異世界での目覚め#1
4月1日、エイプリルフールの日。
俺は、死んだ。
死因は実に単純な交通事故。いわゆる居眠り運転ってやつだ。長期輸送の大型トラックが、横断中の小学生に突っ込んだ……なんて、笑えないニュース。その場に偶然居合わせたのが俺だった。
普段はオンラインゲーム漬けのゲーム廃人。社会不適合者と言われてもおかしくない生活をし続けた俺。そんな俺が、たまにはと気が向いてコンビニに出かけた時の事故だった。
“考えるより先に体が勝手に動いていた”昔大好きだったヒーロー漫画の名言。そんな事自分には一生訪れないと思っていた。でも人間とは不思議なもので、思いとは裏腹に体が動いてしまうなんて事もあるものだ、と。死の淵に陥ったとき、俺は初めてその事を知った。
小さな、小さな女の子だった。三年生くらいだろうか。危ないと突き飛ばしたとき、少女は簡単に歩道へと飛んで行った。そして、地面に突っ伏した俺の上を、大型のトラックが通過した。即死だった。
―――ああでも、これはこれで、いい人生だったんじゃないか。
今際の際に思った事はただ一つ。
『俺のような』どうしようもない人間にも、命を救う事が出来た、なんて大それた偉業。俺の人生は、それだけでもう幸せ者なんだ。
『のう』
―――うるさいな。
『のうってば』
―――なんなんだ、死ぬ瞬間くらい静かにしてくれ。
『おぬし。おぬしってば』
―――……え、何、話しかけられてる?
『生きておるのかおぬし、おぬしー。』
―――明らかに、自分だ。自分に話しかける少女……いや、幼女の声。自分がずっとプレイしていたオンラインゲームのヒロインのようなかわいらしい声。
「ん……んん……」
「おお、ようやく目覚めおったか、くっく、さすがは儂!瀕死の少年を助けたなんてすばらしい偉業じゃなあ!」
……随分年を取った女のような話し方をする幼女だ。巷ではこれをロリババアと呼んだだろうか。
ふっと起き上がると、幼女と頭をぶつける。
「いっで!」
「ふぶぐぉ!」
幼女は俺の頭突きを食らい後ろに倒れこんだ。これは不慮の事故だ、きっと俺のせいじゃない。俺はでこをさすりながら、少し周りを見渡してみる。
……森?森の中だろうか。俺はトラックに踏みつぶされて、それで……。考えがまとまらない。とにかく、ここは自分が元居た日本ではないことはよくわかった。
「ここ、は―――」
「~~~お~ぬ~し~~!!!」
その時幼女が俺の顔の前に近寄ってきた。近い。ぱっちりとした金色の目、外国人……だろうか。なんだ俺は拉致でもされたのか。
「命の恩人を前におぬし!頭突き!頭突きて!のう!?どういう育て方をされたらそうなるんじゃ!?」
「あ、ああ……ごめん」
「ふむ、素直さだけは認めようではないか。して、おぬしはなぜこんな所で死にかけていたのじゃ?」
「……は?」
俺がここで死にかけていた?何を言っているんだこの幼女は。確かに俺は田舎に住んでいた……ような気もするが、こんな辺鄙な場所で俺は過ごしていたつもりはないぞ。
「……すまん、状況がつかめないんだが」
「は?なんじゃおぬし死にかけていただけじゃなく記憶までないと申すか。おうおう、嘆かわしい、可哀そうなおのこじゃ。」
どうにも鼻につく。喋り方がババア臭いんだ。ロリババアめ。
じっとロリババアを眺めてみる。桃色の髪、ツインテール……洋服は、露出度の高い中の服(スク水というか)を覆うぶかぶかのローブ。なんだこのマニアックなIVにでも出てきそうな格好は。痴女か、痴女ロリババアか。
「おぬしはこの……知恵の森の中で、血まみれになって倒れていたのじゃよ。しかも体がぺっちゃんこになってな」
「は?」
「だーかーら。体がぺっちゃんこになって、血まみれで!」
「いや、ま、待ってくれ、違うんだ」
状況が理解できたような、そうではないような。体がぺっちゃんこになっていたということは、つまりだ。死ぬまで俺はあっちの日本にいて……そんで、死んだあとこの訳わからんとこにきたってことか?それとも、ぺっちゃんこになった俺が吹き飛ばされて、森に飛んできた?
頭をぐしゃぐしゃ引っ掻き回す俺の顔を、ロリババアが覗き込む。
「蘇生したてで混乱しておるのじゃろう。まぁこの世界じゃぺっちゃんこの死体なぞ今に珍しくない。竜が飛び、魔法が飛び交い、剣と魔がぶつかり合う国……セイレニアではな」
「セイレ……ニア?」
点と点がつながったような、そうでもないような。分かりやすく言えば、ここは日本ではない別の国。……というか、地球とは違う場所。俺の住んでいる地球では魔法なんか飛び交わないし、竜なんか飛んでない。
4月1日、俺は死んだ。これは、俺が死んで、異世界で出会ったヘンテコな錬金術師と旅をする。そんな、今時珍しくもない、異世界転生モノってやつなんだろう。
『役立たずの魔剣と最強の錬金術師との異世界転生生活』