回り、剣を持ったまま後ろに転げ落ちる。なんだよめちゃくちゃ軽いじゃないか、どれだけ非力なんだこのロリ。


「か、カズヤぁ!」

「いってて……なんだよアル、これめちゃくちゃ軽いじゃないか」

「は、え、そんなわけあるまい。儂が持ち上げようとしてもぴくりとも……」


 はっとした表情をするアル。


「もしやカズヤ、おぬしめちゃくちゃ力持ちなんじゃな!そうじゃろう!?」


 さっきからちょくちょくかましてくるこのド天然だけはなんとかしてほしい。反応に困る。アホの子改め多分年相応のド天然。いややっぱりアホの子。


「んなわけないだろ……まったく、からかうのも大概にしてくれよな、ほれ」

「おお、まぁそういうのならきっとだいじょうぶぉお!?」


 剣を手渡した瞬間アルが完全に視界からロストする。頭のてっぺんくらいは見えていたのだが。下を見ると剣に手が押しつぶされているアルの姿があった。


「おも、重いのじゃ、たすけてくれカズヤ、カズヤぁ」

「……はぁ」


 やはりこのロリには荷が重いようだ。仕方なく俺は剣を持ち、アルと共に今来た道を引き返すことにする。

 手に持った感じも、特に魔剣と言うような様相ではない。うん、と一人唸りながら、その剣の周りに投げ捨てられていた恐らくこの剣の鞘であろうものに収め、同じく落ちていた皮のベルトで腰の傍に剣を巻く。


 そしてアルと俺は、研究所の外で改めてその魔剣を鞘から出し、眺めてみることにしたのだった。


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