83 波乱のバースデーパーティー(5)
さっきまで、私にキスするって強気に笑ってたのに。
腕の中のリドは、呼吸も弱く、触れる頬もだんだん冷たくなっていく。
「リド……?」
「…………死ぬのか……俺は……」
「リド……ダメだよ……私の……私の処女、もらってくれるんでしょ?」
その言葉にリドが私を見上げて、ふっ……と弱々しく微笑んだ。
「……それは……無念だが…………まあ……死ぬのがおまえの腕の中なら……悪かないな……」
再び『死』という言葉が襲いかかってきて、私は身震いと同時に、不安と恐怖が目からこぼれ落ちた。
はたはたと、リドの頬を私の涙が濡らした。
「やだぁ……やだよぉ……リドぉ」
「………………また……泣かせちまったな…………そういや……初めて逢った日も……死にそうな俺を見て……泣いてたっけ……」
「え? リド……もしかして……」
もしかして、記憶が戻ったの?
私がはっとしてリドを見ると、リドは目を細めて「ああ……」と呟いた。
「……もう二度と、忘れねえから……おまえのことは……ぜんぶ……ッぐぅ……ッ」
「リド!!」
リドが腕の中で苦しげに身を悶えさせた。
せっかくリドが記憶を取り戻してくれたのに、こんなことになるなんて。
……このままじゃ、リドが死んじゃう!
私は強く頭を振って、気持ちを奮い立たせた。
「ダメよ!! リド!! 私はあなたを絶対に死なせないッ!!」
私はクラリスちゃんに強い眼差しを向けた。
私の必死な想いを感じ取って、クラリスちゃんも真剣な目を私に向けてくれる。
「お願い! クラリスちゃん!! 貴女の力を私に貸して」
「は、はい!! で、でも、わたしの魔法ではリディアさんは治せません」
「うん。わかってる。だから、リドじゃなく、私を治して欲しいの。どうか、お願い!」
「え? え? どういうことですか!?」
あの時、クラリスちゃんの緊張すら和らげてあげられなかった私に、果たしてできるのだろうか?
否、できる!
私は自分を信じる!!
「“フィィィーール”よね、リド」
「………………な……に……」
「“考えるな”!」
「……………………“感じろ”?」
私がパチリと、エル様のような軽いウィンクをリドに贈ると、リドは面食らったような顔を私に向けた。
「…………アリス?」
ふと、八年前の、リドが魔剣を撃った時のことを思い出した。
あの時、全力で私の想いに応えてくれたリドに、恋をした。
私は悪役令嬢だけど、リド、あなたと幸せになりたい。
大丈夫。私はできる。
強い気持ちが必要だって、マトは言っていた。
こんなにも強く、誰かを“助けたい”と思ったことはない。
私は思いきり息を吸い込んで……叫んだ。
『イタイノイタイノトンデコイ!!』
マトに習った、あの呪文を唱えた瞬間ーーーー全身に凶悪な痛みが襲いかかった。
「……ッああああぁぁぁーーーー!!」
……痛いッ!! 痛いッ!!
こんな酷い痛みに耐えていたなんてッ!! リド……ッ!
あまりの痛みに、私はその場でのたうち回る。
私が崩れ落ちたと同時に、バッとリドが起き上がった。
「アリス!! お前!! 俺に何したッ!?」
今度はリドが私を抱きかかえる。
私は脂汗をかきながら、リドの胸に手を当て、激痛を堪えてなんとか声を絞り出した。
「…………く……ッ……リドの……怪我を……呪術で……ぜんぶ……ひきうけたから……おねがい…………わたしから……はなれて……」
「な……ッ!? なんだとッ!?」
それを聞いたクラリスちゃんが、見たことも無いような鬼の形相で私の傍に駆け寄ってきた。
「リディアさんッ!! 動けるんでしたら、一刻も早くこの屋敷から出て行って下さいッ!! 貴方の力が及ばないところまでッ!! はやくッ!!」
「ーーッ!!」
その言葉で、状況を察したリドは、全速力で窓の方に走っていった。そして窓を開けると、一瞬こちらを振り返ったが、すぐに窓から飛び降りた。
え……ここ二階だけど…………大丈夫……?
と、思ったのも束の間。
なんとリドは空を飛び……瞬間移動のように、空中で消えてしまった。
…………嘘。
リド……いつの間に空を飛べるようになったの……?
知らなかったんですけど……。
ぼんやりと、薄れゆく意識の中でそんなことを思っていると、今度はあたたかな光が全身を包んだ。
光の粒が身体の中に浸透していく感覚と共に、さっきまでの痛みが嘘のようにひいていく。
「アリス様は、わたしが必ず助けますッ!!」
「……ありがとう……クラリスちゃん……」
私は微笑み、目を閉じる瞬間……こちらに走ってくる人影が見えて、それは私を驚愕させた。
だってそれは、焦ったような顔をしたお父様だったから。
「アリス……ッ!!」
それは、呪術が見せた幻かなにかに違いない。
あんなに必死な表情で声を荒らげるお父様なんて、見たことがない。私を『アリス』と呼んだこともない。
ありえない幻影に、私はくすり……と笑って目を閉じた。
あたたかい光は、まるで羊水のように私を包む。もしかしたら、お母さんのお腹の中ってこんな感じなんじゃないかな…………と、思った。
………………あれは、誰?
薄桃色金髪の少女が笑っている。
あれは、私?
ううん。私はあんな勝気な瞳はしていないわ。
ロイヤルブルーのアーモンドアイ。
私の垂れ目とは大違いな、猫のような蠱惑的な瞳。
上から見守っていた私に気づいた少女が、ふと顔をあげた。
勝気な瞳と視線がぶつかる。
私の方を見て、少女が呟いた。
「……そこに……誰かいるの?」
首を傾げた私にそっくりの少女は、今の私よりも少しだけ幼い風貌だけど……。
少女は可憐に微笑んだ。
薄桃色金髪の頂きに、美しい魔法石のついたティアラを乗せて。
ここで、第四章終了です。
第五章開始まで、またしばらくお時間下さい!
すみません~~!(>人<)




