王都 #1
集落を後にして、アルとカズヤは先ほどの街道へと戻ってきた。集落の中には、魔剣に殺された人と、魔剣に振り回され、運命を狂わされた悲しい巨躯の墓標を作った。
「……カズヤ、大丈夫か?」
「ん、あぁ、大丈夫だよ。ちょっとまだ感覚が残ってて……ビビってるけど」
ははと無理して笑って見せる。アルは心配そうにカズヤを見ていたが、いつまでもこんな空気を保っているのもよくないと感じたのだろう。にんまりと笑って、カズヤの前に駆けだした。
「なぁカズヤ!そろそろでっかい街が見えてくるぞ!あの大国は儂が眠る前から続く街じゃ」
アルが指さした街道の先、遠くに大きな門が見えた。元の世界では見られないような光景、ここがいかに魔法などが発達した非科学的な世界なのかがよくわかる。
見慣れない光景だったこともあり、カズヤは素直に感嘆の声を上げた。
「おぉ……すげえ」
「なんだカズヤ、お主ずいぶん小さな集落に暮らしていたのじゃな、あれくらい大国ともなると普通じゃよ?」
「つっても、大国となると、だろ?俺が住んでたとこも都会だったけどあの街はなんというか……城?」
「……まあ、城はあるの。何しろあの街はこの国を治める王が統治する城下街じゃ。人間だけならず、獣人、亜人種……様々な種族が入り混じるこの国一番の大国じゃからのう」
獣人や亜人など、ゲーム以外では聞いたことがないような名前が並ぶ。魔法の世界というのに着いていくのがそろそろ限界を迎え始めているが、ひとまず身体を休めるためにも歩みを進める。
その時、後ろから聞きなれない声が聞こえてきた。
「おうい、兄さんたち。兄妹かい?」
「なッ」
その声を聴き、アルは声の先をキッと睨みつける。馬2匹に曳かれた馬車に、帽子を被って髭を生やした中年の大柄の男性が座っていた。積み荷はカバーがかけられよく見ることができないが、あの風貌を見るに……いわゆるファンタジー世界でいうところの商人という奴だろう。
そしてアルはおもむろに駆け出すと、商人の座る腰掛の所で声を荒げる。
「儂が妹!?貴様ぁ~!儂をいくつだと思っておる!子ども扱いしよって!儂の名前はアルバートーーー」
「あ、あー!そうなんですよこいつ俺の妹で!ははは、元気なもんでしょ!」
「ははは、仲のいい兄妹だねえ、旅行かい?」
「え、ええ、そんなところです」
アルの口を抑え込み、慌てて言葉を遮る。むーっむーっと呻きながら、アルはじたばたと暴れてカズヤの拘束から逃れようとしていた。
「ぷはっ……カズヤ、貴様なぜ止める!」
「うるさい!……お前は長い間眠っていたんだろ、ということはカリオストロの一族はもう滅んでてもおかしくない。だが高名な錬金術師の一族ってことは、この街に来る奴が知っててもおかしくないだろ?」
「ぐぬ……まぁ、それは……」
「それなら、アルは俺の妹で、二人旅をしている兄妹って方が都合がいいだろ?とりあえず妹になっててくれよ、な」
「く……ぐぐ……」
アルは視線を右へ左へと動かした後、改めてこちらを見て上目遣いで頬を赤くする。どうにもプライドが許さないのか、中々言葉が出てこない。ぶつぶつと何かしら言葉をささやいた後、アルは周りに聞こえるかどうかというくらいの小さな声で囁いた。
「……お……にい……ちゃん」
瞬間。自分の中で何かが弾け飛んだような感覚に満たされる。生まれてから妹というものはできたことがない自分ではあるが、妹が欲しいという感覚だけはずっと持ち合わせていた。それはゲームや漫画に出てくる明らかに妹妹した、デレデレの妹の姿だけなのだが、現実を知らない自分にとって妹とは、兄に対して恋をして兄の容姿を気に入り、兄の一挙手一投足で赤面するような存在なのだ。つまり今のアルの、赤面し上目遣いでお兄ちゃんと囁く姿はカズヤの心の中の妹欲を満たすにはあまりにも十分すぎる姿なのである。
「お、おぉ……」
しかし、カズヤはあまりにも妹経験が少なすぎる。言葉になるようなならないような呻きを上げると、アルから目をそらしカズヤは地面に目をやった。明らかに様子のおかしい二人を見て、商人はがははと声を大にして笑った。
「お前さんたち何か事情がありそうだな、田舎から出てきたのか?」
はっと我に返り、一瞥する。商人特有の相手を見る目、これは自分がサラリーマンをしていた時にも、お得意先から向けられていたものと同種のものだ。下手な事を言えば間違った結果になりかねない。ツボを売られたり、ぼったくられたり、というような事に。
「え、ええ。実はここより南東の……集落から来たんです。ご存じですか?」
「おぉ、あの集落にはよく行くよ。羊の毛が上質でね。取引先としても非常に優秀な集落だ。あそこの出ってことは放牧民かい?」
「お、俺たちは羊飼いです……まだ見習いですが」
「がっはっは、そうかそうか、で、その羊飼いが何の用で王都へ?」
商人の品定めの目線は続く。どうにもこの商人はカズヤ達のきな臭さを見定めようとしている様子だ。こちらを値踏みするような嫌な目……だが、こういう話し合いはこなれている。現実世界でも1年ちょっとしか経験していないが、こういう顧客には嫌というほどであってきたのだから。
「……修行ですよ、羊飼いも一人前になるころには一人で行商に出ないといけません。親から言われて、跡継ぎになるために今は修行のため、王都に行商に出ているんです」
「ほーう……」
商人はちらちらとアルの方を見やる。明らかに羊飼いの服装ではない二人の姿に違和感を感じていたが、その違和感に対する絶対的な答えが見つからない様子だった。
「お嬢ちゃんは……お兄さんの付き添いかい?」
「……う、うん」
「はは、人見知りなんですよ。あんまりイジメてあげないでください」
そう言いながらアルの頭を撫でる。また噛みついてきそうだと少し心配したが、心配をよそにアルはカズヤに撫でられるとき、少し嬉しそうに頭を揺らした。
「……がっはっは!」
商人は突然笑い出した。呆気に取られている二人をよそに、馬の手綱を引いて少し前進させる。
「いや、疑ってすまなかった。最近行商人のフリをした悪漢が王都に入り込んでいることをうわさで聞いてね。しかしアンタらは行商人ではないにしろ、明らかに怪しい人物ではなさそうだ。どうかよい旅を、セイレニアの加護がありますように」
行商人は帽子を外し一例し、そのまま馬車を進め王都に向かって前進していく。帽子を外した時にちらと頭が見えた瞬間、頭に小さな角が日本付いていることに気づいた。おそらくあれが亜人族というものなのだろう。
「……アル、今の話どう思う?」
アルの頭を撫でながら声をかける。返事はない。ふと下を見てみると、アルは気持ちよさそうにカズヤのなでなでを享受していた。
「……アル?」
「はっ……ど、どうしたカズヤ?」
「いやどうしたって……頭撫でられるの好きなのか?」
「はっ!そ、そんなわけあるまい!儂は長年を生きた錬金術師じゃぞ!?いやまぁ年齢は十を数えただけではあるが……と、ともかく、頭のなでなでごときで喜ぶほど儂は子どもではないっ!断じてっ!決してっ!」
必死に頭と手を振りながら、アルはカズヤから離れて顔を抑える。真っ赤になっている耳を見て、これ以上意地悪を言うのはやめようと思い、話を戻すことにする。
「……で、あの行商人の話どう思った?」
「……あ、ああ、街に悪漢がという話か?ない話ではあるまいて。先ほども話したことじゃが、王都というのは種族だけでなく、色々な人間が訪れる。それは良い人間ばかりではない、王都で悪さを働き一獲千金を狙うもの、誰かしらの命を狙うもの……欲望が渦巻いていてもおかしくはないと儂は思うがの」
「そうか……ファンタジーの世界だって言ってもそういうとこは現実の世界と何にも変わらないもんなんだな」
「……ファンタジー?カズヤはたまに変な言葉を言うな?どういう意味なのじゃ?」
「あ、ああ、いやなんでもない。と、とにかく用心することに越したことはないな」
ごまかす様に言葉を濁し、アルの手を引き王都への道を進む。舗装された道に石で作られた床が見え始めてきた。徐々に王都へと近づいてきている証拠だろう。少しずつ歩きづらい砂利道が消え、石の道が並び始める。
「王都が近づいてきたな……カズヤ、その、そろそろ……手を離してもらえるか?」
「あ、ああ、悪い」
先ほど受けた妹エネルギーがまだ身に残っているようだ。慌ててアルの手を離し、少し距離を開けて歩き始める。周りも少しずつ騒がしくなってきた。都会特有の、たくさんの人が話す、ざわざわした景色だ。昨日まで静かな集落や森の中で過ごしてきた身にとっては、少し苦しい風景である。
「アル……王都ってどれくらい人がいるんだ?」
「んー……おおまかに何人か、という事を言えるほど儂もまだこの時代の知識には詳しくない。それに、この時代であればカズヤの方が詳しいのではないか?儂は起きて間もないのじゃし」
「あ、ああ、でも俺も田舎の出だから、王都って行ったことがないんだよ。ちょっと陰気なとこで暮らしてたっていうかさ……」
「まぁ錬金術師の里は大体そういうものじゃな……隠れ里のようなところが基本的に多かった。かく言う儂もそういうところに住んでおったわけじゃから、人のことは言えんがなあ、ははは」
時折自分が錬金術師設定であることを忘れそうになる。アルを傷つけないためにも、この設定だけは守らなくては……そういうことを考えながら歩いていると、視界の中に大きな門と衛兵の姿が見えてきた。門の前では先ほどの亜人の商人が困ったように地面の岩に座り込んでいた。
「ん……さっきの」
「おお兄ちゃんたち、よく追いついたな。……といっても、俺もここで足止めを喰っているんだから当然か、がはは」
商人はあっけらかんと笑っているが、明らかに何かトラブルが起きているようだ。衛兵は商人のことを一瞥すらせず槍を構えて立っていた。
「何かあったんですか?」
「ああ、どうにも城下町のほうで事件があったみたいでね、今中で調査が行われているから、外からの訪問には許可証がいるみたいなんだよ」
「事件……?」
「うーん、どうにも人死にがあったみたいでな、誰が死んだとかそういう話は聞いていないが、調査中のために中には入れない、と言われてしまったんだ」
「人死にって……殺人事件ってことか?」
「ああそうだよ。ったく、こんな真昼間から堂々と人を殺すもんかね」
「アル……」
「だから言ったじゃろ、王都なんてそんなもんじゃ。広い街というのは、案外ロクなもんじゃないということじゃな……まぁ見ておれ、儂にかかればこの程度の封鎖屁でもないわ」
はははと笑いながらアルは衛兵へと近づいていく。嫌な予感しかしないが、もう一度あのクソ暑い直射日光の道を歩いて森に帰るのもごめんだ。
「困ったのう……儂のおじいちゃんが王都にいるんじゃが……寂しいのう、今は入れなかったら次に会えるのは十五年先と言われてるんじゃが、お兄さんたち通してはくれんかのう?」
ちらっちらっと衛兵の方を見ながらアルはくねくねと変な動きをして伝える。失策すぎる、色仕掛けにしても同情を誘うにしても間違えている行動だ、なんなら二つが混ざり合ってカオスの極みである。
当然のごとく衛兵はアルに見向きすらしない。
「衛兵のお兄さん~悲しくて泣いちゃいそうなのじゃ~、い、れ、て♡」
「うるさいぞガキ、今王都は封鎖中だ。いいから親御さんの所に帰るんだな」
「だからその親御が王都にいると言っておるじゃろう!」
「だから王都は封鎖中だと言っている。いいから帰れ、保護者はおらんのか保護者は。これだからガキは嫌いなんだ」
「……さっきからガキだガキだと……」
ぷるぷると震え始めるアル。あ、これはあんまりよろしくないやつ。察したカズヤは慌てて駆け出しアルを抑えようと飛び込む。しかし少し手遅れ、アルはぶつぶつと誓約を唱え始めていた。
「大地よ……草よ……水よ……儂の声に応えよ……我が名はカリオストロ……契約を結べ、契れ。誓いの言葉は『成長』なり……」
「ま、まてアルっ!こんなところで術をーーー」
「見るがよい、これが錬金術の真髄なり!」
思いっきり錬金術って言っちゃったー!カズヤは頭を抱えながらアルの口をふさぐ。誓約の呪文も唱え切ってしまった、完全に手遅れである。アルの誓約で、地面の雑草たちがまるで意思を持ったかのように草を伸ばす。槍を持つ衛兵の腕と脚を縛り付けるように、成長した雑草たちが衛兵に巻き付いていく。
「うお、な、なんだっ!魔物か!?」
「で、伝令っ!伝令!正体不明の魔物が現れた!応援を!」
幸いな事に呪文の詠唱には気づかれていない様子だ。草を魔物と勘違いしてくれているのをいいことに、アルの口を押えてアルを抱きかかえながら王都の大きな門の横にある通用門の方へと走っていく。
「あ、あんた達一体」
近くで見ていた亜人族の商人が呆気にとられたように走り去るカズヤ達を見て呟くように言い放った。カズヤは商人の言葉に気づき、言葉に応えることなく苦笑いをしながら王都の通用門の中へと飛び込んでいく。
衛兵達が気付くことはなかったが、近くで見ていた商人にははっきりとアルの唱えた誓約が聞こえていた。あの言葉は、あの呪文は、古くから続き、今は失われた……『錬金術』の呪文だ。
「錬金術……あの子ども達は一体……」
走り去るカズヤの背を見ながら、商人は一人呟いていた。