異世界での目覚め#3
イノシシを軽快に撃破したアルに連れられ、俺たちは森の奥にある研究室へと向かった。アルも先ほどその研究室の中で目覚めたばかりなのだそうだ。
たどり着いた研究室は、部屋とも、建物とも言い難い形状になっていた。とても長い時間が経ったのだろう。壁は落ち、植物が巻き付き、屋根は崩れていた。アルはそんな研究所の前に立ち、俺に向き直る。
「……まぁ、こういう事じゃ。儂の家族も、同族も、今は誰もおらん。残念なことじゃがな。しかし音を聞く限り、戦争はもう終わったんじゃろうて、あの頃は毎日、嫌が応にも人が死ぬ音をずっと聞かされておった」
「……そっか」
なんとも言えない空気が流れる。戦争を経験したことがない俺に、かけられる言葉なんか見つからなかった。
「まぁ、湿っぽい話はしまいじゃ!何はともあれおぬしに出会えたからのう。一人でもこの時代に生きる錬金術師がおってよかったよかった―――ん、そういえばおぬしはどうやって現在まで」
「あー!え、えっと!アルはいくつなんだ?見た限りだと俺より年下っぽいけど!」
「ん、儂か?……とおつを数えた程度じゃったか」
「じゅっ」
吃驚。それ以外に言葉が出ない、え、何ロリババアだと思ってたら本当にロリだったってこと。じゃあ喋り方はなんなんだ一体。……と考えてみたが、じいじと呼んでいたさっきの様子から見るに、おじいちゃんっ子だったのか、それなら納得もいく。
「……そ、そうか。アルは―――10歳でいいのか?」
「うむ!儂はとおつじゃ、今年で……11歳じゃな」
「は、はは」
嫌だなあ、10歳の幼女に助けられちゃったの俺、しかも死にかけから蘇生されて、イノシシまで倒してもらっちゃって……。男としての威厳はズタボロですお母さん。元からそんなものないけど。
「カズヤは19と言ったな、ということは成人の儀は済ませたという事か」
「成人の儀?ああ、成人式のことか」
「いやあ、すごいのう。あの儀を乗り越えられる若者はずいぶん立派と聞く。儂もいずれ来る儀が恐ろしくてたまらんのじゃ」
恐ろしい成人式ってなんなんだろう。でも今はそれを聞くのはよしておこう。たぶん異世界ビックリ仰天儀式が飛び出してくること間違いないし。
「あ、そうだ、そういや俺にしてくれた蘇生ってどういう錬金術なんだ?」
「ああ、あれは―――」
『錬金術とは』
そもそもこの世界における錬金術というものは、俺がいた地球に伝わっている錬金術とは多く異なっていた。この世界での錬金術は、前にも聞いた通りマナをモノに付与することで、能力を付加した武器や道具を生み出すこと。
例えば水のマナを付加した洗濯機は、水汲みを必要としない全自動洗濯機になってみたり、電気のマナを付加した調理器具は、IHクッキングヒータになってみたり……といった具合だ。これをこの世界ではエンチャントと呼ぶらしい。まるでゲーム用語だ。
それ以外にもう一つ、錬金術には用途がある。それが、合成錬金だ。マテリアルと言われるマナの塊を配合することで、魔法使いでは生み出せない魔法を生み出す技術……なのだそうだ。
魔法使いは単一の魔力の放出に長けているが、複合した魔法は苦手なのだという。それを可能にするのが、合成錬金によって生み出された魔石らしい。アルはこの魔石を使って、俺を蘇生させた……ということ。割ととんでもない話である。
「蘇生なんていうのは、この世界では結構当たり前のことなのか?」
「いいや、錬金術師の中でも秘奥と呼ばれるものの一つじゃな。特に魔法使いや僧侶と呼ばれる者たちには出来ぬ芸当じゃろうて」
「は、じゃあなんでアルはそんなこと出来るんだ?」
「だって儂、錬金術習得したの1つの時だし」
……なんだその才能お化け。やはり想像通り、アルはとんでもない錬金術師だったようだ。言うなれば大人になるまでに学ぶもののすべてを、1歳の時には習得して、秘奥まで即座にたどり着けた……ジーニアス。ブラボーである。いやべらぼうなんだけども。
頭の中でくだらないダジャレが巡る。自分とは住む世界が(物理的にも)違う少女を前に、少し圧倒される。
崩れた岩壁に腰掛け、アルは周囲をぐるりと見渡す。俺もそれに合わせて岩壁に座り込む。
「さて、改めて話をしよう。魔獣に踏まれて死にかけていたカズヤ」
「おい」
「はっは、冗談じゃて。……儂とカズヤは、今二人っきりの最後の錬金術士じゃ」
「お、おう……」
錬金術士じゃないよ。俺はただの引きこもりのゲーム廃人だよ。ゲームでは錬金窯とか使って錬金してたけどね。
「まずせねばならぬことは一つ。この研究所の捜索じゃ」
「ふうん、そりゃまたなんで」
「……じいじにな、言われたんじゃ」
―――いいか、アル。もし遠い未来でお前が目覚めたとき、この研究所の奥に行け。そこに、お前のために物を残す。目覚めた先で、お前が困らんように。―――
―――やだよ、じいじ!やだ!やだよぉ!―――
―――アル、お前が健やかで、幸せに過ごせますように。素敵な隣人と、素晴らしい道を歩けますように。
……火よ、風よ、水よ。あまたはびこる元素たちよ。我の声に応えよ。我の名はカリオストロ。契約を結べ、契れ、誓いの言葉は『未来』なり―――
―――じいじ!!!!――――
祖父の遺言に沿って、俺とアルは研究所の中へと入る。ほぼ建物の形状は保っていないが、風化してはいるものたくさんの書物や研究道具がひしめき合う、まさに研究所といった風貌の室内。
陽の光が木々の隙間から入り込む薄明るい室内をくまなく探すうち、床に付いている取ってに気が付く。アルを呼び止めることもなくその取っ手を引っ張ると、そこの下には階段があった。
「アル、階段だ。この奥じゃないか」
「おぉカズヤ、素晴らしいな。おぬし洞察力の化身じゃな」
二人で階段を下りていく。薄明りの中に見える灯篭が、自動で火をともす。アル曰く、これも錬金術の一つなのだそうだ。所謂人感センサーのようなものだろうか。
薄暗い階段を下りていくと、広い室内に出た。上の部屋に比べて、日に当たらないからかこの空間は余り風化していないようにも見える。
「……嫌な気配じゃな」
アルがぼそりとつぶやく。正直俺には気配などよく分からない。周りを見渡してみても暗い室内しかなく、夜目が多少利く自分でも部屋のものを把握するのは困難だった。
「嫌な気配って?」
「気持ち悪いマナを感じる。この世のものではないような……」
「それって、やばいバケモンがいるってことか?」
「―――なんにせよ、用心した方がいいの。光を出そう。火よ、我の声に応えよ―――」
小さく詠唱すると、アルの持っている杖がぽうと小さく光りだした。その明かりを導に周りを見渡す。書物の詰まった本棚と、おそらくアルに使った眠りの魔術炉の研究書やその道具たち。
「立派な研究施設だな……」
「それはそうじゃ、儂のじいじは世界一すごい錬金術師じゃったからな」
「へえ、それってアルよりすごかったのか?」
「何を言うカズヤ、儂なんかとは到底比べ物にならぬ。じいじの錬金術は、当時の国王で会った“マンドレイ”にも痛く気に入られておったからの」
マンドリルみたいな名前だな、顔もきっとお猿さんのような顔なのだろう。国王と言われても全く想像がつかない。しかしアルがこういうのだ、きっと祖父はとてもすさまじい能力のある錬金術師だったのだろう。
「この奥か……?」
「ああ、行ってみよう」
アルと二人で並びながら、研究所の奥まで足を進める。道に転がる書物の分厚さを見るだけでめまいがする。こんな物を読んで研究しているのか……俺には到底なれないな、こんな職業。
くだらない考えを巡らせているうちに、俺たちの目の前に扉が現れる。かなり歩いたのだし、きっとこの研究所はかなり地下空間が広がっているのだろう。そんな奥深くにある扉に、アルが手を伸ばす。
「―――うっあ!?」
瞬間、アルの体が弾き飛ばされたかのように俺の後ろに飛んでいく。
「―――アルッ!?」
駆け寄ってアルを抱え上げる。扉に触れようとしていたアルの手は、真っ赤な血で染まっていた。
「油断……したの、あれは罠じゃ、錬金術師に反応する……」
血まみれの手を抑えながら、アルはゆっくりと立ち上がる。手を貸しながら、もう一度その扉の前に二人で立つ。
「参ったのう、おそらくじいじが残していたものはこの先なのじゃが……」
ここには錬金術師しかおらぬ、とぼそりとつぶやくアルを見て、少しの罪悪感と、どうしようという感情に包まれる。ここでドアを開けると、俺が錬金術師でないことがばれてしまう。正直、この少女にこれ以上のダメージを与えることは本意ではない。
「……アルはその、このトラップを解除できないのか?」
「無理じゃな、儂の錬金術ではじいじにはかなわん。それこそエンチャントで世界を斬るダガーを作れるくらいの錬金術師でなければ……」
恐らく誇張表現だろう。きっと、メイビー。しかしそれを聞くと、アルの祖父がどれだけ化け物だったかが思い知らされる。その祖父あってこの孫ありだ。きっと両親もとんでもない使い手だったんだろう。
「……この罠はちなみに、一般人だとどうなるんだ?」
「錬金術師はそれぞれマナを体に宿しておる。錬金術を身に着ける際の独特なマナの流れをな。この罠はそのマナの流れに作用するタイプの罠じゃ、内側から破壊するという中々質の悪いおまけ付きでな」
そう言いながら懐から魔石を取り出し、手を癒すアル。なるほど、俺の体もこうやって治したのかとその様子を眺める。
「……なぁ、あきらめないか。諦めて外の様子を調べようぜ。アルでもお手上げなんだったら、俺には到底―――」
「……まぁ、そうじゃな、わかった、残念だが、仕方あるまい」
にっと笑って此方を見る少女の顔は、ゆがんで今にも泣きだしそうだった。苦しい選択だ、唯一残された祖父からの贈り物を、自分の力不足で見ることができないなんて。
……いっそ、ばらしてしまえば、嘘だとわかっても、彼女は祖父の遺物に出会う事が出来る。そっちの方が、彼女にとっても幸せなんじゃないか。
一通り考えた後俺は無意識に扉に手を伸ばしていた。
「なっ、カズヤやめろおぬしの力じゃ―――」
「大丈夫、俺を信じろ、アル」
俺は、少女への嘘より、少女への贈り物を選んだ。アルの時と違い、扉からは何も出なかった。当たり前のように扉を開き、そしてアルを見る。アルは顔を伏せていた、きっと、気付いたんだろう。俺が同族じゃないことに。
「あのな、アル―――」
「……じゃ」
「え?」
「すごいのじゃカズヤ!」
は?と素っ頓狂な声を上げる。少女の目は、これでもかと光り輝いていた。
「どうやったのじゃカズヤ!儂にもできないじいじの罠の解除など、おぬしはとんでもない錬金術師だったのじゃな!異国の錬金術か?いやいやそれとも!」
ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねる姿。かわいらしい少女の姿を垣間見れて、少しうれしい反面、ある程度予測が付いていた事実をここで知る。
……たぶん、この子年相応で、だいぶアホの子なんだろうなあと。




