84 それは小さな恋の花(1)※オズワルド目線
女なんて大嫌いだ。
女は気持ち悪い。
女は質が悪い。
女は醜悪だ。
女の欲には果てがない。
その欲の捌け口にされるこっちは、たまらない。
女という生き物のせいで、僕は生まれてから一度も安堵というものを覚えたことがない。
今日もあの女から逃げる為に、用もないのに王宮へとやって来た。
「……女なんて大嫌いだ」
「あら、オズ。女の代表みたいな私の前で、よくもそんなことが言えたわね」
「……姫を女だと思ったことなど一度もないけどね」
王宮のテラスでの優雅なティータイ厶。目の前でボリボリとクッキーをむさぼり食う、女の風貌をしたこいつは、サーシャ・フローラ・ネーデルラント。僕の幼馴染で友人。一応、この国のプリンセスだ。
現在、僕と同い年の十五歳。王国唯一の珍しい薄桃色金髪と、ロイヤルブルーと言われる碧い瞳を持ったこいつは、黙っていれば美人の部類に入るだろう。あくまでも黙っていればな。
まるで僕を挑発するかのように、彼女の勝気なアーモンドアイの奥が光った。
「あら、私も女よ。れっきとした。あなたが嫌いな女と一緒」
「……姫の胸が膨れてきたら、僕もきみを女と認識するよ」
「酷いセクハラだわ」
「? せくはら?」
こいつは生まれも育ちも同じアーネルリスト国のはずなのに、たまによく分からない言語を遣う。
「あ、そんなことより私、最近守護霊がついたみたい」
「……しゅごれい? なんだそれ」
「見えないけど、後ろで守ってくれる、死んだ人?」
「……質問を疑問形で返すな。守護天使のことか?」
「ああ、そう。それそれ。この世界では守護天使っていうのよね」
「この世界?」
本気でサーシャの頭のネジの心配をしてしまう。……他人を心配している場合ではないんだけどな。
「……氷嚢を持ってこさせましょうか?」
まるで人の心を読んだように、サーシャが僕の目の周りを見て気遣いをみせた。
確かに、さっき鏡で自分の顔を見たら、目の周りの殴られた痕が赤く腫れて痛々しかった。
「いや。よかったら眼帯を貸してもらえるかな?」
物心ついた時には、すでにあの女からの折檻を受けていた。日常茶飯事になってしまったそれは、最近では更にエスカレートして見える所に痕がついても気にしなくなってきている。寧ろわかりやすい所に痕を残して、誰かさんに当てつけているつもりなのかもしれない。
その誰かさんは、残念ながら自分の息子には全く興味を示さないのだが。もちろん、その母親である自分の妻にも。
あの女の厄介なところは、僕を傷つけたあと、僕に縋って泣くところだ。散々痛めつけておいて「ごめんなさい」「嫌いにならないで」と泣く姿は最高に醜悪で嫌悪しか湧かない。
「昨夜またお父様がお帰りにならなくてね。あの男が不貞を働くと、それが全部こっちに向けられるから困ったものだよ」
「……貴方のことだから、やられっぱなしってわけじゃないんでしょう?」
「まーね。そろそろ動かさせてもらおうかなと思ってる」
「……私もそろそろ動こうかしら。政略結婚で他国に嫁がされそうなのよね」
「え……?」
サーシャはアーネルリスト国の唯一のプリンセスだ。だが、二年前に国王であった父が病で亡くなり、国王の歳の離れた弟ダンテが王位を継いだ。ダンテは現在十九歳。前国王の喪が開けた一年前、ダンテは北方の小国ギルメリアの王女イザベラを王妃に迎えた。その為、今のサーシャの立場は大変危うい。
「隣国のガルダン帝国なんだけど、以前から妙な動きを見せているじゃない。南方の国にちょっかい出したり。アーネルリストにも侵攻してくるんじゃないかって、陛下が怯えちゃってて」
「……ガルダン皇帝の息子? あのアホ皇太子に? そりゃご愁傷さまだね。……でもすでに皇太子妃がいたよな?」
「あら。第一皇子じゃなくて第二皇子によ。多分」
「は? あそこは皇子は一人じゃ……」
僕の言葉に、サーシャがニヤニヤと嫌な笑いをした。
「……クソ」
「よっしゃ! オズに勝ったわ! シャーリン家の隠密に……ッ!」
嬉しそうに拳を握って振り上げるサーシャは、どう考えても中身は男としか思えない。
「……きみは一体なにになりたいんだ?」
「さあ?」
戯けるサーシャは穏やかに笑ってはいるが、王宮の人間模様もドロドロのめちゃくちゃだ。
一年前に嫁いできたイザベラ妃は現在十六歳。僕たちと歳は近いが、さすが大国に送られてくるだけあって肝の据わり方が尋常ではない。僕たちも驚愕するほど、腹黒い。冷たい眼の氷のような女だ。
ダンテには何年も前から愛する寵姫が居て、身分の低いその女を側妃にしかったからか、文句を言わせない為からか、王妃には小国の姫を選んだ。
寵姫を側妃にすることは成功したが、目論見は見事に外れた。イザベラ妃はダンテ如きに黙って従うような玉じゃなかった。
正妃による側妃への陰湿ないじめが始まった。一年経ってもなかなか子を授からないというのも、あの女の行動に拍車をかけた。
そして、何故かサーシャも、あの女のとばっちりを受けている。
「……ガルダン帝国の第二皇子ってどんな奴?」
「……んー。同い年なんだけど、厨二病って感じかな」
「? 知らない病気だな。病弱ってこと? 会ったことあるのか?」
初耳だ。
サーシャのことで、僕が知らないことがあるなんて。なんとなく面白くない。
「あら。貴方も会ったことあるわよ。ほらデビュタントの夜会で」
「デビュタントの夜会?」
三か月前の夜会を思い出す。着飾ったサーシャは、久々に女に見えて、少し戸惑った。
隣国の王族が出席していたなんて聞いていないが。
「ほら! 銀の仮面を被ってたのがいたでしょ」
「……もしかして、あの真っ黒い奴か?」
「そう! 生い立ちが複雑だからしょうがないけど、黒すぎよね」
サーシャはプッと吹き出すと、ゲラゲラと笑い出して止まらなかった。
ガルダン帝国の第二皇子も、まさか、隣国の王女にこんなに爆笑されているとは思うまい。
「まだ正式に皇子と認められてないから、フラフラあちこちで悪さしてるみたいよ。でも、厨二病でも頭はキレるみたいで、どうやらガルダン皇帝を影で操ってるとか……」
本当に、その情報どうやって調べてくるのやら。
この女だけは敵に回したくない。
「……あの男、きみに変なこと言ってたよね? 確か……」
「「『俺の華』」」
同時に発した言葉に、僕も釣られて笑い出してしまった。
「私がサーシャ・フローラだからかしら?」
「気障……っていうのか?」
「そういうところが厨二病なのよ」
ケラケラと笑うサーシャと目が合う。目が合った途端、サーシャは寂しそうに笑った。
「ねえオズ。もし、私が政略結婚が嫌で、私と駆け落ちしてって頼んだら、一緒に逃げてくれる?」
「え?」
一瞬の沈黙。
本気とも冗談とも取れない雰囲気に、僕はいつもみたいに流せずに固まってしまった。
そんな気まずい空気を先に破ったのはサーシャだった。
さっきとは違う、明るい笑顔を浮かべた彼女は僕に近づき、掌でバンバンと僕の肩を叩いた。
「痛ッ!」
「冗談に決まってるでしょう! そんな顔しないの。貴方が女の子より男の子が好きなのはちゃんと知ってるし!」
「……絶対女の力じゃないから……」
この時の僕は、「きみを連れて逃げるよ」と言えるほど大人でもなく、無責任に「いいよ」と言えるほど子どもでもなかったーーーー。




