王都#3
アイザックと呼ばれた男性は、錬金術師の工房の中で葉巻を吹かして二人の前に座っている。カズヤとアルは、アイザックの前に並んで座る。並べられていた椅子は柔らかく、生地の触り心地も非常にいい。用意された茶からは果物のような甘い香りが漂っている。
工房の中には、錬金術で作られたのであろう薬品や道具が棚に並んでいる。商店とは違い、値札などが付いていないあたり販売を目的したものではないのだろう。
「……それで、知恵の森の眠りの魔術炉って道具をあのジジイが作り出した、ってわけか」
「うむ。じいじが作った魔術炉じゃからなぁ、なんら問題なく目を覚ますことができたぞ。……まぁ、眠っていた期間の長さもあって儂としては夢を見ているような気分じゃがな」
「横の奴は?」
「あ、お、俺の名前は川辺和也です」
怪訝そうに見つめてくるアイザックにお辞儀をしながら、丁寧に自己紹介をする。恐らく、アルとは違って彼は経験も多い。錬金術師を騙る人物に出会う事も……少なくはなかったのだろう。
「はぐれの街に住んでいる錬金術師で、魔剣ツェットを操ることができる人物……ねえ」
ふぅ、と大きく息を吐く。口からあふれる白い煙が室内に充満する。緊張感で胃が痛い。カズヤは必死に目を逸らして、なんとか話題が終わるのを待つことしかできない。
「……アルバート、何故そんな奴を連れ歩いているんだ?怪しいとか思わなかったのか?」
錬金術師の置かれていた環境を考えれば、このような態度になることもおおむね間違いではない事も分かる。いわれのない差別を受け続け、戦争の責任を取らさせられて。王都に入った時にアルの言っていた、恨みを持たずに住んでいる人間ばかりではないという言葉がつくづく理解できる。
「ふふん、何故かなどとは愚問じゃな。そもそも錬金術師の生き残りも少ないのじゃ、出会えた同胞を邪険に扱う必要もあるまいて」
「同胞……」
「それに、カズヤは強いんじゃぞ!ツェットを自在に操って知恵の森の獣を倒したり、先日は、魔剣ダーインスレイヴの主を倒してその剣をこの錬金鞄に封印したのじゃ!」
視線が突き刺さる。恐らく……気付かれている。ダーインスレイヴの主を倒したことは事実だが、それ以上に。自分自身に欠片もマナがないことも、錬金術師を騙ってアルの傍にいるのだということも。
「あ、の俺―――」
「まあいい。それで、今日はどんな用だ?」
言葉を遮って、アイザックは別の話を始める。助かった、というよりは……意図的に話を逸らしてくれたようにも感じる。理由は単純明快で、アルがカズヤの事を信用しているのだ、ということが伝わったことが一つだろう。
「……さっきも話したが、そのダーインスレイヴについてじゃ。それ以外の魔剣についても同じじゃが……」
言いづらそうに、少し時間をおいて。アルはアイザックの目を見て再度話を続ける。
「……魔剣を全て、壊してしまいたいと思っている。先日、ダーインスレイヴによって引き起こされた事件のようなことが、二度と起きないように。……錬金術師の汚名が、これ以上世界で広まらないように」
「……そりゃあまた、随分な決意だがな」
咥えていた葉巻を石造りの灰皿へと放り込む。
「分かってんだろうな、魔剣を破壊して回るってことは……その魔剣の主を倒して、魔剣を奪い取らないといけないってことだ」
「……でも、話し合って譲ってもらったりっていう選択肢もあるんじゃ」
「そもそもだ」
立ち上がり、工房の奥へ。数枚の紙を持ってきて、机上に広げる。そこには魔剣の絵と、魔剣の持つ効力の説明、それに、それぞれの魔剣の名前も書かれている。絵の中の一枚には、先日手に入れた魔剣ダーインスレイヴの絵も含まれていた。
「魔剣ダーインスレイブ、魔剣クラウノス、魔剣リッパ―、魔剣エンプレスハート、魔剣フラムヴェルジュ、魔剣レイン、魔剣エクスカリバー……錬金術師が遺したとされる最強の魔剣はこれら7本だ」
アルからは聞いていない魔剣も混ざっているが、恐らくこれらの資料から見てこの本数で間違いはなさそうだ。どれも見たことのない装飾の数々が施されていて、現実世界にある剣とされるものとは大きく違う。
「その中でも最も能力として弱いものがお前たちの手に入れた魔剣ダーインスレイヴだ」
「え、あ、アレで最弱だっていうのか?」
「……まぁ、そんなことは承知しておる。他の魔剣であれば、戦闘経験の少ない儂らが太刀打ちできるはずもないからな」
「……他の魔剣、どれだけエグいんだよ……」
「……魔剣クラウノスは闇を操る。魔剣リッパーは視界内に存在するものを自在に切り裂く力がある。魔剣エンプレスハートはどのようなものに対しても生命力を付与する力を持ち、魔剣フラムヴェルジュは超高温の熱を炎を操り、全てを焼き尽くす。魔剣レインは水を自在に操作し、魔剣エクスカリバーはあらゆる魔術の力を使える、とされている」
「……」
それを聞くと、ダーインスレイヴが大したことのないように感じられてしまう。実際、持つもののマナを吸い取り続ける扱い辛い剣であることに間違いはないし、その能力も切った相手のマナを奪い取るもの。
つまり、あの巨躯のように自在に振り回すことのできる戦闘力が本人になければ、魔剣はデメリットだらけのただの鉄の塊でしかない。
「ダーインスレイヴだってそうだが、これら7本の魔剣はすべて、どれも一本悪意を持った者が手に入れた瞬間に国一つ容易に滅ぼすことができるほどの力が秘められている。今回は運がよかっただけ、という見立ても間違いとは言えない」
「じゃ、じゃがツェットの力があれば―――」
「アルバートの魔力に反応しやすくて、切れ味が付随された属性と共に鋭くなるだけの剣だぞ?ジジイが何の力を込めたかはわからんが、7本の魔剣より強いだなんて俺は思えないな」
ツェットの能力は伏せている。というより、説明したのがアルなのだから、俺しか知らない能力をアルが説明できるわけもないのだ。そして、その能力だけ聞いてしまえば……まさに、この魔剣は鈍の役立たずでしかない。
「ダーインスレイヴの主を倒したのがどういう力なのかは全くわからんがな。偶然アルバートの付与したマナがよい反応を示したのか、それともお前に凄まじい力があって、その力で主を凌駕しただけなのか」
「俺は……それほど強くない。なんなら森の主に撥ねられて瀕死になるくらいだし……ダーインスレイヴとの戦いも、アルがいなかったらどうなってたか分からないし」
先の戦いも、アルの治癒の力がなければそもそも腕をへし折られた時点でゲームオーバーだった。人外を相手取るほどの力は自分自身にはない。剣もただ振り回しているだけ、剣術なんてものは以ての外だ。
「……それでも、儂は……やらねばならんのじゃ……」
ぐっと手を握り、俯いて。震えた声でそう呟く。現実離れした目標であることは間違いなく、アイザックはそれをただ伝えてくれているに過ぎない。
「……一晩やる。今日は泊まっていけ、時間も遅いしな」
「……じゃあ、カズヤと同じ部屋に寝る……」
「……はっ!?」
突如降り注いだ言葉に目を白黒させる。いや別にこんな幼女と寝たって何か思ったりはしないが、それでも男と女が同じ部屋で寝ているというのはあまりよい環境であるとは言えない。
「……」
アイザックは更に怪訝そうな目でこちらを見てくる。やめてくれ、俺は別に幼女趣味があるわけではない。勝手にこの幼女が突然意味の分からない提案をしてきているだけなのだ。
「……その理由は?」
「む?何も不審がることもあるまい。そもそも儂はじいじとずっと寝ていたのじゃ。1人で寝るなど不安で仕方ないしの!」
「いやアル待ってくれ、その、いくらアルが子どもとは言え、俺は男だし」
「子ども扱いするなと言っているじゃろうが!」
「だったら尚更男と同じ部屋で寝ようとするなよ!」
「……く、くっく、はっは!ははは!」
突如笑い出したアイザックに二人で目を見合わせて驚く。けらけらと数回笑った後、葉巻を口にくわえてまた笑う。
「いや、悪い悪い。どうにも仲のいい兄妹にしか見えんでな。そうかそうか。アルが信頼する理由もわかるよ、カズヤ」
「え?えっと、どういう」
「アルはな……小さな時から天才だと言われていた。錬金術を使う才能に秀でていて、ありとあらゆる誓約を結ぶことができる。本来錬金術師は一つの誓約が限界なのに、だ。だからこそ……」
ふと、アルを見て少し寂しそうな顔をして。
「……だからこそ、ガキの頃からこいつは周りから色々な目で見られた。同年代の友達なんてものもいない。大人たちからは期待され、子どものような待遇ではなく、一人前の錬金術師として厳しい教育や訓練にも突き合わせ続けていた」
「……なんじゃ、藪から棒に古い話を持ち出しよって」
「だが、知っての通りこいつはまだ10歳のガキだ。それをよしとせず連れ出して、対等に接してくれたのがこいつのじいさん、カリオストロだ。ま、血は繋がっちゃいないんだがな」
「そうだったのか……」
「……お前からは、カリオストロと同じものを感じるよ。だからこそ、カリオストロが遺した訳の分からん魔剣を操ることもできるんだろうな」
「カズヤがじいじとぉ?……はっ、ないな、カズヤには所謂礼儀とかそういうもんが欠如しておる。じいじと比べるなど所謂月とカメベルガーのようなものじゃ」
「カメベルガーってなんだよ!それにお前よりは礼儀もしっかりしてるっつの」
「初対面で失礼な事言ったやつが何を言う!」
「はははっ!!」
喧嘩する様子を眺めて、またアイザックが笑う。
「……カズヤ、アルバートといい友達になってくれや。アルにとっても初めての同年代の友人だ、つっても、少し歳は離れてるけどな」
「……まぁ、はい。別に、問題ないですけど……」
「なんで嫌そうな顔をするんじゃ」
「嫌じゃねえよ」
「……む、そ、そうか……」
「そしたら、お前とカズヤは同じ部屋で寝ろ。丁度工房の2階に寝室がある。俺は今日は徹夜で仕上げないといけないもんがあるんでな、用があれば1階に降りてこい」
工房の奥にある階段を指さす。古臭い作りの木でできた階段の先は薄暗いが、2階に続いている様子が分かる。
「……アルバート、ダーインスレイヴを出して置いとけ。今後どうするかはさておき、手に入れてきた魔剣だ。こいつ一本位は処理しておいてやる」
「……ありがとの、アイザック」
「だが、その先はビジネスだ。いくら生き延びた同胞だったとしても、その辺をまけるつもりはないからな」
「……うう~、ごうつくジジイめ」
「ハハ、言っとけ」
この工房に来てから、アルの顔色や表情が少し良くなった気がする。昔の知り合いに会うことができた安心感と、抱えていた想いを吐き出せたこと。頼りない、ただの人間のカズヤに話すよりも、より気持ちが穏やかになるのだろう。
ある程度の会話を終え、ダーインスレイヴをアイザックに預けた後、寝室へと行こうとした二人に、アイザックが声を掛ける。
「カズヤ、少しだけ話がある。後で降りてきてくれ」
「む、儂に黙って秘密の話か?」
「大人の話だよ、お嬢さん」
むくれるアルを余所目に、荷物をまとめて下の部屋に。アイザックは大きな機械らしきもので魔剣に何かを施している様子だ。下りてきたカズヤに気付き、振り向いて手招きをする。
「よう、こっちだ」
「……その、話っていうのは」
「……ツェットと、お前の来た世界のことだ」
その言葉に、カズヤは少し驚いて。招かれるがままに席に着いた。