魔剣との出会い #4
ザンッと、剣閃の音が響く。確かにカズヤの魔剣は巨躯の体を切り裂いた。しかし、現実は非常である。カズヤの魔剣が切り裂いたのは、巨躯の体を包む衣服のみであった。
「そ、んな―――」
「……弱き錬金術師よ、貴様は後だ。今は―――」
「ひっ、あ」
アルが悲鳴を上げようとしたとき、巨躯は既にその大ぶりの剣をアルに振り下ろしていた。逃げ出す間などありはしない。抵抗も出来ず、アルの体は斜めに切り落とされた。
「あ、が」
「アルッ!アルーッ!」
まただ。あの時と同じだ。
この世界に来て、魔剣を手に入れたのに。この少女を守ると誓ったのに。あの時と同じだ。俺一人では何も守れない。
目の前で袈裟に切り落とされた少女の遺骸を見て、地面を叩く。
「ちくしょう、ちくしょう!」
「……何を嘆いている錬金術師」
「何を……だ?ふざけんじゃねえ!そんな小さなガキ殺して何が楽しいんだ!?お前には人の心がねえのかよ!?」
「……愚かな」
ふんと鼻を鳴らし、巨躯は静かに刀を振り上げる。アルに使った剣とは違う剣。そうか、俺はマナを吸い取る価値もないってことか。カズヤは半ば諦めるように両手を広げる。
「カズ……ヤ」
死んだはずの少女の声が聞こえた。振り下ろされる刹那、少女の声がはっきりと聞こえる。
「生きて……死なないで……ごぷっ」
血を吐き、既に下半身は繋がっていない体で必死に、少女はこちらに這いずり、声を上げる。
「ほう?」
巨躯は刀を下ろし、再び大剣を構えアルの方へと近付いていく。
「なっ、や、やめろッ!」
必死に魔剣を掴みなおし、巨躯へ立ち向かう。喰らわないであろう一撃を、なんとかして巨躯の体に叩きこむために。
渾身の力で魔剣を振るう。油断しきっている背中へ一振り。
その瞬間、魔剣は確かに巨躯の体を引き裂いたのだ。
「がッ、ぐッ」
「……!?」
斬った本人ですら驚くほどの切れ味だった。さっきまで何一つ切り裂けない弱い魔剣だったのが嘘のように、魔剣は巨躯の体を深く深く傷つけた。
よく見ると、魔剣の周りに薄暗い煙のようなものが渦巻いている。あの時、アルが死んだあと、我武者羅に振るった時のように。
「いける……これならッ」
「錬金術師……貴様、貴様ァ!!」
激昂しながら、巨躯は大剣を構え背中側に切りつける。カズヤはそれを後ろに跳ね飛んで躱し、距離を取る。
第一の目標は、何よりアルの救出だ。まだ息がある。アルが生きていれば、治癒魔法でまだ回復する事だってできるはずだ。
じりじりと距離を詰めて、瞬時にとびかかる。先ほどの切れ味を恐れてか、巨躯もカズヤの剣閃を回避しようとせず、大剣でその剣を受け止める。
いかに魔剣の切れ味が上がろうとも自身の力が増幅するわけではない。巨躯とぶつかりあった時、カズヤは瞬時に立ち退きつばぜり合いを避ける。
何度も同じように飛び掛かっては斬りつける。繰り返しているうちに巨躯の体には無数の傷が作られ始めた。
「喰らいやがれッ」
「ぬ、ぬっ、ぬうっ」
両手の武器を使いながら、巨躯は必死にカズヤの剣閃を躱し続ける。しかし、避ける事ができない。
確実に弾き返している。武の心得などまるでないこの錬金術師の攻撃を受ける筈などあり得ない事だった。
しかし、確実に傷は蓄積されていく。理由が分からない。しかし、掴み切れない。
「次は……右ッ」
カズヤには、巨躯の動きが手に取るようにわかった。そう、まるでどこかで見てきたかのように次にどちらに攻撃が来るのかが分かるのだ。
まるで未来予測だ。巨躯が大剣を振りかぶると、カズヤはそれを予知していたかのように後ろに立ち退き、また巨躯へ剣閃を繰り出す。
「アルを助けるんだ……早く、早くッ」
カズヤの焦りは徐々に大きくなる。さっきまで聞こえていた声も、息も、徐々に弱々しく消え入るようになっていく。早く、早く!
「……焦ったな、錬金術師よ」
「な……ッ!?」
視界が曲がる。突然目の前に地面が広がった。おかしい、さっきまで攻撃は全て見えていたはずだった。
巨躯はカズヤが焦っている様子を戦いの中で観察していた。徐々に動きの精彩を欠き始め、息が上がっている。どれだけ先が読めようが、見えているかのような攻撃を繰り返そうが、所詮は素人だ。呼吸は整わず、いずれボロが出る。巨躯はそれを狙っていた。
「終わりだ錬金術師。……愚かなのは我であったな、貴様は、確かに強者だった」
「く、そ」
立ち上がろうとした時、巨躯はカズヤの足を踏みつけた。ベキ、と嫌な音が響く。足の骨が折られた。
「がッ、あァァッ!」
「念を入れておかねばな。強者を狩るのだ、これは礼儀と受け取ってもらおう」
そして、巨躯は大剣を構える。命を絶つための剣が、カズヤへと振り下ろされる。
「―――見よ、これこそが、錬金術の―――真髄なり―――」
小さな声が響く。巨躯は背中に何かしらの攻撃を受けた事に気付き、先ほどまで虫の息となっていた小さな錬金術師を睨みつける。
「……ほう」
背中には木の破片。鋭く加工されたそれは巨躯の体に突き刺さっていた。勢いよく破片を引き抜き、巨躯はゆっくりとアルの方へと歩いていく。
「や、やめろッ、やめろーッ!」
抵抗しようにも、足が動かない。カズヤは必死に叫ぶ。しかし、巨躯は止まることはない。ハァと大きく息を吐いて、舌なめずりをしながら、巨躯は大剣を構える。
「後でじっくり喰らってやるつもりだったが……気が変わった、ここで喰おう」
「カズ……ヤ……」
カズヤがアルの声がする方を見ると、アルの体は確かに治療されていた。上半身と下半身は接合され、血が止まっている。しかし、先ほどの攻撃が最後の一撃だったのだろう。アルは地に伏し、動くこともままならない。
「……誓いの言葉は、『治癒』……。カリオストロの名において……」
息も絶え絶えに、アルは詠唱を繰り返す。巨躯はゆっくりとアルのもとへと近付き、アルの腕を掴み持ち上げる。軽いアルの体は、いとも簡単に持ち上げられ、ぶらりと足を浮かせた。
「カズ……ヤ……生きて……」
アルがこちらに微笑みかけた時、足の痛みはすっかり消え、立ち上がる事が出来るほどに回復をしていた。最後の詠唱は、カズヤに対する治癒だったのだ。
微笑むアルの腕を握りしめ、巨躯は笑う。
「あ、ぎゃっあああああ!!!」
べきり、と骨をへし折る音が聞こえる。いとも簡単にアルの腕は折れた物干しざおのように捻じ曲げられてしまった。
「アルっ、アルー!」
魔剣をもう一度握り、カズヤは巨躯の方へと駆ける。
「錬金術師、貴様は面白かった。最後まで他人を思い、愚かだが美しい」
「あ、あ゛……」
巨躯はアルの足を掴み、腕と同じようにいとも簡単に骨をへし折って見せた。
べきり、べきり、まるで発砲スチロールをへし折るように、簡単にアルの骨が砕かれる。
「ぎゃああああ!!!あっ!ああああ!!」
「貴様の肉は……マナは……さぞうまかろう!」
にぃと下卑た笑いを浮かべ、巨躯は武器を捨て、アルの両手と両足を掴み、握る。ミシミシと嫌な音が響く。カズヤは必死に駆ける。まだ、まだ間に合う。まだ助けられる―――
その思いは届かない。巨躯は両手と両足を掴み、アルの体を真っ二つに引き裂いた。
「あ……あ……」
カズヤはその場で崩れ落ちるように座り込んだ。ぶつん、と音が響き、肉を喰らう音が聞こえる。呼吸が整わない。前を見れない。アルの悲鳴も、もう聞こえない。
「あ……あああ……ああああああ」
目を塞ぎ、うずくまり、声にならない声を上げる。見たくない、聞きたくない。守れなかった。守れなかった!
「あああああ!!!!!!!!」
その瞬間、魔剣から鈍く、暗い光が放たれカズヤはその光に包まれた。カズヤはその光の中で、機械的で、それでいて、どこか優しいを聴いた。