異世界での目覚め#2
「まぁ何はともあれまずは名乗るがよい。おぬしがどんな事情でここで死にかけていたかは問うまいが、儂もおぬしをどう扱うかよくわかっておらん」
「俺の名前……ああ、そうか、えっと、俺の名前は」
自身の格好を見る。コンビニに行った時と同じジャージだ。芋くさい引きこもり用ジャージは、真っ赤な俺の血で染まっていた。……正直、気分のいいものではない。
「俺の名前は川辺 和也えっと……18歳の引きこもりだ」
「引きこもり……引きこもりとはなんじゃ?」
きょとんとした顔で聞いてくるロリババア。やめてくれ、俺の恥部を幼女の穢れなき目で見つめるのは勘弁してくれ。
「ひ。引きこもりってのは……家にこもって読書をしたり、いろんな研究をしたりだな……」
読書(漫画を読む)研究(テレビを見てアニメの批評をする)恥ずかしいことはうまい言葉で隠す。これは所謂処世術だ。
「ほう!読書と研究とな!儂とおそろいじゃ!ということは……もしや!もしやおぬしも、古の時代の錬金術士か!?」
ぱぁっと花が咲くような笑顔を見せるロリババア。やめてくれ、錬金術師なわけないじゃないか。俺に作り出せるのはせいぜいくるくるに丸めたティッシュくらいのもんで……錬金術師?
「あ、あー……まぁそんなところ。っていうか、錬金術師?実在するのかそういうの」
「実在……じゃとお!実在も何も!今おぬしの前にこうして存在しておるじゃろうが!この、アルバート・カリオストロが!」
どっかで聞いたことのある名前だー。俺こういうキャラ知ってるもん。ロリっ子に転生したおっさんの錬金術師~ってやつ~。やだ~そんなゴリゴリの幼女転生おじさんやだ~。
「……おぬし、どこを見ておるのじゃ。急に虚空を見始めるな、ほれ」
ぐいとロリおじさんに半ば強引に顔を向けられる。やめてくれ、ロリおじさんの顔など見とうない。
「……えっと、大変失礼ですが、ご性別は……」
「は?おぬしは何を言っておる。この体を見てわからんのか。このだいなまいと!せくしー!ばでー!」
「超スモールミニマムバデーですが」
「おぬしなぁ!命の恩人に対する態度ではないぞ!?」
ロリおじさんとの会話をする中で気付く。このロリおじさんかなり精巧な作りに見せかけておいてかなりアホだ。きっと錬金術師の腕は一流だろうけど、中身が残念なタイプのおじさんなんだ。
ぐっと涙をこらえ、おじさんを見る。
「えっと……アルバートさんは……」
「アルでよいぞ?」
「えらい気さくな。……んじゃ、アルさんはその、中身がおっさんということはない?」
「なんじゃその質問は。儂は心も体も女じゃよ」
自信満々に胸を張るロリおじさん改めロリババア。よかった、俺の知ってる錬金術師おじさんとは遠く離れた存在のようだ。
「じゃあなんでそんな男みたいな名前なんだ?アルバートってたぶん男性名だよな」
「ああ、ウチの家系は代々名前を継ぐのが習わしなのじゃよ。儂の父親の名前がアルバート」
「なるほど……」
なんとか納得しながら、ロリババアの体を見る。大きな樹を切り出したような体躯に似合わない杖に、どうにもやはり、森の中にいるにしては軽装なような―――ローブのせいで軽装とは言い難いが―――森を歩く格好はしていない。
「まぁ、何はともあれじゃ!古の錬金術師がこんな所にいたとはのう!生まれはどこじゃ!?やはりエルフの里か、いやいや或いは辺境の魔の地か!いやあ魔族から生まれ変わった錬金術師もいると聞くからのう!」
矢継ぎ早に言葉を話すロリババアを制しつつ、頭をまわす。とにかく、このロリババア……もとい、アルが錬金術師であるということは理解した。そして、俺の命を助けてくれたことも。気になるのは、古の錬金術師という言葉。
「古の……ってのは、その、え、錬金術師って今は存在してないのか?」
「……」
言葉に詰まるアル。まずいことを聞いてしまったかもしれない。少しの静寂のあと、アルが重い口を開く。
「儂も……目覚めたばかりでよくわからんのじゃ。儂は長いこと眠っておった。ずっと、ずっと深い眠りに入っていた。今がいつで、どれだけの時間が経ったのか、儂にはとんと見当が付かん」
「眠ってた……って、なんでそんなことになったんだ?」
「……きっかけは、魔導戦争と言われる、忌むべき戦争じゃ」
アルが言うには、アルが眠る前の当時、魔導戦争と言われる、世界を巻き込む大きな戦争があったそうだ。その戦争で、アル達の一族の錬金術師は、子ども大人を問わず戦争の道具を作らさせられていたらしい。
『錬金術師』
この世界にとって錬金術師とは、いわゆる魔法の源になるエネルギーの流れを掴む事に長けた職業の者たちの総称である。魔法使いと呼ばれるような事もあるが、魔法使いと決定的に違うのは、本人たちが使う魔法の力の種類だ。
魔法使いはエネルギー―――マナと呼ばれるそうだ―――を直接の攻撃力に変換する。炎を生み出したり、雷を落としたりといった、よくある魔法を使役するのだ。しかし錬金術師は、マナを武器や道具に込めることで真価を発揮する。そしてその技術は一子相伝で、錬金術師以外の者に伝わることはない。
魔導戦争の折、錬金術師達はその特殊な力を見込まれ、魔法武器と呼ばれる数多くの武器を生み出した。それが戦争に使われているとは知らずに。
魔法武器を生み出す錬金術師達に、兵の目が向くのは当然の事だった。アルの住んでいた錬金術師の集落は、王国の襲撃に遭い、一族郎党一切に至るまですべて殺し尽くされた。アルの両親も、その時に亡くなったのだそうだ。アルは祖父と共に逃げ、この森の奥地にやってきたのだという。
この森は錬金術師達の中で『知恵の森』と呼ばれていたそうだ。この森はマナが濃く、研究にとても向いていたそうで、アルの祖父はこの森の奥に研究所を作り、一人で静かに暮らしていた。集落の騒ぎを聞きつけ、森を抜け集落にたどり着いたとき、祖父が見たのはこの世のものとは思えない恐ろしい光景だったそうだ。
「儂はじいじに連れられ、この森に来た。そして、じいじが研究していた眠りの魔術炉の中に閉じ込められた」
「眠りの魔術炉……って、いわゆるコールドスリープみたいなもんか?」
「こおるど……なんとかは知らぬが、その眠りの魔術炉は肉体を変貌させず、将来長い未来に目覚めるように作られた研究施設じゃ。じいじがいつかの未来を見たいと、ひそかに研究していた……じいじの宝物」
遠くを見つめるアルの目は、少し悲しげに見えた。それもそうだ。訳も分からず閉じ込められて、目が覚めたら知らない大地に立っていたなんて、こんな幼い少女に耐えられるものじゃない。
「……アルさん」
「はは、湿っぽい話になってしもうたのう。まぁそんなこんなで、儂は今の時代のことを知らぬ。せいぜい知っているのは、この世界の名前くらいじゃ」
「そっか……」
「しておぬし、おぬしも集落の生き残りなのじゃろう?聞いたことのない名前じゃった……カワナベといったか?」
「ああ、ごめん、名前でいいよ。苗字で呼ばれるとなんかくすぐったいし」
「ふむ、ではカズヤ。おぬしも儂のことは呼び捨てでよいぞ、同族のよしみじゃ」
まずい、あんな話を聞いた後だとこれが嘘だったなんて言えない。アルは自分のことを同じ集落の出の錬金術師だと思っているに違いない。それこそ、家でティッシュを錬金するだけの俺に名乗るのは余りにも大きすぎる称号だ。
「あ、あー、でも俺はその、違う集落で。その、アルのいたとことは違う生まれなんだ」
「ああなるほど!通りでウチの習わしに詳しくないわけじゃのう。そうかそうか……して、何故おぬしは死にかけていたのじゃ」
「あ」
本題に戻った。そうだそんな話してたんだった。しかしどう説明したものか。幼女を突き飛ばして守った後トラックに跳ねられて死んだ―――なんて伝わらないよなあ。
「えっと……そう、魔獣、魔獣だよ」
「なぜ少し悩んだのじゃ」
「うるさいうるさい、魔獣にな、轢かれたんだよ。恐ろしく大きな魔獣だった……あれはイノシシのような……」
「ほう、それはそこにおるデカい獣のことかの?」
「は?」
アルが指さす先を見た瞬間、そこにはよだれをたらし、大きな牙を携えた……いわゆる、大きなイノシシのような、そんな……現実離れした獣がこちらに狙いを定めていた。
「ま、まままままて!待って!違うって!なんで!?」
妄想が具現化したのか、脳みそを逡巡させる。近くには幼女、大きなモノの二つ。否が応でも思い出す。死んだ瞬間、トラックにつぶされた、鈍い感覚。
―――死ぬ―――脳裏に廻ったのは、そんな考えだった。
「アル、逃げ―――」
「は?何を言っておるカズヤ」
そういうとアルはすっと立ち上がり、俺の前へと歩いてくる。その辺に落ちていた一本の木の枝を拾い、その棒を魔獣へと向ける。
「儂はアルバート・カリオストロ。カリオストロ家の名を継ぐ由緒正しき錬金術師の末子。。こんなイノシシ程度に後れを取るなど、一族の恥じゃ」
静かに落ち着いた口調で、アルは足元に陣を描きながらイノシシへと向き直る。興奮したイノシシは今にも飛び出しそうな勢いで足を擦る。
「金よ、鉄よ、水よ、儂の声に応えよ。我が名はカリオストロ、契約を結べ、契れ。誓いの言葉は『精製』なり」
そしてイノシシはその勢いをアルへと向ける。一直線に突っ込む大きな肉の塊。アルの小さな体で、あの衝撃を耐えられるわけがない。死んだ、俺の目の前で、あの少女が。あの時の少女が、また―――
刹那、金属の壁にぶつかるような鈍い音と共に、イノシシがアルの目の前で、まるで見えない壁にぶつかったかのように制止する。自らのスピードに任せた大きい衝撃でイノシシの牙は折れ、そのままアルの目の前に倒れこむ。
「……は?」
「はっは!何を呆けた顔をしておる。詠唱中のバリアなど、錬金術師の鉄則じゃよ?―――さぁ、しまいじゃ」
そう言うとアルは手に持った枝を振り、自らの手に握りなおす。その瞬間枝に文字が刻まれ、まばゆい輝きを放つ。
「“見るがよい、これが錬金術の神髄なり”」
言い放ち、アルは枝をイノシシへと振りかざす。瞬間、アルの体の3倍もあろうかと思われる大きなイノシシの首が宙を舞う。木の枝ではありえない、余りにも鮮やかな切断面。鋭い刀で切ったような切り口からは、さほど血が流れることもなかった。
「……の、大丈夫じゃったろ?」
こちらを見て幼げにピースをするアル。
森で出会った幼女は、思っていた以上にとんでもない存在だったのかもしれないと、腰を抜かしながら俺はその小さくも大きな背中を見つめるのだった。




