Ⅰ
✻ 高月 陽藍 ✻ の ✻ 章 ✻
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「尚直兄ちゃんは、笑い過ぎだからな」
と、俺は子供の頃から良く知る、父親の知り合いの息子にそう言った。
時はそうだな、《二年前》に遡った方が良いのかーー『大村 友美』と言う女と知り合った。
彼女は全く俺の思い通りには為らなかった。別に手篭めにした訳ではないーー俺は犯罪者じゃないんだ。勘弁してくれ。そういう意味では無いさ。彼女が俺の『助言』を全く聞かない『女』だったーーと言う話だ。扱い辛いんだよね、彼女。女は可愛い方が良いとは思うけどね。
良いとは思うが、じゃあそういう女が好みかと聞かれると、やや違う。強いて言うならば、女の御機嫌を取るのは嫌いだ。構うのも好きでは無い。『距離感』が保てる女が『好み』だ。居るだろ? 『勘』の良い女。不必要な時間をたかが交際相手に『取られ』たくは無いーーと言う事だ。
そうすると必然的に付き合うのが、物分り良い、理性的で我儘を言わない女に為るーーだからなのか年上が多かった。若いと物分りが悪いとは言わないが。優先順位の話だ。
女を一番には出来ない。放って置いてもクレームが来ない方がいい。例えそれが最低だと言われても。
それと、俺を好き『過ぎる』女は駄目だ。嫌われたい訳では無いが、『尽くさ』れるのは、困る。手料理を囲むのが、一番最悪だ。家庭的な女は要らない。交際に必要無いだろ?其れ。
結婚じゃ無いんだから。
じゃあどうして友美と結婚する気に成ったのかと言われそうだが、初めから其れが『良い』と思った訳では無い。友美の事は、『路で拾って来た』感覚だった。手の掛かる手負いの野良猫。うっかり手を出して手当てしたら、其の野性に咬み付かれたみたいな。友美はそんな奴だった。
警戒心が強い癖に、何処か抜けているーーだから、初対面の俺の部屋で、置き去りにしたら、寝ていたーーそんな奴だ。
抱えあげたら、あんなに咬み付いて来た癖にな。あの時は実は本心で、『此の面倒くさい女をーーこのまま手を離して放り投げてやろうか?』と思う程、騒がれた。
大体、ヒールが折れてるって教えてやってるのに、支えてる手を自分から離すとか。………馬鹿としか………。全くな。しかも離した勢いで、靴が脱げて、ついでに手にした鞄の中身迄ばら撒いた。
見事なドジ振りだよ。感心したわ、本当。『おまえ、起きてるか?』と聞きたくなったね、あの時は。
俺は全く悪く無かった。おまけに助けた。手を貸してるのに、離せ、降ろせと煩かったな。
鞄の中身拾ってやったの俺なんだけどな? 散々だったよ。家の中何も無いのに。
お陰でアイツの為に薬やら何やら買いに行き、流石に俺もね、女じゃ無いんで、その時気付かなかったんだよ。なのでもう一度買い物に出た。
そう言えば破れてたので、足洗うのに彼奴のストッキング脱がしたなーーと。あれ、コンビニにも売ってるだろ?お陰様で『珈琲買って来る。ついでにおまえにおやつ(※デザート)もな』と言って、買いに行く羽目に為ったよ。下着?それもちゃんと『ついで』に、買ってやったよ!コンビニは便利だな!時代に感謝だよな!
全く。ーー取り乱したわ。悪いな。ほら、俺も一応人間だから。当たり前だけど。
『良く出来た造り物』って、言われるけどな。
良くも悪くも人間皆『造りモノ』だよーーとは、言い難い。例えが悪いからな。不謹慎だと言われ兼ねない。
で、友美と結婚しようとした、理由に戻る。幾つか、有るが、先ず、
『放って』置けなかったーー
と、言う奴かーー
と、思う。
月並みで悪かったよ。期待外れでな。俺は案外単純だし、深くも無い。そういう事だ。
置き去りにした部屋で、多分ひとりで泣いたんだな、彼奴は。あんなに『大丈夫だ離せ』と騒いだ女が、気丈と言うよりも、単に気が強いだけのクソ生意気な女が、可愛げも無い癖に、『一体、何に泣いたんだ?』と、俺は思った。
抱き上げた時の軽さーーあの、手応えの無さ。おまえはーー本当に未だ、『生きて』いる方か?とーー問いたかった。その位友美は軽かった。
良い女を台無しにする様な、血色の悪さ。沈んだ悲しそうな瞳は、『野良猫』だと思った。
弱い方の。
弱い野良猫は、放っておくと、死ぬ。餌が食べれないからだ。弱肉強食の世界で、強いモノに、喰い殺されて。
折れたヒール。高くなさそうな身なりの服。手にした安物の鞄。疲れた顔。ーー細い腕。在るのは、辛うじて保つ、虚勢とも言うべき、虚しさの気力。から回る音が聴こえる。
ばら撒いた鞄の『中身』。『契約解除』の、手続き書類ーー落とす前から握り締めて悔しさを其処に表して在たーー
知っていたよ。『無職』だって。拾った時に『日付』迄、見えたからな。不可抗力だったけれど。
悔しくて、泣いたんだろ? 多分誰も『味方』が居なくて。『不当解雇』、不当な『契約解除』に対してーー『無力な自分』に対して。
悔しかったんだよな? 無知で無力な自分の事が。
友美が寝た後に、『記憶した』『派遣会社』の現状を『調べ』た。思った通り、不当だった。
友美はその日俺に其れを教えようとは、しなかったけれど。そういう女だった。『大村 友美』は、誰も『恨んで』いない。
ーー自分『以外』は。




