魔剣との出会い #5
『青年よ』
「……この、声は」
声が聞こえて、カズヤは正面に向き直る。カズヤの視界には、宙に浮く魔剣の姿が映った。
「な、浮いて―――」
『貴様の誓約を言うがいい』
「誓約……?」
あの時、初めて剣の力を使った時も、そういえばそのような事を言っていた気がする。しかし、もうそんな事はどうでもいい。目の前で少女が死んだのだ。守ると誓ったはずの少女が。
「……あいつを守るって誓った。この世界に来て、初めて出会ったのに、俺がどんな奴かも分からないのに助けてくれた、あの優しいあいつを守るって……でも……ッ」
『案ずるな青年。少女は生きている』
「なッ」
そんな筈はない、とカズヤは考えた。確かに自分の目の前で少女の体は引き裂かれ、そしてあの巨躯に喰われたのだ。あの状態で生きているなど、あり得ない。
『我の力は、少女の死を否定する力。あの少女が運命づけられた死を迎えた時以外、あの少女が死んだという概念を捻じ曲げ、死ぬ前の世界に我の使い手と共に何度も、何度も戻ることができる。少女が死を回避できるその時まで』
「そんな……そんな力があったのか、お前には」
『しかし、我を使うは錬金術師のみ。貴様は錬金術師の資格すらないただの人間だ。ゆえに、誓え、我に、あの少女に。錬金術師の力の源である、誓約を立てよ』
「誓約―――」
前にアルが死んでしまった時、確かに同じように誓約を告げた。しかし、前はもっと機械的で、こんなに人間らしい声ではなかった。つまり、魔剣が正しく目覚めたから、もう一回しっかり誓約をしろ、ということなのだろうか。カズヤは少し考えた後、魔剣を一直線に見つめる。
「……ツェット、だったな」
『その通り。我が名は魔剣ツェット』
「ツェット、お前に誓えば、俺はアルを守れるのか?一人きりで何もできない俺でも、アルを守るだけの力を身に付けられるのか?」
『それが、少女の死を否定するためならば、我は貴様に力を与えよう。あの少女を守り、死を否定する力を』
「……わかった。なら、誓う」
カズヤは足に力を入れ、しっかりと立ち、魔剣を見つめ、そして叫ぶ。
「誓いの言葉は……『守護』。俺はあいつを守る。何があっても」
『守護……いい誓いだ青年。ならば、力を授けよう。川辺和也。貴様に少女を救うための力を』
カズヤの元へと、ゆっくり魔剣が下りてくる。カズヤは柄をしっかりと握り、そして剣を振るう。禍々しい真っ黒な靄が剣から放たれる。暗く周りの見えない空間に、カズヤは魔剣を振りかざす。
瞬間、空間を包んでいた暗い帳はひび割れ、そして音を立てて崩れる。目の前に広がっていたのは、アルの腕を掴み上げ、今にもへし折ろうとしている巨躯の姿だった。
カズヤは言葉を放たず、魔剣を巨躯に向けて振る。その瞬間、一直線に巨躯に向かって真っ黒な剣閃が飛んでいく。
剣閃は巨躯に直撃し、アルを掴んでいた腕を切り裂いた。
「なっ、アッ、がッ!?」
「カズヤ!!!」
アルは嬉しそうにこちらを見つめ、叫ぶ。しかし巨躯はまだ諦めず、大剣を持ち上げアルへと振り下ろす。
「あ、あ……ッ」
ぎゅっと目を瞑るアル。しかし、アルの体が引き裂かれることはなかった。目を開くと、そこには魔剣を握り、大剣を確かに受け止めるカズヤの姿があった。
「か、カズヤぁ……」
今にも泣きだしそうな声で、アルはカズヤを呼んだ。カズヤは余裕そうな表情でアルを見ながら笑って見せた。
「ぷっ……アル、なんだよその顔。ぐしゃぐしゃじゃねえか」
「う、うるさい。さっきまで死にかけてたんじゃぞ……カズヤのアホ」
「はは、悪かったよ。でも、もう大丈夫だ」
「……うんっ」
「錬金術師……貴様、貴様何をした!貴様ァー!!!」
巨躯は大剣と刀を何度も何度も振り下ろし、カズヤの魔剣へと叩き込んだ。不思議な感覚だ、さっきまで受け止めきれないほどの威力があった攻撃が、今や簡単に受け止める事が出来るほど弱く感じた。
「お前は強かったよ」
「何をッ」
「でも、そんだけだ。お前は何かを守ろうとしていないんだ」
「き、貴様、貴様―!」
言葉も少なくなってきた。徐々に向こうにも焦りの色が見え始める。大剣と刀を同時にカズヤの魔剣に叩き込み、凄まじい衝撃音と共にカズヤの体は地面に沈む。
勝った、と巨躯は思った。そして致命の一撃をカズヤへと向かい振るう―――。
「油断したな、デカブツ」
激しい金属音と共に、両手に掴んでいたはずの大剣と刀が吹き飛ばされる。目の前には黒いオーラをまとった魔剣を握り、こちらを睨みつける錬金術師の姿。
「貴様、貴様……錬金術師ィ!!!!」
「アルを傷付けた罪だ、しっかりと償え」
土煙が消えるまでのわずかな時間。ザンッと剣戟の音が響く。目を閉じていたアルが目を開き見た光景は、切り裂かれた巨躯が静かに地面に倒れこんだ姿だった。
「……ふぅっ」
「カズヤ、カズヤカズヤカズヤー!」
アルは戦いが終わって武器を直したカズヤに飛び込んだ。カズヤは慌ててアルを抱きかかえるが、衝撃に耐えきれずそのまま倒れこんだ。
「うおぉわ!あ、アル!いきなり飛びついてく―――」
「カズヤぁ……よかった、よかったぁ……」
ぐずぐずと鼻を鳴らして、涙を流す少女を見て、ふぅと苦笑いをした後、カズヤは静かにその少女の頭を撫でるのだった。