王都 #2
王都に着くと、そこは昨日までとは天と地ほど違う空間だった。多くの亜人や人が行き交い、時には人の形すらしていないものまで。多種多様な人種や種族が町の中で交流し、行商している。普通のファンタジーゲームでも見ないほど、人と人でないものとが深い付き合いの中で生きているような光景だ。その光景を見てカズヤは圧巻され、口を開けたままぼうっと立っていた。
「カズヤ……カズヤっ!そろそろ降ろさんか、ばかものっ!」
ふと小脇に抱えた幼女がばたばたと暴れだしていることに気づく。意識を街に持っていかれていたカズヤはふと我に戻り、慌ててアルを地面に下ろす。地に足を付けたアルは服の裾を払い、カズヤに向き直る。
「何を呆けておるのじゃ。こんな光景、今じゃ当たり前じゃろ?」
「あ、ああ……い、今じゃってことは、昔は違ったのか?」
「儂が昔王都に来た頃は……そうじゃな、まだ人間しかいない街の光景だった。少し前に来たときには儂も驚いたよ。魔族や、魔物、エルフのような亜人種、果てはゴブリンまで……」
「……エルフとか、ゴブリンとか、そういうのってこの世界にもいるんだな」
「この世界?」
「あ、ああいや、俺が住んでたあたりにはいなかったからさ」
「ふーむ……まぁ実際、儂が眠る前にはこの王都は人間が支配する、人間のための国であった。亜人種も魔族も、すべて錬金術師が作り上げた魔剣による戦争で滅ぼしていったのじゃ。だからこそ……恨みもなく、奴らがこの街に住んでいるはずもない。多分な」
アルは少し寂しそうな顔をしながら遠くを見つめている。そんなアルを見て、また軽く頭に手をやる。強がったり、知識が変にあったりするが、中身は見た目通りの少女なのだ。少しずつ心が折れないように、自分を奮起しようとしているその姿が、とても健気に見えた。
……ふと、街中で自分に向けられている視線に気づく。おかしい、あまり大きな声で話したり、動いたりもしていない筈なのだが。目立たないようにを決め込んでいるカズヤだったが、既にかなりの人数から注目の的にされている。
「なぁアル、なんかすっごい見られてる気がするんだけどさ、俺何かやったかな」
「……まぁ、王都にそんな強そうな剣を腰に着けて入ってくる奴はおるまい、それにカズヤの貧相な服も注目の対象ではないか?初めて会った時からすっかり見慣れて忘れておったが、お主のその服はどの国で作られた服なのじゃ?」
「あ」
ふと冷静になって考えてみると、ツェットを腰に携えたまま街に入ってしまった。それだけならまだ誤魔化しようはあるが、最初に森の中で倒れていた時から服を着替えた覚えがない。つまるところ、自身の返り血で真っ赤に染まった、所謂ジャージ姿なのである。
見たことのない服、服に着いた大量の返り血、そして腰に着けた剣……。目立つなという方が無理がある。
というかそもそも、街の人間の服装を見るに横の幼女の服装も明らかにヤバい。スク水のような服にぶかぶかの白衣?どこぞのマニアック趣味の殺人鬼が幼女を誘拐してきたようにしか見えないぞ?
「……アル、早急に服を買いに行こう」
「うん?オシャレさんというやつではないのか?」
「そもそもお前もおかしいんだアル、お前の服と周りの服を見比べてみろ」
「なぬぅ!由緒正しきれんきモゴッ」
「だからその名前は出すなって言ってるだろ!」
慌ててアルを制止する。まずい、騒いでるせいで余計人の目が集まりだした。ざわざわと声を立ててうわさまでされている始末。このままでは勝手に侵入したことまでバレかねない。
「いいかアル、俺たちは今あまりにも王都に似つかわしくない格好でここにいる。これは非常に恥ずかしく、そしてあまりにも耐えがたい事実だ。ひとまず王都にふさわしい各校に着替えること、街を散策するのはその後だ、いいか?」
「モゴッ、モゴゴッ、ムゥーッ!」
アルの口を抑え、抱え上げたまま街中を歩きだす。既に正常な判断はできておらず、息荒く街の中を歩く姿はまさに変態のそれだ。現実世界であれば即警察沙汰になりえる光景を作り出しているが、カズヤはその事に気づくことができない。耐えかねて、アルがカズヤの指をガブリと噛んだ。
「いっでえええ!」
「はっ、はーっ……!鼻までふさぐバカがどこにおる!?殺す気か!?」
「あ、ああ、すまん……どうにかしてた」
「まったく……お主は変なところで格好いいくせに、変なところでグズになるな、変わった錬金術師じゃ……。まぁよい、王都に来たのには理由があってな、丁度そこは仕立て屋もしておる。……最も、儂が寝ていた頃の店じゃ、今も変わらず続いているといいのじゃがな」
着いてこいと言わんばかりに、アルはくいくいと手招きをして走り出す。人ごみをかき分けながらアルに着いていくと、大通りから入り込んだ道に、また大通りに、また道を変えて、また小道に……。次から次に景色が変わっていく。広い街の中でここまで複雑な道を覚えているのがすさまじい。これが最年少錬金術師の記憶力というやつなのだろうか。
アルの後ろを着いて走るにつれて、少しずつ人が減り、周りの光景が変わってきたように感じられる。おかしい、大きな街の中であるはずなのに、壁には蔦が這い、地面は徐々に土の床へと変わっていく。舗装すらされていない自然の道に戻るころには、先ほどまで歩いていた街道のような光景へと街の姿が変貌し始めていた。
「お、おいアル、これ一体どうなってーーー」
「よかった、まだ通じていた。この道が続いているということは……」
アルは一目散に駆け出し、更に奥へと進んでいく。周りの風景はもう街の中とは言う事ができない。既に人影はなく、そこにはカズヤとアルの二人だけの姿があった。
十分程度の道だろうか、進み続けてたどり着いたところは、想像できないほど大きな樹と、その下にある小さな一階建ての家だった。
「ここが最初の目的地、錬金工房じゃ」
「錬金工房?」
「ああ、ここは人除けの錬金術がかけられていてな。錬金術師やその従者、弟子であったり、または結婚相手であったり……。錬金術師と関係をもつ相手や、錬金術師が認めた相手だけが入ることのできる場所なのじゃ。王都の中の一区画からその道に入ることはできるのじゃが……そうした関係を持たない者は、街の中をぐるぐると回るだけになる」
「つまり俺はアルと関係を持っているからここに来れたってことか」
「それもあるし……カズヤは錬金術師じゃろ?来ようと思えばいつでも来れるし、そもそもカズヤの故郷にはこうした工房はなかったのか?」
「ああ、見たことも聞いたこともないな」
しれっと真顔で嘘をつく。そろそろ錬金術師と立場を偽るのにもなれてきたなと実感する。いぶかしむ様子もなく、アルはカズヤの手を引き家の方へと歩き出した。
「まぁ細かいことはよい、ここの店主はじいじと昔懇意にしていてな。長年生きる種族ではあるから、今も生きていると思うのじゃが……何分錬金術師は昔の戦争の影響もあってほぼ皆殺しじゃ、店主も例外ではない……はず」
バツが悪そうな顔をしてアルは苦しそうに呟いた。事実、魔剣を作った責任や、身勝手な王もいたわけだし、魔剣自体に殺された錬金術師も多くいるだろう。昨日封印したダーインスレイヴも、持ち主の人格を破壊し、異常なまでの殺戮行為を働く道具になっていた。
あれだけ危険なものを生み出すことができる錬金術師達を恐れて、全員殺してしまう、というような事はあり得る。それに、仲間が死んでも平気で隠れ住むことができる人間なんて、少なくともそう多くはない。
「儂は……多かれ早かれ殺されていたのじゃ。じいじだってそうだった。だからこそ、他の者を見捨ててでも、一人でも、二人でもいい、少しでも生き延びてくれている者がいればよい」
家にたどり着き、扉に手をかける。アルの体は震えていた。ドアノブにかかった手に、手を重ね、一緒にノブを開く。扉を開けたそこでは、オレンジの光が宙に浮かび、あちらこちらに薬品や道具が並ぶ光景が見えた。明らかに人の手が加わっている様子が見て取れる。
先ほどまで誰かが座っていたのか、座布団の近くに置かれた灰皿らしきものの上には、火の着いた葉巻のようなものが置かれていた。それを見たアルが、嬉しそうに目を輝かせながら大きな声で叫ぶ。
「アイザック!おるのか!?アイザック!」
アルが大声で呼びかけると、葉巻が置かれたレジのような場所の裏にある扉から、がさがさと物音が聞こえた。少し待つと中から壮年の男性が姿を現す。髪は白髪交じりの金髪でオールバック。顎の下に無精ひげが生えている。金色のモノクルを掛け、ボロボロのエプロンを着たその姿は、どこかイメージの中にある錬金術師そのものと言えた。
「なんだ騒々しい……久しぶりの客だと思えばガキ……」
アルの姿を見たアイザックは目を丸くした。この世のものではないものを見たかのような表情だった。
「アルバート、アルバートか!?」
「アイザック……よく無事で」
数年、数十年ぶりの再会なのだろう。二人は少し見つめ合い、嬉しそうにほくそ笑みながら、少しの時間黙っていたのだった。