8 婚約されてしまいました(3)
リドが呆れたような顔を私に向ける。
「……お前知らねぇのか? ログワーズ王国はもう四年も前に滅びてんだぜ? ……しかも俺は第三王子で愛妾の子だったから、扱いもひでぇもんだった。たとえ国が滅んでなくても他国の王家の嫁を奪うなんて無理だったろうよ」
「ログワーズ王国が他国からの侵略により滅亡したことは知ってるわ。……まぁ最近知ったんだけど。それじゃあ……リドのご兄弟はどうなったの……?」
リドの瞳が急に陰りを見せた。私はリドにとって、思い出したくない事を聞いてしまったのかもしれない。申し訳ないという想いが私の胸を占拠する。リドは目を細め、窓の方を向いて遠い目をしてしまった。
「……あ……辛いなら、無理に話さなくてもいい……」
「死んだ。二人の兄も、父王も、正妃も。俺を蔑んでいやがった奴等は皆無惨に殺されて、その首は城下の広場に晒された」
……違った。
なんか微妙に喜んでません? 口の端が歪んでますよー。
「俺は王宮とは別の場所に追いやられていたお陰で逃げられたんだ。……ククッ……城下で見た奴らのデスマスクは、そりゃあ苦しみに歪んでいて愉快だったぜ」
……貴方の心と口角の歪みの方がハンパないですけど。病んでるよー。かなり病んでるよー。
私は両掌でリドの両頬を挟んで、此方に顔を向かせ、その綺麗な双眸を覗き込んだ。急なことに驚いたのか、リドは目を瞠って、その宝石のように美しい瞳に私を映し込む。ドギマギしてる美少年……可愛いわー。
「な、なんだ!?」
「リド、つまりログワーズ国の王位継承権第一は貴方ってことね?」
「だ……だからなんだ? もうそんな国は無いって……」
「これは運命よ! リド!」
リドの大きな瞳が、こぼれ落ちそうな程に見開かれる。そんなリドに、私は更に畳み掛けた。
「運命が貴方を王にしようと動いてる」
「どういう……ことだ……?」
「奪還するのよ。貴方の王国を、貴方が。それは貴方にしか出来ない」
掌から、リドが息を飲むのが伝わってきた。これは私の明暗をわけるものでもあるから。多少オーバーでも、多少マインドコントロール入ってても納得させなくちゃ。
元王族と腐っても公爵令嬢……やってやれないことはない! ……と思うの。
「私は、リドならそれが可能だと思う。そして私は貴方への協力に力を惜しまない」
「……どう……してだ……?」
「それは、貴方が私の命の恩人だから。私の危機に貴方が現れた。これはきっと私にとっても運命なのよ」
そう言って私は微笑んでみせた。運命とか言ってるけど、本当は私にもそんなものがあるのかは、よくわからない。でもこの思いつきにしか、私にはもう道はないのだ……と、追い詰められた私は、そう結論を出してしまっていた。
「……お嬢の言ってる事はよくわかんねぇが……何か企んでいて、それに俺を乗せようとしているのはわかった」
あれ? ……バレてる?
今度は私がドギマギする番だったが、リドは私の両手首を掴んで頬から外させると、鮮やかに笑って言った。
「いいぜ。乗ってやる。……俺を王にしてくれんだろ?」
「……ッ! うん!」
私はリドの言葉に、大きく頷いた。
きっとリドは、私の言った事なんて、子どもの戯言程度にしか思っていないんだろう。
でも私は、リドのその笑顔を見た瞬間、玉座に座るリドと、その横に佇む自分のビジョンが脳裏に浮かんだ。
これは前世の記憶ではないけれど。とても曖昧で儚げな……ただの希望でしかないのだけれど。それは、確かに力強く私の胸に刻まれた。
「……で? 実際はどーすりゃいいんだ? ちゃんと考えてんのか?」
「え? あ、うーん……実は今思い付いたばっかりで具体的には……あ、でもとりあえず、ログワーズ王国の生き残りで、リドに味方してくれそうな人を集めるのはどうかしら?」
ログワーズ王国のことを少し調べたところ、滅ぼした隣国のガルダン帝国が元ログワーズ王国の人々を差別して酷い政治を行っている所為で、ガルダン皇帝への不満が高まっているというのがわかった。
そんな中だから、ログワーズ王国復興を願っている人は多いのではないかな? と思ったのだ。
「リドの側近とか、信頼出来そうな人とか……心当たりない?」
私の言葉に、リドは口元に手をやって考え込んでしまった。暫く思案したのちに、リドはとても小さな声で呟いた。
「……妹が……」
「え? ……妹?」
「ああ……唯一心を許せる妹が居たんだが……一緒に逃げる際、奴隷商人に捕まって離れ離れになっちまったんだ」
「…………は……はぁ!? 妹ぉー!?」
声を荒げた私に、リドが眉間に皺を寄せる。
「戦力にならねぇことはわかってる。……いつか俺が自由になったら探し出そうと思ってただけで……」
「馬っ鹿じゃないの!?」
「あッ!? 何だと!?」
呑気にそんな事を言うリドに、私は頭にきて、つい令嬢らしからぬ大きな声を張り上げてしまった。
喧嘩を売るような私の物言いに、リドが反発するような声を上げる。でも、そんなの全く耳に入らなかった。
私はリドの胸倉のリボンを掴んで引き寄せて言い放った。
「なんでそんな大事な事早く言わないのよ! いつかなんて呑気なこと言って、取り返しつかない事態になってたらどうするの!? 馬鹿ッ!!」
「……ッ!?」
私はリボンを離すと、今度はリドの手を握って部屋を出た。
この二週間で、この屋敷の人間を観察していて、一人……こういう事態に対処できる力を持った人間を見つけたのだ。
とりあえず……国奪還計画は置いといて、リドの妹を探す方を優先させます!