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鈍の魔剣と錬金術師  作者: 茶菓
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魔剣との出会い #6

 アルが落ち着くまで少し待った後、目の前に転がる巨躯の体を調べてみる事にした。戦いの中で落ち着いてみる事はできなかったが、改めて見てもやはり異形。明らかに人間の体ではなかった。


「なぁ、アル」


「ん?」


「こいつの体なんだけど……明らかに人間じゃないよな。この世界ってこういう奴がいるのが普通なのか?」


「この世界……?何を言っておるか分からんが、少なくとも儂が眠る前の時代に、このような異形のバケモンはおらんかったの」


 そのあたりから木の枝を拾ってきたアルはつんつんと異形の体を突いて見せる。特に反応もなく、呼吸の音もしない。おそらく倒すことができたのだろう―――そう信じたい。


「こいつが持っている剣はまさしく、魔剣ダーインスレイブ。血を吸い魔力を吸い上げる恐るべき魔剣じゃ。こんな剣野放しにしていては、また新たな殺人鬼が生まれてもおかしくない」


「でもこの剣って持つだけでマナが持ってかれるんだろ?どうやって持っていけばいいんだ?」


「ふふふ、よくぞ聞いてくれた……じゃーん!」


 アルは懐から小さなカバンを取り出した。現代でもよくある肩掛けポーチくらいのそれを自慢げにカズヤに見せつけた後、巨躯の近くに転がっているダーインスレイブの傍にとてとてと駆け寄っていく。


「……そんな小さなカバンに入るのか?」


「はー。カズヤ、そういう冗談は錬金術師の間ではあまりウケないぞ。お前も知っているじゃろ、錬金術師の必須アイテムじゃよ?」


「あ、あぁそうだったな。はは……宴会だと大ウケだったんだけど、はは」


 目を泳がせながら必死にごまかす。そろそろこの嘘も限界を迎え始めている気がしてきた。訝しげにこちらを見るアルから目を逸らしていると、アルは、はぁと小さくため息をついてカバンから一枚の布を取り出した。


「その布は?」


「魔力の伝達を遮断する布じゃ。これ一枚あれば、どんなにマナを秘めている魔剣でも手に持つことができる」


「……ならそれ、この魔剣の時にも使ってればよかったんじゃないか?」


「あー……いや、実はその魔剣は恐らくこういう類で持てるようになる代物ではないのじゃ。何しろじいじのとっておきじゃからな、持てる人間が限られていると言うか……」


 ダーインスレイブの柄を取り出した布で包み、せぇのと大きく声を上げてアルは必死に持ち上げようとするが、何しろ体くらいの大きさのある剣だ。マナがどうの以前の問題で、アルの力で持ち上げるのには限界がある。ぷるぷると震えている所を見ると全力を込めている事はよくわかるが、全くと言っていいほど持ち上がる気配はなかった。


「ふ、ぬぬぬ……ぐぬぬ……」


「はぁ……変わるよ」


 アルの傍に寄り、マナを遮断する布越しにダーインスレイブを握り、持ち上げる。元の世界で模造刀なんかを持ったことはあったが、この剣はそんな偽物の刀の数倍重たかった。両手で持ってようやく持ち上がるかというくらいの重量。あの巨躯はこの剣を片手で振り回していたのかと思うと、ぞっとする。


「で、この剣をそこのカバンに入れたらいいのか?」


「その通り、ほれ!」


 ぐいっとカバンを広げる。口の中は真っ暗で、どこまで続いているのか分からないほど空間が広がっている様子だった。表から見ればただのカバンなのだが……所謂四次元なんとかのようなものなのだろう。アルが広げているカバンの中に、ダーインスレイブの先を差し込むと、するするとカバンの中に収納されていった。


「おぉ……」


 呆気に取られるカズヤの顔を見て、アルはくすくすと笑った後、カバンの蓋を閉める。そして巨躯の持っていたもう一本の刀の方へと近付いて行った。


「そういや、その刀も魔剣なのか?」


「この形の剣の事を刀というのか?不思議な呼び方じゃな」


「え、そういう風に言わないのか?」


「うーむ、そう呼んだことはないな。切ったり裂いたりできるものは、すべて総じて剣と呼ぶ。錬金術師は特にな。名称を複雑化してしまうと錬金術を付与するときに悪影響が出やすいのじゃ」


「ほほー……確かに付与する対象を呼んだりするときに名称間違えたりとかしそうだもんな」


「うむ。そして名称の間違いは錬金術に於いては最も愚かでしょうもないミス―――っと」


 先ほどの布をカズヤから受け取り、アルは刀の柄にまた同じように巻き付ける。今度の刀も同じく持ち上げる事が出来ない様子だったので、近くに行き、また持ち上げる。先ほどの剣と比べると小ぶりだが、3尺3寸と呼ばれる長物の刀。それなりの重量はあるが持ち上げられないほどでもない。


「うーーーむ……しかし、この剣の形状は見たことがないな」


「アルでも知らないのか」


「うむ、魔剣は大体本やじいじの話で形状なども知ってはいたが……これは明らかに魔剣ではないな。マナの乗り方も魔剣と呼ばれるほどの技術は感じられん」


「となると……すげえ業物だけどこれはただの刀ってことか」


「カズヤの言い方で言うならそうなるじゃろうな」


 あれだけ凄まじい切れ味で魔剣でないとすると、やはり魔剣と言うのはよっぽど恐ろしい物なのだと改めて実感する。そして倒れこんでいる巨躯の恐ろしさも。なんでこんな重いもん2本とも片手で振り回してるんだこいつ。―――というか、よく勝てたな、本当に。


「何はともあれ完全勝利……とまでは行かんが、儂らの勝ちじゃ。この集落の人間はもう戻ってこんが……」


 遠くを見つめるアルの頭をぽんと叩く。頭を押さえて恨めしそうにカズヤを見るが、ふっと笑って立ち直る。その時だった。


「……錬金術師……」


「うおっ」


 後ろで倒れていた巨躯がゆっくりと起き上がり、こちらを睨みつけていた。腕で地面を掴み、ぐっと大きな体を起こしていく。……腕?

 切り落としたはずの腕が、当たり前のように体にくっ付いていた。自然治癒どころの話じゃない。治癒の錬金術で治したのか。そうすると、こいつもアルと同じレベルの錬金術師という事なのだろうか。


「離れろカズ―――」


「俺の負けだ」


 地面にあぐらをかいて座り込み、巨躯は静かにつぶやいた。


「……は?」


「俺の負けだ、錬金術師」


 先ほどまでの狂った口調は何処へ行ったのか。極めて冷静な声で巨躯は敗北を告げた。


「……その剣で首を斬れ、そうすれば……ようやく死ねる」


「……どういう意味だ?」


「俺は……疲れた。魔剣に取り憑かれ、元の姿も失くし、魔剣に込められた錬金術師への恨みだけで生きて行くことになってしまった人生に」


「魔剣に?」


「お前たちが先ほど収納した魔剣……ダーインスレイブは、人の魂を操り、殺人衝動が抑えられなくなる恐るべき魔剣だ。俺は元々軍に所属していた兵の一人だったが、その魔剣を手にした時に意識を失い……魔剣の主となった」


「どこでこの魔剣を手に入れた?望まぬ魔剣の主であるなら、どうして魔剣を手に入れようと思ったのじゃ」


 巨躯は空を見上げながら話を続けた。


「俺たちの国は、弱小国だった。軍備も足らず、人員も少ない。戦争になれば大国に簡単に捻りつぶされてしまうような、そんな国だった―――」


 巨躯が働いていた国は大国の近くにある小さな国だった。絶対的な王政で民衆は疲弊し、大国へ無謀な戦争を繰り返し、何度も敗北をし、物資なども底を尽きていた。

 その時に、王が昔から伝わる伝承を聞き、そしてその伝承の通りに国の外にある小さな祠へと向かった。そこで封印されていたのが、ダーインスレイブだった。

 伝承の中にはダーインスレイブの逸話も残されていた。振るう者のマナを吸い、殺人鬼へ変貌を遂げる恐るべき魔剣。王が自分でその魔剣を振るおうとしないのは当然だった。

 そこで、兵士の中から希望者を募った。しかし恐ろしい逸話の残る魔剣。誰もそんなものを手に入れようと思わなかった。そのような態度の兵士たちに王は怒り、そして一人の兵を強制的に魔剣の主にしたのだ。一番初めの魔剣の主として遣わされたのは、この巨躯の親友だった。


「魔剣の効力は凄まじかった。小さな国であった我が国が、一躍大国との戦争でも勝てる国に変貌したんだ。……当然だ、たった一人で敵の大群をすべて受け止められるんだからな。でも、そんな常勝も長くは続かなかった」


 巨躯の親友は、日に日にその様子を変えて行った。体はマナを吸われる反動で徐々に神経が浮き上がり、魔剣の効力なのかそれに対抗するためなのか、異常な体つきへと変貌していった。戦いの後の親友の姿は獣のようで、血走った眼を向けられた時には死を覚悟するほどだった。

 最初の内はまだ制御が効いていた。魔剣を手放せばマナを吸い取る事もなくなっていたし、戦いの後も何事もなく日常の生活を送ることができていた。しかし、2,3か月たった辺りで迎えた戦争で、その悲劇は起きた。

 魔剣の主となった巨躯の親友が、味方の軍の兵士たちを一人残らず殺害した。戦場は真っ赤な血で染まった。戦いが終わった後、親友の処刑が決まった。仲間殺しの罪は重い。民衆の前で見せつけるように断頭台にかけられ、今まさに処刑が執行されるその時、親友の体膨れ上がり、断頭台を破壊したのだ。


「そのあとは酷いもんだ。町の人間はみんな殺され、王も死んだ。国はたった一人の人間と、魔剣によって滅んじまった。最後に残されたのは、俺一人だけ……唯一の良心だったんだろうな。そして言われたよ、『俺を殺してくれ』ってな」


 そして、巨躯は動かなくなった親友の首を切り落とした。その時に拾ったダーインスレイブの魔力に当てられ、こうして今も魔剣の主として戦いを続けていたのだそうだ。


「……ようやく、終わる。俺は何人も殺した。この集落の人間たちだって―――魔剣のせいとは言え、俺が全部殺しちまったんだ」


「……さっき言っていた、錬金術師への恨みというのはなんなのじゃ?」


「魔剣にはそれぞれ錬金術師の魔力が込められている、ってのは知ってるよな。そして魔剣は昔の魔導戦争の時に使われた武器。その時に殺した人間たちの恨みが籠ってるんだろうよ、あいつらさえいなければ……ってな」


「……」


 話を聞いたアルは、ぐっと目を伏せた。錬金術師のせいではない、それは分かっている。しかし、いざ被害者の思いを感じると、やはり苦しいものだ。


「……あぁ、疲れた。もういいだろう。一思いに殺してくれ。俺はもう生きて行きたくない。あの世で、殺しちまった奴らに詫びてくるよ」


「え、で、でもよ―――」


「……人を殺したことがないってか。はは、そりゃそうだ。……だけどな、お前ももう魔剣の主だ。殺して殺されて、そうした世界だよここは。甘ったれた事言ってられるほど、甘い世界じゃないぞ」


「……」


 自分の腰に付いている魔剣をじっと見る。殺したくはない、そう思いながらも、アルを守るために必死に刃を振るった。あの時、殺していたっておかしくはなかったんだ。きっとアルを守るためには、これから先もこうした事が繰り返されていく。ただの一般人だった俺は、そんな世界に迷い込んだんだ。


「―――わかった」


「カズヤ……」


「アル、俺はお前を守るよ。だから、こうした事だって、何度も繰り返すんだと思う。だからさ、見守っててくれよ。俺がこいつみたいにならないようにさ」


「……うん、わかった」


「……最後にいいこと教えてやるよ。魔剣はまだまだこの世で使われている。大国だって一本は持ってるだろうな。……魔剣を集めるつもりなら、それなりの覚悟をして回る事だ」


 巨躯の持っていた長い刀を静かに握りしめる。そしてゆっくりと巨躯へと近付いていく。刀を振り上げて、そして。


「―――あぁ、ようやく、そっちへ行けるな……」


 巨躯は静かに、息を引き取った。


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