82 波乱のバースデーパーティー(4)
「大丈夫か!? お前、顔が真っ青だぞ」
気がつけば、リドが私のすぐ傍らに立っていた。
そしてリドは「失礼」と言って、ふらつく私を支えながらホールの端へと連れて行ってくれた。
カーテンの影まで行ってひと息つくと、心配げな深紅の双眸が私を覗き込む。
「リド……どうして……?」
「裏方はあらかた仕事が片付いたからホールに出て指示出ししつつ、お前の様子を伺ってた。お前……顔面蒼白で今にも倒れそうだぞ」
リドが私の頬をそっと掌で包みこんだ。
「……リド。ありがとう」
さっきまでの不安と混乱が嘘のように霧散して、私はほっと安堵の息を吐く。そして、今日初めて会ったリドをまじまじと見つめた。
白いシンプルな正礼装の燕尾服に身を包んだリド。仮面舞踏会の時にも思ったが今回もやはり目を引く。こういった正装は長い脚やスタイルの良さが強調されて、やっぱりとても……。
「カッコイイ……」
気が緩んだからか、ぽつり……と思わず思ったことを口に出してしまい、私は恥ずかしさに、かぁっと赤面した。そんな私を見て、リドも頬をほんのり染める。
「は!? な、なに言ってんだ? お前大丈夫か? ……やっぱり、昨日のアレのせいでおかしくなっちまったのか?」
照れ隠しに前髪をくしゃりと掻き上げたリドに、またしても私の心臓がドキドキと早鐘を打つ。私はじっと、何か言いたげなリドの瞳を見つめた。魔法で両眼ともに赤くなっている。それはまるで赤い宝石のように美しく輝いて見えた。
「……昨日は悪かった……」
「えっ!? なにが!?」
まさか謝られるとは思ってなかったので、思わず聞き返してしまった。
リドは小声で耳打ちする。
「無理矢理、お前を抱こうとしたことだ」
「あ……うん」
昨夜を思い出し、再び悲しい気持ちまで蘇ってきて、私は顔色を曇らせて俯いた。
「………………理由を聞いてくれ」
「理由?」
「…………ああ」
まっすぐに、リドが私を見つめる。……あ、また瞳がオッドアイに戻ってる。
「……お前が、俺以外の男に純潔を捧げちまったのかと思ったら……平常心でいられなかった」
「え? ……な、なんで……?」
リドの顔が紅く染まり、バツが悪そうな顔をしている。
どうしてそんな表情をしてるの?
「あー……その、なんだ。つまりだな…………嫉妬した!」
「え……」
「お前のことが好きだから」
リドの言葉に、私は目を瞠る。
「……うそ……?」
「嘘じゃねえよ」
「……もしかして、記憶が戻ったの?」
「いや。まだ戻ってねえけど」
戻ってない?
まだ記憶が戻ってないのに、リドが今、私のこと「好き」って言った。
「……うれしい……」
その事実が、じわじわと私の中に浸透していって、心の真ん中の一番大事なところに火を灯した。
感情が溢れ出してきて、それはぽろりと、瞳から涙として零れ落ちた。
私の涙に、リドがぎょっと目を剥く。
「お、おい! 泣くな!」
「だって、だって……うれしいんだもん……ッ!」
「……綺麗な化粧が崩れるぞ」
慌てたような、呆れたようなリドの声。
リドが約束通り、再び私のことを好きになってくれた。……八年もかかったけど!
「……ちょっと遅いけど、許すわ…………私も! あなたが好きよ、リド」
「!!」
零れた涙を指で掬いながら、私は満面の笑みでリドを見上げた。
「………………キスしていいか? 今」
「え!? な、なに言ってるの!?」
「普通なら聞かねえで奪ってる。だが今は泣かせたくねえから一応聞いただけだ。するぞ」
「ダ、ダメだよ! ここじゃ」
私は辺りを見回しながら、慌てて掌と首を振って拒絶する。
いくら隅っこの方に来たといっても、ホールにはお父様も居る。誰かに見られたら、ただじゃ済まない。
「チッ……クソッ! やっぱ聞かなけりゃ良かった…………今夜覚悟しとけよ」
「こ、今夜!? 何するの?」
「昨日の続きに決まってんだろ」
「昨日の続きぃーー!?」
昨日のことをつい思い出してしまい、顔に熱が集まった。
「……でも私、もう成人しちゃったけど……」
もごもごと口篭ると、再びリドが私の耳元で囁いた。
「初心なお嬢様は知らねえか? ……セックスはな、挿入なしでも気持ちよくなれるんだぜ?」
「は……はぁーー!?」
「……俺の我慢がきけばの話だけどな。多分……否、絶対きかねえな」
「ダメだよね!?」
「まあ、ヤッても魔王になるだけだろ」
「なるだけって……」
あからさまな物言いに、私は更に顔を真っ赤にさせた。
リドはいつからこんなエロ魔王になってしまったの!?
あたふたする私を見て、リドは可笑しそうに口角を上げた。
「お前……ほんとに可愛いな」
そう言って、リドが私の方に身を屈めてきた。
私は『キスされる!』と思い、身を竦めた。
ーーーー瞬間。
キラリと光るモノが目の端に入り……それは、リドの身体に深々と突き刺さった。
「…………え?」
「な……ッ!?」
リドが驚いて振り返る。私もリドと同じ方に目を向ければ、そこには真っ赤な血に濡れた刃物を両手で握りしめたフォクシーが立っていた。
「リ、リド!?」
「て……てめえ……ッ……狐女……ッ」
リドは刺された場所に手をやってから、その手を眼前に据えた。赤く染まった自分の掌を見ると、リドは「やってくれたな……」と呟き、がくりとその場で膝をついた。
「……クソッ……油断した…………ご丁寧に抜く時に捻りやがって…………」
「イヤァァーー!! リド!!」
私は悲鳴に近い声を上げてリドに駆け寄った。刺された脇腹から鮮血が吹き出し、白い燕尾服を赤く染めていく。手で押さえても、血が止まる気配がない。
「やだ……どうしよう……止まらない……止まらないよぉ……ッ!!」
慌てる私をよそに、やけに冷静なフォクシーの声が頭上から降ってくる。
「リディア様が悪いんですよぉ。アタシがいるのに、よりにもよってアリス様にも手を出すから」
「……え……?」
「アタシ、見ちゃったんですよぉ。昨夜乱れた姿でリディア様の部屋から出てくるアリス様を」
あの姿を……見られていたの?
「……だからなんだ? てめえには関係ねえだろーが……」
「リディア様が他のどんな女を抱いても、アタシは全部片付けてきた! 町娘も! 娼婦も! 一夜限りの貴族の女も! 抱いたのが同僚なら、いくらだって始末できたのに! ……でもアリス様だけはダメ……殺せないもの。仕方ないから、かわりにリディア様を殺すことにしたの」
「…………チッ……狂ってやがる……グフッ……!?」
「ひっ……!? いやぁ!!」
リドが吐血した。リドの口から泡立った血がごぼりと零れ落ちた。
内臓を傷つけられたから? 否、これはもしかして……。
「フォクシー、あなた、刃物に毒を塗ったわね……」
「あ。わかりますぅ? さすがアリス様」
道理で止血しようとしても血が止まらないはず。
この症状に見覚えがあった。お父様に実験台にされた者が、刺された後こうして同じ様に血を吐いていた。
「……この毒をどこで?」
「……アタシの部屋に置いてあったんです。“好きなように使え”ってメモ書きと一緒に」
ザワッと身の毛がよだった。
ホールに居るお父様を見据えると、その顔はこちらを見て笑っているように見えた。
「アリス! リディア!!」
「アリス様ぁー!!」
招待客たちが、私たちの異変に気付き遠巻きに見る中、いち早く気付いて飛んで来てくれたエル様やクラリスちゃんたちが目に入り、私は少しホッとする。
ムダ筋がフォクシーから刃物を奪い、床に這いつくばるように押さえつけて彼女を拘束してくれた。
「リディア! 大丈夫か!?」
「……ダメだろ……血が止まんねえ……」
「リド! 喋っちゃダメ! クラリスちゃん! 癒しの魔法をッ……お願い!!」
「……ッダメです! アリス様……もう、魔法を使ってみました。でもリディアさんには魔法が効きません!」
「そ、そんな……ッ!」
そうだった。リドには魔法は効かない。
真っ白になりそうな自分を叱咤して、脳を働かせる。
「今ここに、解毒剤があります! 誰か水を持ってきて!」
私はスカートを捲って、革ベルトで引っ掛けてある太ももの袋から、いつも必ず持ち歩いている解毒剤を取り出した。
解毒剤は、ダリア嬢に毒殺されそうになった体験の教訓から、常に身に着けている。
「…………アリス……」
「リド!? 今、解毒剤をあげるわ!」
「…………ぐ……はッ……ッ」
「ッ!?」
リドがまた血を吐いた。
「イヤァッ!! リド!」
「………………ムダだろ……俺も、毒には身体を慣らしてるが……これは……」
「…………ッ!!」
この毒は、たぶん二種類。血液を凝固させないものと、内臓を破壊するもの。たとえ今から毒を消したところで、毒のせいで流れた大量の血液は戻らない。抉られた傷も塞がらない。
「リド!!」
私は力なく横たわるリドを抱きしめた。




